第20話 不和

 ボヤルカ辺境伯は、その日のうちに船でアバンハードを離れた。

海路大陸を西に進み、スラブータ侯爵領で船を降り西街道に入った。


 スラブータ侯に挨拶をしようと執事を使いに出したのだが、爵位と領地の継承のゴタゴタで忙しいらしく、後日改めてと言われてしまった。

執事はその返答をかなり訝しんだが、ボヤルカ辺境伯は、後日改めてということは相談したい事があるという事だろうから、ここは大人しく引き下がっておこうと引き下がった。



 西街道に出るとすぐに正面から街道警備隊がやってきて道を塞いだ。

竜車の改めをさせて欲しいと隊長と思しき男が言ってきたのだった。


 執事はボヤルカ辺境伯の竜車と知っての狼藉かと隊長を睨みつけた。

ボヤルカ辺境伯は、今、国王の葬儀に参列するためにアバンハードに駐留しているはずであり、かような場所にいるはずが無いと隊長は答える。

執事は竜車に付けられた『交差した二本の斧』の家紋を指さし、この紋が目に入らないのかと激怒。

執事がふと見ると隊員は皆剣の柄に手をかけている。

人数は十三人。

こちらは護衛を連れているものの近衛隊長を入れて八人しかいない。

明らかに多勢に無勢である。

執事が無言で隊長を睨みつけていると、近衛隊長が剥き身の剣をぬっと竜車から出した。


「この紋を見てそれでもなお剣を握るとか、さてはお前たち街道警備隊では無いな?」


 ボヤルカ辺境伯に命ぜられた通り、近衛隊長はかなりドスを効かせて喋った。

街道警備隊の隊長は若干怯んだものの、偽物はお前たちであろうと自分たちの主張を曲げなかった。

ならば試してみよう。

近衛隊長は剣を街道警備隊の隊長に向ける。

近衛隊長の声に護衛の冒険者は竜車から飛び降り、各々武器を取って街道警備隊を睨んだ。


 やむを得ず街道警備隊の隊長も剣を抜こうと柄に手をかける。

その手に竜車内から矢を射かけられ、矢が手の甲に突き刺さる。

まさに一触即発。


 そこに、スラブータ侯の執事ソシュノと近衛隊が現れた。


「我が領内で何事ですかな?」


 ソシュノは街道警備隊の隊長に問いただした。

ボヤルカ辺境伯を語る不届き者を拘束しようとしているのだから邪魔をするなと隊長は叫んだ。

だがソシュノは実に冷静にもう一度先ほどと同じ事を聞いた。


「我が領内で何事かと聞いている。いつから街道警備隊の縄張りにスラブータ侯爵領が含まれたのだ? 少なくとも家宰である私は聞いていないが?」


 街道警備隊の隊長は歯噛みし、ソシュノを睨みつけた。

ボヤルカ辺境伯の近衛隊長はソシュノに、こやつらは偽物なのでは無いかと疑問を投げかけた。

であれば我が領内の狼藉、捕らえて尋問せねばならないと、ソシュノは街道警備隊を睨みつける。

『尋問』という言葉に街道警備隊たちは酷く怯え、逃げるようにその場を去っていった。


 その後ソシュノは近衛隊に、ボヤルカ辺境伯一行を領外まで護衛するよう命じた。

ボヤルカ辺境伯は竜車から顔を出すと、ソシュノに深々と頭を下げ礼を述べた。

ソシュノはボヤルカ辺境伯の顔をじっと見ると、ご無事で何よりでしたと少し冷たい目を向けた。


「辺境伯さえ無事であれば、いつの日か『ゾロテ・キッツェ』の計画も、再開できる日があるのでしょうね」


 ソシュノの言い方にボヤルカ辺境伯はかなり違和感を覚えた。

だが違和感の正体がわからず、相談事があればいつでも屋敷を訪ねて欲しいとソシュノに言い残し、その場を後にした。




 自分の屋敷に無事戻ることができたボヤルカ辺境伯は、その日はゆっくりと体を休めた。

翌日一日かけて、家宰サルハニーから自分が不在の間の復命を受けた。

報告を聞き終えるとヴァーレンダー公との話をサルハニーにした。

サルハニーはかなり渋い顔をし、公爵殿下もかなりまで覚悟を決めているようだと、ため息交じりに感想を口にした。


 そういう事であれば、まずはヴラド・コンテシュティと面会し意思を確認するべきと、サルハニーは進言した。

今後ヴラドを手中にできているか否かで各所への交渉の難度がかなり違ってくると。

