第40話 争奪戦
エニサラからの手紙を読んでからというもの、ベアトリスの様子がおかしい。
隙さえあればドラガンの横にいたがる。
べたべたと体を触ってケラケラと笑っている。
ドラガンはそれを特に何とも感じていないようで、二人で一緒にペティアの部屋に向かったりしている。
さすがのペティアも手紙で何かあったと感づいたらしい。
ベアトリスが部屋に入って来ると露骨に嫌な顔をした。
徐々にだがペティアも一人で体が動かせるようになってきている。
誘拐事件から異常に体が細っており、医師から少しづつ体を動かすようにと言われ、ドラガンに付き添ってもらい宿泊所内をゆっくりと歩いている。
たまによろけてドラガンに抱きかかえられ、大丈夫と声をかけられる。
ドラガンからは見えていないのだが、その時のペティアの顔は緩みきっている。
そんなペティアとベアトリスを食堂の隅でレシアはじっと見ていた。
自分も何かしないと。
そう焦りはするものの、何をして良いか見当もつかなかった。
ヴァーレンダー公の執務室に、少し耳に入れておきたい事があると言ってプラマンタがやってきた。
ヴァーレンダー公にとってプラマンタの報告は、現状、毒沼、グレムリンと並んで最大の関心事となっている。
実はエモーナ村で少し驚く話を聞いた。
そうプラマンタは話を開始した。
それはプラマンタがドラガンの姉アリサの家にいた時の話だった。
エモーナ村にも以前は宿泊所があったのだが、経営者の一家が村を捨ててしまい今は宿泊所が一件も無い。
その為、プラマンタはポーレの家に滞在していた。
ある日、ポーレの家にラルガという研究員が訪れた。
ラルガはザレシエの姿が見えないと言ってポーレを訪ねたらしい。
たまたまその時、プラマンタはポーレと話をしていた。
アリサに伴われラルガは二人のいる部屋にやってきた。
するとポーレはプラマンタに席を外して欲しいと言ってきた。
それまでも何度か客人はあった。
バルタという辺境伯の家宰が尋ねてきて税制について相談するなんて事もあった。
そんな場合でも、別にプラマンタが横にいても関係無く話をしていた。
一体何があるのか?
部屋を出る時に彼らの会話が、少しだけだが聞こえてしまったのだった。
「何!! 真珠の養殖だと! それは真の話か?」
ヴァーレンダー公は勢いよく席を立ち、プラマンタの肩を机越しに掴んだ。
「ユローヴェ辺境伯という名前までは聞こえましたが、残念ながらそれ以上は……」
もしプラマンタが聞いたように真珠の養殖に成功したのだとしたら、真珠の流通は彼らの思うがままになっていくだろう。
現在は超高価な真珠だが、いづれは比較的手に入りやすい輝石となっていくだろう。
今は魚介の干物と小麦が主な産業の比較的貧しいとされるサモティノ地区だが、今後は裕福な地区に生まれ変わるだろう。
なんという革新的な!
それよりも、関心事はその報告をドラガンの義兄が受けていたという点。
もしもこの件にもドラガンたちが関わっているのだとしたら……
数年後には、彼らのいる都市は大陸のどの都市よりも発展した都市になっていくであろう。
だとしたら……
欲しい!
何としても彼らが欲しい!
その頃、憲兵隊の詰所は徐々に落ち着きを取り戻してきていた。
既に逮捕拘禁された者たちから多くの証言を得られ、事件の全容が解明され始めている。
支部長のスサニノが暗殺されていなければもっと多くの事が知れただろうが、残念ながら口封じをされる形になってしまった。
ここまでで新たにわかった事としては、この商売が三代も前のアルシュタ総督の時代から脈々と続いてきた事だったという事。
被害者の人数は恐らく四桁近くになると思われる。
『思われる』というのは、売れ残ったり、調教中に精神的に壊れてしまったり、病気で亡くなったりして、商売に使えなかった女性は『処分』されており、そういった女性の人数が把握できていないからである。
逆に、そのような裏稼業にも関わらず取引書類がちゃんと残っているという方が珍しい。
これはどうやら、何かあった際に脅迫の材料にできるからという事らしい。
この書面が実際顧客たちへの押さえになっていたのは間違い無いのだろう。
肝心の誰の指示で行われていたかという事だが、本来はこの部分をスサニノから聞き出せるはずであった。
ただ、状況証拠や押収された書類の調査などでその一端は見えている。
王都アルシュタにある竜産協会本部。
ここからの指示でほぼ間違いが無いと思われる。
書面の多くに総務部長のディブローヴァや営業統括のコノトプの署名がされていたのである。
さらに最重要の書類にはオラーネ侯の署名もある。
また、スサニノの部屋から裏帳簿が発見されており、毎年アルシュタの年間予算の四分の一程度の額が王都の本部へと送金されていた事がわかった。
年間予算の四分の一に値する富が毎年アルシュタから流出していた。
その流出したお金は麻薬という形でアルシュタに入っていたのだ。
どれだけ事業の無駄を無くしても、どれだけ公共事業に資金をつぎ込んでも、一向に財政状況が良化しなかった最大の理由がこれだったのだ。
おまけに歴代の財務部長まで顧客に名を連ねている始末。
憲兵総監は頭を抱えながら事件の報告書を記載した。
その頃、家宰ロヴィーの下にグレムリンのアジトが見つかったとの連絡が入った。
場所はアルシュタから南にかなり行った場所。
例の毒の沼地から西に少し行った場所であった。
ロヴィーはすぐに海軍のベクテリー事務局長に拠点の殲滅とグレムリンの捕縛を依頼。
本来であれば軍令部総長に依頼するところだが、後任の人事がまだ決まっておらず、代わりにベクテリーへ依頼をかけた。
ベクテリーは、海兵隊の一隊を報告のあった小屋へと向かわせた。
だが残念ながら小屋にはグレムリンは一人もいなかった。
監視していた冒険者の遺体が転がっていただけであった。
「もしかしたら、執事の中に奴らに内通している者がいるかもしれません」
ロヴィーは、そうヴァーレンダー公に報告したのだった。
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