第22話 作戦計画
キンメリア大陸の中央にはベスメルチャ連峰という非常に高く険しい山脈がそびえ立っている。
王都アバンハードは大陸の南側、対してオスノヴァ侯爵領は山脈を挟んで北側。
西街道が封鎖されている現状、海路で向かう以外に手段がない。
しかも現在その海路も西回りは戦場を途中に挟んでおり大変危険である。
オスノヴァ侯にしてもドゥブノ辺境伯にしても自領に戻るためには海路大陸を半統計回りに半周しないといけない。
なので手を打つならなるべく早めに。
ザレシエはヴァーレンダー公にそう献策した。
「そなたも色々と目にしてきたと思うのだが、ドゥブノ辺境伯をこの大事に向かわせるのはちと危険では無いか?」
ヴァーレンダー公はそう指摘したのだが、ザレシエは問題ないと思うときっぱり言い切った。
少し前の状況ではそうだっただろうが、こういう状況になった以上は中立は謀反と同義だとドゥブノ辺境伯も気付いているはず。
ドゥブノ辺境伯は小人物であるからこそ余計にそういう事に敏感だと思うと。
本来であればスラブータ侯爵領にコロステン侯を向かわせた時に、同時にオスノヴァ侯だけでも向かわせるべきだったとザレシエが小声でちくりと呟くと、ヴァーレンダー公は悔しそうな顔をした。
いつも何でもお見通しという態度のヴァーレンダー公が、ザレシエの前ではやり込められるという状況に、ボヤルカ辺境伯は驚きを隠せなかった。
ヴァーレンダー公はザレシエの指摘通りにオスノヴァ侯とドゥブノ辺境伯を宰相執務室に呼び出し、ただちに自領に戻りマロリタ侯爵領を牽制せよと命じた。
二人は承知しましたと言って、すぐに執務室を退出。
マーリナ侯、ドラガン、ザレシエは食事を取って来ると言って退出した。
残されたボヤルカ辺境伯はヴァーレンダー公に、国の制度を根本的に改める必要があるかもしれないと言い出した。
「ああいうザレシエのような者が、こういう事がないと国政に携われないというのは、国家にとって大きな損失だと思いますね」
別にそこまで根本的に改める必要は無いとヴァーレンダー公は笑った。
「今は宰相にしても大臣にしても貴族が行っている。それを貴族の代理が行うようにすれば良いだけの事だ。代理を許可するというのであればそこまで大きな改正にはならんだろう」
なんなら議会の出席に参列者一名を許可するとしても良い。
活発な議論が起こるかもしれないし、負けじと領民の教育の底上げをという動きもでるかもしれない。
「いづれにしても、この難局を乗り越えた後の事だな。だが反対の声は大きいぞ。貴族たちの多くは自分たちが生まれながらの支配階級だと考えているだろうからな」
マーリナ侯たちが戻ると、ヴァーレンダー公たちが交代で昼食に向かった。
ザレシエとドラガンは戦況の地図を見ながら駒の置かれた位置を見て、ああでも無いこうでも無いと言い合っている。
それをマーリナ侯が楽しそうに聞いている。
「最終的にこのままいけば最終決戦地はロハティンになると思うんだけど、ザレシエはどう思う?」
現在の激戦地はスラブータ侯爵領である。
それがどちらの勝利で終わるかにもよるが、このまま順調に行けば、奴らはどこかで籠城という事になるだろう。
『どこか』
それはドラガンが言う通り、間違いなく西府ロハティンになるだろう。
「住民を追い出して徹底抗戦するやもしれませんね。あるいは住民を盾に脅してくるか。奴らやったらそれくらいはしてくるでしょうね。対応次第では住民の間に大きな不審の種が残る事になるかも」
ザレシエの言葉にドラガンは何か引っかかるものを感じていた。
根本的な『何か』を忘れているような。
その『何か』が何なのかを考え、大切な事に気が付いた。
「ねえザレシエ。ロハティンの『奴ら』って結局誰なんだろう? 総督は逃げてきちゃったし、竜産協会の支部長スコーディルと奴隷商のヤニフは以前のアレで亡くなったんだよね。じゃあ今あそこって誰が仕切ってるんだろ?」
ドラガンの疑問はザレシエを悩ませた。
ザレシエはただ漠然と『ロハティンの奴ら』として認識している。
