第21話 説明

 ボヤルカ辺境伯は自らにかけられた疑いを晴らす為、どうやってアバンハードから帰って来たのか説明する事にした。


 ドロバンツ族長が殺害されたという報が入り、葬儀を欠席して帰る口実が出来た事、縁者であるヴァーレンダー公の許可を取り、船を借りて海路スラブータ侯領まで来た事などを順々に話していった。


「それはつまり、ヴァーレンダー公という方の後ろ盾があったから無事帰って来れたという事ですか?」


「関係無いとは言えないだろうな。船にヴァーレンダー公の紋章とアルシュタの府旗が掲げられてたのだから。だが途中で襲撃されなかったのは、恐らくは、我らの中に不和の種を植え付ける為だと思う」


 ドラガンはボヤルカ辺境伯の説明の意味がわからず首を傾げる。

それを見たバラネシュティ族長はクスリと笑い、ボヤルカ辺境伯だけが無事に帰ってくれば、我々も訝しんだように、誰もが『奴ら』と何かしら通じている考えるだろうとドラガンに説明した。


「そのように疑われてるとは露知らず、私はヴラドを屋敷に招こうとしたわけだ」


「そうか! だからロベアスカ首長は罠かもって言ったんですね!」


 ジャームベック村の新首長ロベアスカは、そう思われても仕方ない状況でしょと少し不貞腐れた態度を取った。

バラネシュティは優しく微笑み、ヴラドを守る為にはそれくらいの慎重さが必要だと頷いた。


「他に何か聞きたい事はあるか? 何でも包み隠さず話すぞ? 良い機会だ、何でも聞くが良い」


 バラネシュティや首長たちはそこまでボヤルカ辺境伯の事を知らないわけじゃなく、実質、ドラガン個人に言っている。


「えっと、ヴァーレンダー公の縁者って聞きますけど、どんな縁なんですか?」


「私の叔母がヴァーレンダー公の祖母なのだ」


 ドラガンは、ボヤルカ辺境伯の簡素な説明で一度は納得した。

だが、さらなる疑問が浮かび首を傾げる。


「あれ? 聞いた話だとヴァーレンダー公の父って、亡くなった国王ユーリー二世陛下の弟君なんですよね? じゃあユーリー二世陛下の叔母でもあるという事ですか?」


「ほう、随分と勉強したようだな。ヴィトリンド様の妻ハンナ様の母と言えばわかるかな?」


「なるほど。でもそれってだいぶ遠縁になるんじゃないですか?」


 ボヤルカ辺境伯はクスリと笑いバラネシュティの顔を見る。

お勉強の成果が顕著でしょとバラネシュティは笑い出した。

エルフの家宰ミオヴェニは、付け焼刃ですよと大笑いした。

何もバラさなくても良いのにと、ドラガンは口を尖らせて怒っている。

ボヤルカ辺境伯と家宰サルハニーは声をあげて笑った。



「ところで、族長がまだ決まらず揉めていると聞いたが、このような有事に大丈夫なのか?」


 ボヤルカ辺境伯の憂慮に、バラネシュティはエルフ側の状況を説明した。

全てを聞き終えるとボヤルカ辺境伯は、さすがエルフは聡いなと呟いた。


「ところで、なぜ帰還早々にヴラドを呼び寄せようとしたんです?」


 先ほどは何でも話すと言ったボヤルカ辺境伯だったが、バラネシュティの質問には顔をしかめ言いよどんだ。


「それを話すためには、一度君たちの意識を確認しておかねばならん。ここにいる者は全員ブラホダトネ公に敵対しているという認識で良いのかな?」


「そういう認識で良えと思いますけど?」


「『思います』では困る案件なのだ!」


 ボヤルカ辺境伯が一人一人顔を見ていくと、皆、目が合った時点でこくりと頷いた。

全員の頷きを見届けた上で、ボヤルカ辺境伯は大きく頷いた。

サルハニーが、部屋の外を見張りますと言って部屋を出て行った。