今はまだベルベシュティ地区以外では無名だが、大陸中に名が知れるのも時間の問題だろうとサルハニーは推測している。

ボヤルカ辺境伯も同感だった。


 ボヤルカ辺境伯は執事の一人をジャームベック村へ使いに出した。

内容は、少し貴殿と今後の話がしたいから首長と二人で屋敷に来れないだろうかというものだった。

恐らく断られる事はないだろうから食事の献立を考えておくようにと、ボヤルカ辺境伯はサルハニーに頼んだ。


 執事の持ってきた回答にボヤルカ辺境伯は耳を疑った。

回答を保留にされたというのだ。

先方に何か無礼を働いたのではないかと思い、執事を呼びつけ再度確認をしたのが、三人の族長候補に相談すると言われたらしい。


 『族長候補』という単語にボヤルカ辺境伯は、ドロバンツ族長が殺害された事を忘れていたことに気が付いた。

エルフもゴタゴタしている事をすっかり失念していた。

族長候補たちの返答をボヤルカ辺境伯は、じっと待つことになった。


 返答は族長候補たちではなく族長の家宰ミオヴェニから届いた。

会談は族長屋敷で行いたいのでボヤルカ辺境伯と家宰の二人だけでお越しいただきたい。

手紙を見てボヤルカ辺境伯とサルハニーは首を傾げた。

だが大事の前の小事だと割り切ることし、翌日族長屋敷へと向かった。




 族長の屋敷に行くと、ボヤルカ辺境伯とサルハニーは奥の応接室に通された。

部屋に入ると、ドラガンの他にエルフが五人椅子に座って待っていた。

そのうちの二人は覚えがある。

一人はドラガンを匿っているジャームベック村の首長バラネシュティである。

もう一人はエルフの家宰ミオヴェニ。

残りの三人には見覚えが無い。

恐らくは族長候補の三人なのだろう。


 実際にはバラネシュティが新族長、残りの三人のうちの一人が新しいジャームベック村の首長なのだが、それがこの時点でのボヤルカ辺境伯の認識だった。


 三人の族長候補は少し冷たい目でボヤルカ辺境伯の顔を見ている。

ミオヴェニもドラガンの顔を見てから、厳しい目でボヤルカ辺境伯を見た。

席についた八人は出されたコーヒーを啜ると無言で菓子を齧った。


「ほんまにお二人で来たんですね」


 ミオヴェニの言葉に、エルフたちがボヤルカ辺境伯に視線を集めた。


「お前らがそうしろと言ったのじゃないか! 一体どういうことなんだ? ちゃんと納得いく説明をしてくれるんだろうな?」


 若干苛立ったボヤルカ辺境伯の膝にサルハニーは手を置き、小さく首を横に振った。

少し気を落ち着かせよと窘めたいらしい。


「ボヤルカ辺境伯。ようご無事で戻って来れたものですな」


「どういう意味だ?」


「スラブータ侯、リュタリー辺境伯、ドロバンツ族長、皆、殺害されたいうに」


 バラネシュティの言葉の意味をボヤルカ辺境伯もサルハニーもすぐには理解できなかった。

サルハニーとしては、ボヤルカ辺境伯だけでも戻って来れたのだから、ここは歓迎されるべきところなはずなのだ。

だがボヤルカ辺境伯は何かに気が付いたらしい。


「……そういうことか」


「ヴラドを、どうする気やったんですかな?」


 そのバラネシュティの言葉でボヤルカ辺境伯は全てを察した。

これも『奴ら』の策だったのだ。


「出港から海路『奴ら』の領海を通ったのに、どうして全く襲われる事がなかったのか、不思議に思ってはいたのだ。そしてリュタリー辺境伯の家宰のあの態度。そういう事か……我らの結束を壊す最後の駒が私ということか!」


「どういうことですか?」


「三人の貴人が害され私だけが戻れば、なぜお前だけと怪しむに決まってるだろう! 『奴ら』の側に身を落としたと思われているんだよ!」


 ボヤルカ辺境伯の説明にサルハニーは、そういうことですかと、かなり驚いた声をあげた。

ドラガンを甘言で呼びつけロハティンに送還しようとしていたと思われているのだ。


 どうやって誤解を解いたものか、ボヤルカ辺境伯は腕を組み目を閉じて静かに考え込んだ。


「わかった。本題に入る前に向こうで何があったか包み隠さず全て話そうじゃないか」

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