第37話 新芽

 ペティアの体は徐々にだが回復している。


 残念ながらまだほとんど体が動かず、そもそも下半身の制御がまだ上手くできない。

その為、赤子のようにおしめをしていて、それを定期的にアリーナの侍女に交換してもらっている。


 ヴァーレンダー公が宿泊所を訪れた時には少しづつ食事をとり始めており、ペティアのリクエストで魚肉のスープを飲んでいた。

少しだけ我がままを言って食事はドラガンに食べさせてもらっている。


 魚肉のスープが飲めるというだけでも体にとっては全然違うらしく、肉や筋に効果的な回復が見られた。

一晩寝る毎に少しづつだが体が動くようになっていったのだった。




 ヴァーレンダー公が訪れた翌日、ドラガンは久々に沼地へ向かった。

途中ドラガンは冒険者の一団を目にする。

執事に尋ねるとグレムリンの捜索との事だった。


 その時初めてドラガンは『グレムリン』という亜人の事を知った。



 グレムリンに限らず、この世界には亜人が無数に存在している。


 例えば、この大陸にはいないが有名なところでは馬の亜人や牛の亜人がいる。

人間の子供くらいの背しかない亜人もいる。

腕が四本や六本もある亜人もいるらしい。


 虎の亜人や蛇の亜人に至っては自分で王国を建国したりもしている。

トカゲの亜人は巨大な湿地帯にいくつもの王国を築いて縄張り争いをしている。


 セイレーンのように空を飛ぶ亜人も他にも何種か存在していて、風の魔法を操ると言われている。

またどこかに死霊の国があるらしく、そこの王は見た目こそ人間であるが蝙蝠のような羽が生えており、人間をさらってはその血を吸っているのだとか。


 グレムリンは世界中どこでも鼻つまみ者らしい。

そもそも見た目も猿鬼に似ている。

猿鬼はいわゆるモンスターで、人を襲い、物を奪い、女性を犯す。


 グレムリンが亜人に区分されているのは、人語を解して話せるからで、やっている事は猿鬼と何も変わらない。


 その為、グレムリンは猿鬼の亜種ではないかという学者もいるらしい。

もしかしたら、どこかの亜人が猿鬼に産ませた種族なのではないか。

反対に猿鬼が人間の女性を犯して、産まれたのがグレムリンなのではないか。

そういう説もあるらしい。


 困った事に彼らは非常に狡猾なのだ。

エルフのような知能が高いというのとは趣が異なる。

およそ良心というものが無く犯罪行為を考える天才なのだ。

その口から発せられる言葉は基本嘘である。


 人間もよく彼らに篭絡され、大犯罪を巻き起こす事があるらしい。

らしいというのは、これまでこの大陸ではグレムリンの生息はほとんど確認されておらず、そこまで大規模な事件は発生していなかったからである。

つまり他の大陸での出来事を聞いたという事なのだ。


 こうした悪い噂というものは、国を超えて大陸を超えて簡単に広まるものである。

このキンメリア大陸にも、その悪い噂はかなり古くから情報としてもたらされている。

グレムリンの姿を見るより遥か昔に、グレムリンというどうしようもない亜人がいるという噂が持ち込まれている。



 そこまで聞いてドラガンは一つの憶測が生じた。

もしかして竜産協会の裏にそのグレムリンたちがいるのではないだろうか?

そして彼らに操られてロハティンでのあの事件になったのではないだろうか?




 ドラガンを乗せた竜車は真っ直ぐ沼地へと向かった。


 沼の建設小屋に着くと、中からユリヴが出迎えに出てきた。

ドラガンの手を取ると大事が無くて良かったと少し涙ぐんだ。


 あの事件が起こった時には見捨てられる事を覚悟していたらしい。。

昨日、総督府の執事がやってきて、今日また視察に来てくれると告げられた時にはユリヴは安堵で涙が止まらなかったのだそうだ。


 ユリヴからここまでの状況を報告を受けてから、実際に沼地を見に行く事になった。



 沼地にドラガンが姿を現すとトロルたちが一斉に手を止め集まってきた。

皆全身泥だらけだが良い笑顔をしている。

ドラガンを見ると口々に、もう来てもらえないかもしれないと聞いていて不安だったと言い合った。

せめて最初の畑ができるまで。

そこまでは見捨てないで欲しいと、皆祈るような目でドラガンを見続けた。


 アテニツァの姿が見えない。

ドラガンは気になってトロルたちに尋ねた。

トロルたちはきょとんとした顔で不思議がっている。


「アテニツァだら工事夫を辞めだよ。何でも、やりでえごどがでぎだどがで」


 トロルたちは、てっきりアテニツァがドラガンに挨拶に行っているものと思っていたらしい。

ドラガンが聞いていないとわかり、トロルの風上にも置けないと怒り出していた。



 方針を示してからそれなりに日付が過ぎており、かなり広い範囲の沼地の水が抜けている。

最初の区画は完全に水が抜けきっておりカチカチになっている。

不思議なもので、それでもチョロチョロではあるが水が管から流れているのだそうだ。


 あぜ道は完全に地面が固まりきっており、歩いても足は全く地面に潜らないし、足跡すらろくに付かない。

水源のように水が噴き出ている場所は、かなりまで特定できたようで、そこから水路に水が流れ出ている。

そのせいで、水路はちょっとした小川のようになっている。


 現在、毎日のように区画の上で落ち葉や柴を燃やしているらしい。

そのおかげか、徐々にではあるが毒蟲の発生が抑えられてきているのだそうだ。



「ドラガンさん。ちょっと見て欲しいものがあるんです」


 そう言ってユリヴは、ドラガンを区画のあぜのとある場所に連れて行った。

これを見て欲しいと言って地面を指差す。


 そこには木の芽が地面から出ていた。


 前回の指示の時に、あぜ道に木の実を植えてみたらどうかというものがあった。

目的はいくつもあり、最大の目的は果実の収穫。

ここはいわゆる『毒の沼地』であり、栽培された果樹を食べても大丈夫かどうかの判断をしたいのである。


 それと、そもそも栽培できるのかどうかという疑問が残っている。

沼の表面は沸き出した水による泥なので、水を抜けば普通に土になるだろう。

それが果たして地面の下の方までも同様なのかどうか。


 さらにいえば、根が張ればあぜ道は強固になる。

花が咲けば見た目も華やかになる。

木になり鳥が寄ってくれば毒蟲を食べてくれるかもしれない。


 そうした何重もの期待がこの木の芽には込められているのだ。



 いつか満開の花の下に街の人たちが集まって花を見ながら酒を呑んだら。

ドラガンがそんな夢を口にすると、ユリヴはポロリと涙を流し、そんな日が来たらここにいる皆は涙が止まらないと思うと、今から胸がいっぱいになっていた。

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