第42話 ピクニック
ピクニック当日を迎えた。
六人は朝から厨房を借りてお弁当作りに勤しんでいた。
お弁当といってもパンをバケットに詰めそのパンに挟むものを調理するという感じである。
六人は、それぞれ味の好みも違えば食の好みも違う。
サファグンの二人は魚介を好み、エルフの二人は肉を好む。
サファグンの二人はかなり濃い味付けで、ドラガンとレシアは薄味を好む。
エルフは香辛料たっぷり。
ベアトリスは、どうやらジャームベック村にいた頃からあまり料理の腕は上達していないらしい。
アルディノは異常に料理が上手で、ドラガンも中々に上手い。
ペティアも本来は上手なのだろうが、どうにもまだ指が震えるらしく動きがぎこちない。
ザレシエとレシアがとにかく酷い。
ザレシエは食べられるから大丈夫と野菜の皮すら剥かない。
ペティアから食感を考えろと怒られても、皮は生薬に使うんだから食べた方が良いなどと屁理屈をこねている。
アルディノに襟首をつかまれ、パンの焼け加減だけ見ててくれと怒られてしまった。
どうやら、そもそもレシアはあまり料理をした事が無いらしい。
包丁で物を切る際に、手を添えず柄を握ってダンと振り下ろした。
その仕草に五人の顔が一瞬で凍り付いた。
「レ、レシアは、できた料理をバスケットに詰めていってもらえないかな。随行の人の分も作るから、一人そういう人がいた方が良いと思うんだ」
ドラガンは、そう言ってレシアを厨房から遠ざけた。
レシアは口を尖らせ、仲間外れにされたという顔をしたが、アルディノも顔を引きつらせてこっちは任せろと言うので、渋々バスケットに料理を詰める方にまわった。
ドラガンが作ったジャガイモと干し肉の粒胡椒炒めをベアトリスが美味しそうと言って摘まんだ。
ドラガンが怒ると、後ろからペティアがこそっと摘まみ美味しいと言い、ザレシエとレシアも摘まんだ。
「おいおい。そがいに味見したら、持ってく分がみてるじゃろ。ん? げに旨いなこれ」
四人を注意しながらも、アルディノは何気に自分も摘まみドラガンを呆れさせた。
朝も早くからわいわいと大はしゃぎし、いざ出発という段階になった。
女性三人は朝の調理からは服を着替えてきた。
最初にベアトリスが、昨日購入した緑を基調とした服で登場。
長い髪を三つ編みにし、それをさらに後ろで編んでいる。
次にレシアが現れた。
桃色の少し短めのフレアスカートに、白のシャツ、その上に薄桃のカーディガンを羽織っている。
髪はいつものように後ろで縛って前に垂らしている。
最後に現れたペティアを見て、ドラガンも、ザレシエも、アルディノもぎょっとした。
大きな襟のついた紺のワンピースに、大きめのシャツを羽織っている。
それもさることながらその髪型。
波打った髪を肩の辺りで緩く束ね紺のリボンで縛っている。
明らかにアリサさんを意識している。
勝負にきたなとアルディノは感じた。
ザレシエはアリサを尊崇しており、少し不快感を抱いた。
ドラガンは明らかに困惑している。
六人を乗せた竜車は、アルシュタ郊外にある自然公園へと向かった。
道中も、ドラガンはペティアの服装が気になるらしくチラチラと見ていた。
クレピーの説明によると、自然公園は元々は一面ただ雑草が生い茂るだけの平原だったらしい。
そこに小川が流れており、その小川の水をアルシュタに引いて来ようという計画が持ち上がった。
ところがどうやら途中で毒の沼を経由しているらしく飲料水として使えるほど良い水ではない事がわかった。
誰が目を付けたのか、その一角に花の種が撒かれ机と椅子が置かれた。
いつの頃からか、その花を管理する管理小屋が作られ、食べ物や飲み物が売られるように。
雑草は刈られ芝生になり、綺麗な花の咲く木が植えらえ、一年中何かしらの花が咲いているようになった。
気が付くと、若者たちの人気のデートスポットになっていたのだそうだ。
少なくともクレピーの両親たちが若い頃には、もう既に立派な花園だったのだとか。
一行は自然公園に到着すると、まずは一面の花畑を見てまわった。
どうにもこういう光景は感性を刺激されるらしく、ペティアは早くも紙と筆を取り出し絵を描き始めている。
ベアトリスはレシアと、きゃっきゃ言いながらボールを投げて遊んでいる。
男性陣はどうにもペティアの絵に興味が湧くらしくペティアが描く絵をじっと見ている。
それにベアトリスが怒り一緒にボール投げをさせられた。
昼食の時間になるとレシアとザレシエは机の上に朝早く起きて用意したお弁当を広げ始めた。
護衛の人たちも一緒にと言って、ベアトリスが執事を呼びに行った。
残った冒険者の一人イボットが異変に気付いた。
周囲をキョロキョロと見始めた。
それに執事の一人が気づき、ザレシエとレシアをイボットと挟むような位置に立って剣に手を置いた。
そこにベアトリスが、執事と二人で焦った表情で戻って来た。
執事はイボットに気づいたかと尋ねた。
「一般客の姿が見えへんようになりましたよね。先ほどまでは何人か見かけたいうのに」
ザレシエが執事に言うと、執事も明らかにおかしいと言って、周囲をキョロキョロと見ている。
「危ない!!」
イボットがレシアを押し倒す。
レシアが立っていた先に一本の矢が地面にぷすりと刺さった。
「!! フローリン兄、今の音聴いた?」
「ああ、聞いた!! 鉄同士がぶつかった音や!」
ベアトリスとザレシエは顔を見合わせ、イボットと執事たちにドラガンたちと合流しようと提案した。
レシアは震えながら広げた弁当を片付けようとしている。
「一刻も早うドラガンたちと合流する。残念やけど弁当は諦めてくれ」
そう言うとザレシエはレシアの手を強く引き、先ほど音の鳴った方へと駆け出した。
その間にも何本かの矢が射かけられてくる。
そのうちの一本が執事の腕に突き刺さった。
ザレシエは足を止め、イボットから弓と矢を借りた。
矢が集中して飛来してくるが、それを執事が剣で打ち払った。
「さっきから煩い奴はどこや……」
「フローリン兄。三人くらい隠れて撃って来てると思うよ」
ザレシエがぎゅっと弓を絞り狙いを定め、巨木に向かって矢を放つ。
ぐわっという声が聞こえ逃げて行く影が見えた気がした。
「さっきから、あれはわかっとった。後の二人はどこや?」
ベアトリスが、あそこの茂みと、あっちの木の上と指を差すと、ザレシエは、そこに向かって矢を一本づつ放った。
「お見事!」
イボットにも矢が当たったのがわかったらしく、そう呟いて頬を緩めた。
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