「先の族長ドロバンツ氏は、生前、ロハティン総督に対抗するのは容易な事ではないと言っていた。だが、やらねば理不尽な目に遭う人は今後どんどん増えていくだろうと」


 ボヤルカ辺境伯の言葉に全員が耳を傾けている。

ボヤルカ辺境伯はコーヒーをひと啜りした後、続きを話し始めた。


「そこで私に、ヴァーレンダー公を御旗にできないかと相談してきたのだ」


「御旗いうと、派閥の首魁としていう事ですか?」


 モルドヴィツァが確認するように尋ねると、ボヤルカ辺境伯は大きく頷いた。



「相手が折れれば、派閥対立だけ済むだろうがな。折れなければ……それ以上の事になるかもしれんな」


「王朝交代ですか!」


 オストロフ首長は驚いて、思わず椅子から立ち上がった。

ミオヴェニは口に人差し指を当て、声が大きいとオストロフを窘めた。


「村人ごと村が一つ消されたのだ。十分な理由だろうよ」


 ボヤルカ辺境伯は、驚きで言葉を失っている面々を他所に静かにコーヒーを口にした。


 バラネシュティはドロバンツ前族長がそこまでの覚悟であった事を知り、額から一筋の汗を滴らした。

そして情勢がそこまで緊迫してしまっているのだということを改めて実感した。


「ヴァーレンダー公は私からの書状を読むと、本来はブラホダトネ公の影響下であるはずの大陸西部の貴族の切り崩しを依頼してきたのだ」


 切り崩しと言っても中立で良い。

議会で対立した際ヴァーレンダー公に付かれてしまっては、大陸西部の方が貴族の数が多いだけに、数で押し切られてしまう事になる。


「そしたら、その動きを向こうに感づかれて、今回の事態になってもうたんですか?」


「いや、それは恐らく、単に新市場を潰そうとして手段が派手になっただけだと思う」


 『ゾロテ・キッツェ』の名をバラネシュティが出すと、三人の首長は何の事かとバラネシュティに尋ねた。

ロハティンに代わる新たな市場を作ろうとしていたとミオヴェニが説明すると、首長たちはかなり驚いた顔をした。


「なぜ新市場潰しが原因やって思うんです? 今までの話からすると閣下の政治工作が原因の可能性もあると思うんですけど」


「ドワーフとサファグンの族長もアバンハードで襲撃を受けたそうだ」


「えっ? その二人も亡くなってもうたんですか?」


「いや、護衛を多めに連れていて、なおかつ別の貴族と一緒に行動してたそうで、何とか撃退して事なきを得たそうだ」


 もしボヤルカ辺境伯の政治工作が原因だとしたら、普通に考えれば二人の族長は懐柔しておきたいと考えるものであろう。

それを亡き者にしようとするのは、そうする事でドワーフとサファグンを混乱させ、その間にキシュベール、サモティノ両地区を馴染みの辺境伯に押えさせる思惑だったのではないかとボヤルカ辺境伯は推察している。


「さすがに、ブラホダトネ公たちのやり口は常軌を逸している!」


 ロベアスカ首長は怒りをにじませ机に拳を押し当てた。

増長しすぎて人に命があることを忘れてしまっている。

バラネシュティもロベアスカ同様に怒りに震えている。



「ところで最初に戻るんですが、何でヴラドを?」


 バラネシュティがそう尋ねると、ボヤルカ辺境伯はだいぶ話があちこちに逸れてしまったと苦笑いした。


「ドワーフとサファグンをこちらに引き入れる交渉の決め手にするんだよ。ヴラドの特技は彼らも垂涎の技術だからな」


「……治水ですか」


 バラネシュティの呟きに、ボヤルカ辺境伯は大きく頷く。


「キシュベール地区もサモティノ地区も、水で苦労している場所は多いからな。さらに言えば、ペンタロフォ地区とルガフシーナ地区も、もっと自由に水を操れれば、財政赤字が解消できるようになるだろう」