その中の誰という事に関しては、これまでも考えないではなかった。
だがロハティンの人事を把握していない以上、考えても詮無い事という事で済ませていたのだ。
考えてみれば一番疑わしかったのは竜産協会の支部長スコーディルであった。
だが、もうスコーディルはいない。
にもかかわらず奴らは歩調を
二人の会話を聞き、二人が言い合う人物像をマーリナ侯は何となくだが思い描いた。
「恐らくだが、ブラホダトネ公の妻ヤナと家宰のヴィヴシアなのではないか? ヤナはマロリタ侯の娘であるし、ヴィヴシアは食堂街組合からの推薦と聞くからな」
食堂街組合は高利貸しと組んで女性を奴隷に落としていたという話もあった。
関係各所に情報を流しその道筋をつけていたのがヴィヴシアであったとすれば何かと筋が通るであろう。
公安と軍は要職にある者が金で篭絡されているのだとすれば、金を豊富に蓄える者という事になる。
つまりは高利貸しと食堂街組合という事になり、そこでもヴィヴシアに繋がりが出てくる。
マーリナ侯の推察は実に説得力があった。
恐らくそれで間違いないだろうと、ザレシエは素直に納得した。
だが、ドラガンはまだ何か考え込んでいるようであった。
「だとすればですよ、そのヴィヴシアという者を先に消してしまえば、ロハティンを無効化できたりしないのでしょうか?」
消す、つまり暗殺である。
それでは彼らとやっている事はあまり変わらないと以前のマーリナ侯なら激怒しただろう。
だが今のマーリナ侯は、彼らの為に晩節を汚すという決意をしている。
「汚い膿を切って流すだけで病巣が良くなるのであれば、それが最良かもしれんな」
正規軍同士の激突、しかも市街戦。
まともにやればどうあっても尋常ではない被害が出る。
そうなればもし外部から侵攻を受けるような事があった時に、まともに対峙できなくなる可能性すら出る。
それを考えれば要人暗殺はかなり有効的な手段であるように感じる。
むしろ犠牲から考えれば正攻法ともいえるかもしれない。
そもそもロハティンでの要人暗殺は元々ザレシエたちの予定にある行為である。
アバンハードが終わればその後はロハティンに行き、混乱に乗じて要人を暗殺しまくるつもりであった。
そのリストのトップはアリサさんから多くを奪った食堂街組合の組合長ボフダン・カルポフカ。
もちろん高利貸しのヴィクトル・チェレピンも一覧に入っている。
当然、ジャームベック村で狼藉を働いたブロドゥイ警部補も。
そのリストの中にヴィヴシアを入れればいいだけの話である。
「もう一件の仕事が終わったら私とポーレさん、アテニツァは先行でロハティンに向う事とします」
ザレシエは伏し目がちに二人に言った。
「いや、そちらは少し待とう。先ほどの件、後でヴァーレンダー公に進言してみよう。恐らくヴァーレンダー公も乗って来るだろう。それよりも最後の一件、上手く処理しなさい」
ザレシエはマーリナ侯に無言で頷いた。
そこから暫くしてヴァーレンダー公たちが昼食から戻って来た。
マーリナ侯たちの案を聞いたヴァーレンダー公は、是とも否とも言わず、無言で目を閉じた。
「悪く無い。いや、市民や軍の犠牲を考えれば良策だろう。問題は二点。誰を向かわせるか、それとどうやってロハティンに潜り込むかだな」
誰という点はひとまず置いておくとして、問題はどうやってという点である。
現状でアバンハードからロハティンに向かうルートは陸海空全て寸断されている。
当然のようにロハティンに入ろうという者も怪しまれるだろう。
そんな中でどうやって暗殺団を差し向けるか。
「『魔界の門』から戻り次第、夜中に一隊をベルベシュティ地区に送り込むしかないでしょうね。そこから冒険者のふりしてロハティンに潜り込ませるしか」
ヴァーレンダー公もザレシエの案に賛同であった。
というか、それしか方法は無いかもしれない。
「そちらはそちらでしっかりと作戦を練った方が良いであろうな」
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