第41話 買い物

 最近ドラガンは暇さえあればやかんで湯を沸かしている。


 最初にベアトリスがそれに気が付いた。

どうしたのと尋ねてみたのだが、ドラガンはじっとやかんを見続けている。

目の前で手をパチリと叩くと、びくりとして何か飲むと聞いてくる。

再度どうかしたのかと尋ねると、少し唸って首を傾げる。


「蓋がカタカタ言ってるんだよ。注ぎ口からは湯気が出てるんだ」


 そう呟いて、またじっとやかんを見続けるのだった。


 何か当たり前の事を言って首を傾げている。

どうしちゃったのだろうとベアトリスたちは心配した。


 アルディノとザレシエは、もしかして麻薬の後遺症だろうかと言い合っていた。

レシアとベアトリスは、ここのところ雨が続いて外に出れないので何か気分が沈んでいるのかもしれないと言い合っている。

晴れ間にでも皆で弁当を持ってどこかピクニックに行こうとレシアが言うと、ベアトリスとペティアが賛成した。



 ただペティアはまだ元のようには体の自由が効かない。

徐々に回復しているとはいえ、自由自在というわけにはいかないらしい。

だが絵を描きたいという衝動は日に日に募っている。


 最初は指先を動かす治療といって、サモティノ地区で有名な子供の玩具を作っていた。

細長い紙を二枚交互に折っていくというだけの玩具である。

上手く折れると小さな紙片になり、指を離すとびよんと伸びる。

ただそれだけの玩具である。


 それを見たアルディノとレシアが懐かしいと言って笑っていた。

ドラガンはその玩具に興味津々で、最初に見た時は一日それで遊んでいた。


 指先がある程度動くようになると、そこから毎日、誰かにモデルになってもらい似顔絵を描き始めた。

最初はドラガン、次にザレシエ、ベアトリス、レシア、アルディノ。

ドラガンの時はまだ線が真っ直ぐ描けなかったようで、かなり申し訳ない絵になってしまったが、ベアトリスくらいからは元の綺麗な絵になっていた。

ベアトリスもレシアも宝物にすると言って大喜びだった。


 もう一度ドラガンとザレシエの似顔絵を描くと、その後は宿泊所の主人、プラマンタ、クレピーの絵を描いていった。



 ベアトリスは同郷のザレシエに色々と相談をしている。

レシアはアルディノが気にかけている。

だが自分にはそういう人がいない。

アルシュタに来てすぐペティアはそう強く感じた。


 そこでペティアはクレピーに相談に乗ってもらっていた。

エモーナ村ですっかりサファグンの虜になっていたクレピーは、かなり親身になってくれた。


 クレピーの似顔絵を描きながらペティアは、中々ドラガンとの仲が進展しないとぼやいた。

そもそもライバルが強すぎる。

ベアトリスはベルベシュティの森で行き倒れていたドラガンを助けた命の恩人。

レシアは身を投げうってドラガンを生き残らせたバハティ丸の船長の娘。

自分にはそういった背景が何も無い。


 二人に勝っているところと言えば胸の大きさくらい。

これに関しては完勝だと自負している。

というか二人が雑魚すぎるのだ。

色気で誘惑すればと当初は思っていたのだが、ドラガンは初心うぶすぎるのか困惑するだけ。

考えてみれば、アリサさんも中々に良いスタイルをしているわけで、この程度では何とも思わないのかもしれない。


「じゃあアリサさんみたいに接してみたらどうですか? 案外そういうのに弱いのかも」


 そうクレピーはアドバイスした。


 なるほど。

アリサさんがどんな接し方をしているか見た事はないが、それこそドラガンに聞いたら良い話だろう。




 ピクニックに行く前日、ペティアはベアトリスたちに服を買いに行こうと誘った。

ベアトリスもレシアも喜んだのだが、クレピーは、総督府に連絡をするから待ってくれと足止めをした。


 焦って総督府に行き買い物に行きたいらしいと家宰ロヴィーに告げると、ロヴィーは、何で突然そんな事になったのかとクレピーに尋ねた。

そこでやっとクレピーは、翌日のピクニックの話もしていなかった事を思い出してしまった。


「馬鹿野郎!!! 何でそういう人数が必要な事を言い忘れるんだよ!」


 大きくため息をつくと、すぐに人を集めるから少し待つよう言ってくれと言ってクレピーを執務室から追い払った。


 クレピーは逃げるように執務室を出て宿泊所へと戻った。



 それから少しして執事二人と冒険者二人が護衛としてやってきた。

まだ弱い雨が降る中、ペティアたちはドラガンたちを無理やり引っ張って服を買いに出かけたのだった。


 まず最初にベアトリスが服を決めた。

ベアトリスは直感で、白のブラウス、緑のキュロット、緑のベストを選んだ。

胸元には可愛いリボンタイが付いている。


 ベアトリスはドラガンの前に現れどうと尋ねた。


「可愛いよ。よく似合ってると思う。ベアトリスらしいって感じで」


 ドラガンが褒めると、ベアトリスはその場でくるっと回転して、えへへと笑った。


 次に決めたのはペティアだった。

ペティアはベアトリスのようにドラガンに見せびらかしには来なかった。

アルディノから見てもらわなくて良いのかと尋ねられると、見られたら当日の愉しみが減ると言って笑った。



 ペティアの買い物が終わってかなり時間が経ったが、レシアは戻って来なかった。

随行の護衛たちも、すっかり飽きてしまい欠伸をしている。

心配したドラガンとアルディノが、レシアの様子を見に行った。


 レシアは店員がお薦めした服三着をこっちにしようか、あっちにしようかと悩んでいる。

もはやお薦めした店員すら飽きている。

レシアはドラガンたちを見るとどれが良いかなと聞いてきた。


 アルディノがドラガンに選んでもらったどうかと言うと、レシアは恥ずかしがり、でも、でもと戸惑い始めた。


 ドラガンもさすがに面倒に感じたらしい。

三つの服から桃色を基調としたかなり可愛い目の服装を指差し、これが良いんじゃないかと言った。

すると、こっちもこの辺が可愛いと思うのよとレシアは言い出した。


 あからさまに顔を引きつらせるドラガンに、アルディノは、女の子の買い物っていうのはこういうもんだと諭した。

怒ってはいけない。

アリサさんもそうだっただろうと言われると、ドラガンは小さくため息をついた。


「レシア。三つともレシアに似合って可愛いと思う。でも、その中で僕はこれを推す。色がレシアの雰囲気に合ってると思うんだよ。後はレシアが決めたら良いよ」


 ドラガンの言葉にレシアは満足し、じゃあこれにすると言って、最初にドラガンの選んだ服に決めた。


「ドラガン、アリサさんの弟って結構大変じゃったんじゃの……」


 アルディノはそう言って疲れきっているドラガンの肩をポンと叩いた。

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