第36話 グレムリン

 翌日、早朝にヴォルゼル憲兵総監が総督府に駆け込んできた。

その報告に、ヴァーレンダー公は少しだけ残っていた昨晩の酒が一気に吹き飛んだ。



 竜産協会の支部長スサニノが亡くなった。


 スサニノはヴォルゼルの言葉で思い直し、ここまでぽつぽつと供述を開始していた。

ただここまでの発言内容は、残念ながら他の幹部や職員が漏らした内容ばかりで、新たな内容は何一つ無かった。


 そろそろ新たな内容が語られそう。

そんな雰囲気の中での昨夜の出来事であった。


 スサニノの拘禁されている牢屋は牢屋というより頑丈な壁に覆われた部屋であった。

強いて言えば、明り取りの窓が高い場所に付いていて自殺もままならない、そういう間取りであった。


 看守たちはドアの隙間から定期的に部屋の中を覗き見て、スサニノの状態を確認し続けていた。


 ちょうど看守の交代の時間であった。


 憲兵隊詰所の窓ガラスが割れた。

侵入者がいる。

牢屋棟にもそういった声が聞こえてきた。


 そんな時だった。

交代した看守が牢屋のドアが少し動いたように見えたらしい。


 慌てて中を覗くとスサニノが心臓を短剣で一突きにされ殺害されていたのだった。


 ドアを開けると犯人が明り取りの窓から飛び立って行くのが見えた。

看守は見た事もない生き物と言っていたが、その報告内容から恐らくは……



「何っ! グレムリンだと! 若いセイレーンと見間違えたのでは無いのか?」


 ヴァーレンダー公は勢いよく椅子から立ち上がりヴォルゼルに詰め寄った。



 『グレムリン』。

最近になってキンメリア大陸で増え始めている新しい亜人である。


 元々、キンメリア大陸にはドワーフ、エルフ、トロルの三種の亜人が住んでいた。

そこにサファグンとセイレーンが住み着いたらしい。

らしいというのは、少なくともキマリア王国の歴史が始まるより遥か以前の話であり、よくわからないのである。

長寿であるエルフの伝承によってそう語り継がれている。


 そこに人間が船に乗ってやってきた。

最初の人間たちがどこからやってきたのかはわからない。

これもキマリア王国の歴史が始まるよりも前の話だからである。


 そこに隣の大陸からキマリア王国の初代王となるフセヴォロドが両親と共にやってきた。

後に『征服公』とあだ名される事になるフセヴォロドの父ウラジーミルは、仲間を募って町を占領し兵をかき集め近隣の村々を占領していった。

だが、暴虐の限りを尽くし武と恐怖での支配を目論んだウラジーミルの統治は強い反発を買った。

大陸の三分の一を制し覇者として挑んだ戦で大敗を喫し戦死。


 父の志を継いだフセヴォロドは父のような武力制圧ではなく共存共生を持ち掛けた。

こうしてキマリア王国が誕生する事になった。


 建国から何年になるか知らないが、これまで『亜人』といえばドワーフたち五人種のみであった。

ところが最近になってグレムリンという六人種目の亜人が住みつき始めている。


 見た目は『猿鬼ゴブリン』というモンスターに似ている。

背中には蝙蝠のような羽が生えており、頭部に特徴的な角が生えている。

顔は猿鬼よりも面長でトカゲにも似ている。

肌は浅黒いというより痣のような紫に近い色をしており、背は猿鬼よりやや大きくセイレーンより低い。

猿鬼や野生の猿のように極端な猫背ですばしっこい。

前歯が尖っており、異常なまでに夜目が効く。


 現在はアバンハード郊外に多く住み着いているのが確認されている。

知能はそれなりに高いのだが、いかんせんモラルというものが欠片も無い。

窃盗、殺人、強姦、これらの行為に何のためらいも無く、さらに心を痛めない。

その発言には非常に虚言が多く、そのくせ気位が高く異常に気が短い。

しかも人の血を飲み肉を食べる。


 その行動はほぼ山賊のそれで、アバンハードでも何度も討伐隊を組織され村ごと焼かれている。




 ヴァーレンダー公は執務室で一人イライラして爪を噛んでいた。


 アバンハードで討伐対象になっているグレムリンが、ここアルシュタで発見された。

それだけじゃなく憲兵隊の詰所に忍び込み、竜産協会の支部長を殺害した。

つまり竜産協会は、この鼻つまみ者のグレムリンを雇っている。

雇っているだけでなく暗殺に利用した。


 グレムリンを取り締まれと命じはしたものの、恐らく無駄だろうとも感じている。

恐らくは闇夜に紛れ、とっくにアルシュタを逃げ出しているだろうから。


 ここでヴァーレンダー公に一つの推論が浮かんだ。

グレムリンがセイレーン同様空が飛べるとしても、その飛行能力はおよそセイレーンの足元にも及ばないと言われている。

であれば彼らはそれほど遠くへは逃げていないのではないか?

つまり、ここアルシュタの近くに奴らの拠点があるのではないか?



 ヴァーレンダー公は手元の鈴を鳴らし、家宰ロヴィーを呼びつけた。

少し時間を置きロヴィーが執務室へとやって来る。

さすがにロヴィーも連日の『神隠し事件』の対応で疲労が蓄積しているようで、普段に比べ覇気というものが感じられなくなっている。


「一つ、万事屋に依頼を出してはもらえぬか? 依頼内容はグレムリンの拠点の捜索」


 ヴァーレンダー公の言葉にロヴィーは耳を疑った。

グレムリンが出たらしいと聞いても、まだ信じられないという感じであった。


「目星なんかはあるのでしょうか?」


 ロヴィーはそう尋ねた。

もちろんまだ何もわからない。

だから『捜索』なのだ。

拠点を潰せではない。


「依頼人は誰を?」


 ロヴィーの質問にヴァーレンダー公は短く任せるとだけ言った。


「見つけ次第海兵隊を動かす。だからどんな情報でも良い。それなりに金もはずんでやってくれ。はずめば裏切る奴も出るだろう」


 ロヴィーは承知しましたと言って部屋を後にした。



 ロヴィーが退出した後、ヴァーレンダー公は両拳を固く握り執務机に押し付けた。

歯を強く噛みしめ肩を震わせている。


「許さん! 私の統治を邪魔する奴らを私は絶対に許さない! この報い、何倍にもして受けさせてやる!」

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