 現在、ペンタロフォ地区もルガフシーナ地区も農作物の作付面積が非常に低く、多くは他都市からの輸入に頼っている。

その大きな原因は毒の沼地にある。

大陸東部は大陸西部に比べ土地が平らで、ベスメルチャ連峰から流れる水が溜まりやすい地形となっているのである。


「なるほど。それをもって、統治者としてどっちが適格か選ばせるいうわけですか」


「『邪道』と『王道』、どちらを選ぶかということになるだろう」


 ここまで聞いてバラネシュティは大きな不安感を抱いた。

その計画の一番の要にドラガンがいるように感じたからである。

それは裏を返せば、ドラガンが『奴ら』の一番の標的にされるということになる。


 さすがのドラガンもそれに気が付いたようで、かなり表情を強張らせている。


「当然そうなれば、ヴラドの身を守るために、ありとあらゆる事態を想定しておかねばならんだろうな」


 ボヤルカ辺境伯は優しい顔でドラガンの顔を見て微笑んだ。


「想定いうても、具体的に何か案はあるんですか?」


「いくつかあるよ。まずは影武者を用意する事だな。それと、危険になった時にはサモティノ地区にこっそり退避してもらおうと思っている」


 それはつまりはドラガンを手放せという事である。

バラネシュティだけじゃなく、三人の首長も納得がいかないという顔をしている。


「サモティノ地区でも危険は及ぶんやないですか?」


「ここと違い、あそこには海がある。だから海に逃げてもらう。どうにも逃げ場が無くなったら、最後は海府アルシュタに逃げ込んでもらう」


 ボヤルカ辺境伯の説明に、エルフの四人は黙りこんでしまった。

正直言えば反対、そう顔に書いてあるかのようだった。


「気持ちはわかるよ。君たちエルフにしてみれば、自分たちが見つけた宝を、取り上げられた挙句、別の人に預けようと言われているようなものだものな」


 ボヤルカ辺境伯の発言に、バラネシュティは不快という顔をした。


「我々が一番に危惧しとるんはヴラドの身の安全です。正直、それで身の安全がはかれるとは到底……」


 バラネシュティたちからしたら、ドラガンは便利な治水屋さんでは無い。

ましてや強力な政治のカードでも無い。

エルフの郷が保護した大切な住人なのだ。

そこに、ボヤルカ辺境伯たちとの意識の乖離を感じている。


「本音を言えば、私の養子にして四六時中護衛を付けてやりたい。だが、もし私の身に何かあった場合に家が割れてしまいかねないのだ。恐らくそれは世襲を旨としている貴族ならどの家でも同じだと思う」


「いくら温厚な嫡男のアンドリー様いうても、気が気やなくなり極端な行動にでるかもしれへんですもんね」


「それは無いと言いたいところだが、こればかりはな……」


 そうやって取り潰しになった家の例は世界的にも数多ある。

貴人として自分たちが扱う事ができない以上は政治的に守りようが無く、何かあったら逃げてもらうしかない。

逃げるのであれば、危険生物の多い森の中よりは、海に逃げてもらう方がより安全だろうというのがボヤルカ辺境伯の考えなのだ。



 ボヤルカ辺境伯は椅子を立つとドラガンの横に立った。

ドラガンの肩に手を置き、じっとドラガンの目を見る。


「ヴラド。君の才は全ての貴族が垂涎する才なのだ。それだけに君は、これから常人よりも危険に遭いやすくなるだろう。だから、己が身をどうやって守っていけば良いのか真剣に考えて欲しいのだ」


「ですがその……僕、武芸の方はさっぱりでして……」


 ドラガンはボヤルカ辺境伯から目を反らし、かなりバツの悪そうな顔をして後頭部を掻いている。


「ならば周りに人を置くことを考えなさい。最良なのは君の身を守れるような、武芸に秀でた女性を娶る事だ。そんな女性に心当たりは無いのか?」


「……あの、できればその……妻は優しい女性が良いのですが」


 ドラガンの冗談とも取れる発言に一気に場の雰囲気が緩んだ。

バラネシュティと三人の首長は一斉に声をあげて笑い出した。

ボヤルカ辺境伯も高笑いをしている。


「若いなあ。武芸に秀でていても優しい女性というのはいくらでもいるもんだぞ? むしろ、そういう女性ほど君のような男に庇護欲をかき立てるというものであるに」


「そんな事言われても……」


「まあいい。とにかく心を許せる仲間を一人でも多く集めなさい。それと、常に付き従ってくれて、相談に乗ってくれて、いざという時に君の盾になってくれる、そういう人物も見つけるんだ」

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