第21話 旗色

 ナザウィジフ辺境伯が旗色を変えた事を、ベレストック辺境伯はもしかしたら知っているかもしれない。

だがオラーネ侯たちの要請を断りきれなかったか、あるいはそれ以外に我々の知らない何かがあるか。


「ザレシエ、そなたならこの後どうする?」


 マーリナ侯はあえてかなりざっくりとした聞き方をした。

こういう者にものを聞く時には、あまり何かと範囲を狭めない方が良い意見を引き出せると、長年の経験で知っているからである。


「私やったら、まずそのナザウィジフ辺境伯いう人を呼び出しますね。それでベレストック辺境伯を攻めるか、改易を受け入れるか選べ言います」


 なるほどと真っ先にドラガンが納得した。


「ベレストック辺境伯を攻撃できなければナザウィジフ辺境伯も同罪だって事になるんだ」


 ザレシエはドラガンに向けてそういう事だと微笑んだ。


「もし即答で今すぐにでも出立するいうのであれば、引き止めて、何かしら奴らの事で知っている事が無いか聞いたら良いでしょう。そういう状況であれば何かしら聞いているかも」


 今我々は敵の内情を何一つ知らない。

こちらの事は大半はわかっているが、まだ不確定の要素が残っている。

これでは勝機は半分も無い。


 まずは疑わしい者を戦場に送り込み旗色を見る。

それと同時に敵の事情を探って行かないといけない。

彼らは何を最終の目的として反旗を翻したのか。

そもそもそこがわからないと目先の事象にただ対処するだけになってしまい、最終的に向こうの目的を遂げさせる事になってしまいかねない。


 なるほどその通りだとヴァーレンダー公とマーリナ侯、ドラガンは大きく頷いた。

ボヤルカ辺境伯は舌を巻いていた。




 すぐにナザウィジフ辺境伯が呼び出される事になった。

出陣か改易か。

そんな物騒な二者択一を迫られ、ナザウィジフ辺境伯は即答で出陣を選んだ。


「私は元々、彼らに同調などしていません。にも拘わらず彼らからは同志のように接せられ、殿下たちからは謀反人扱いをされ困惑しているのです」


 その顔は明らかに本気という顔であった。


「この一大事に中立や風見鶏の態度でいたら、信用されぬのもやむを得ないだろうに」


 ボヤルカ辺境伯の呟きに、ナザウィジフ辺境伯はきっと睨みつけた。


「先ほども言ったが私は中立ではない! 以前キドリーというマーリナ侯の執事に、しっかりとそちらの陣営だと宣言したはずだ。それを証明する手立てがこれまで無かっただけの事だ!」


 ヴァーレンダー公はボヤルカ辺境伯の方を窘めた。

ボヤルカ辺境伯は申し訳なかったと謝罪したが、渋々という態度であった。

それがナザウィジフ辺境伯には気に入らなかったらしい。

この戦でその事をしかと承明してきてやると鼻息を荒くした。


「先ほど貴公は奴らから同志のように接せられていると言っていたな。どんな事でも良いのだが、奴らの内情を聞いていないかな?」


 ヴァーレンダー公の問いかけにナザウィジフ辺境伯は考え込んだ。

突然そんな事を言われても、実は指令が一方的に来ていただけなのである。

その相手はマロリタ侯かオラーネ侯。

強いて言えば、ブラホダトネ公は巻き込まれていただけという事を知っている程度。

だがそのブラホダトネ公がアルシュタに逃亡した以上、その情報はもう周知の話である。


「推測の段階で良ければもう一つだけ話せる事があります」


 ナザウィジフ辺境伯が推測した事というのは彼らの目的であった。


 どうやらマロリタ侯とオラーネ侯には何か目的があるらしい。

その為にレオニード王まで巻き込んで今回の事を進めていた。

ナザウィジフ辺境伯の元に届けられる指令にも『大願成就が成った暁には厚遇を約束する』と度々書いてあったのだ。

なお、ナザウィジフ辺境伯への指令というのは議会での賛同や助力であった。

恐らくゼレムリャ侯とソロク侯も同じような感じではないかと思われる。


 これまでの彼らの話を元に家宰シポーラとは何度も会議を重ねて来た。

そして、もしかしてこういう事じゃないだろうかという結論に行きついた。


「彼らはこの国に等級制度を導入しようとしてるんじゃないかとうちの家宰は言っていました」


 恐らくは王を頂点とし、貴族、人間、その下にグレムリンを置き、さらにその下に五種の亜人を置く。

そういった明確な等級制度を敷こうとしているのではないか。


「そんな事してグレムリン以外に誰に何の得があるというのだ? グレムリンにしたって単に五種の亜人の反感を買うだけに思えるのだが?」


 ヴァーレンダー公の疑問はもっともだった。

マーリナ侯もボヤルカ辺境伯も不思議そうな顔をしている。

だが、ドラガンは眉をひそめていた。

 

「それってもしかして、今の五種の地域を正式にグレムリンの居住区とするということですか? 辺境伯じゃなくグレムリンが支配する地域になるという事ですか?」


 ドラガンの指摘に、ザレシエがなるほどと少し大きな声をあげた。


「五種の地域は、この大陸でも資源の豊富な土地や。そこを押さえたらキマリア王国よりもグレムリンが精強になれるいうことや。だけどもグレムリンの支配では人間たちが納得せえへん。そやから暫定的な支配者としてマロリタ侯とオラーネ侯に領主になってもらおういう事なんや」


 ザレシエの推測に、その場の全員は息を飲んだ。

マロリタ侯とオラーネ侯には後々独立してもらい王国は三つに分裂。

そうなれば最も弱いのは資源の乏しいキマリア王国となり簡単に潰されてしまうだろう。

最終的には二つの国も解体しこの大陸は晴れてグレムリンが支配する大陸となる。



「先王レオニードが言っていたな、近くグレムリンの大侵攻があると。だがその前に何とか国内の不穏分子を潰してしまえば、計画そのものを頓挫させる事ができるやもしれんな」


 ヴァーレンダー公の言葉に全員は首を縦にした。



「ではその悪しき野望を砕くため、私はベレストック辺境伯の屋敷を落としに行ってまいります!」


 ドワーフのティザセルメリ族長への協力依頼の書状を受け取ったナザウィジフ辺境伯は、一礼して宰相執務室を出て行った。

ザレシエも自分も失礼しますと言って退室しようとしたのだが、ヴァーレンダー公の許可が出なかった。


「そなたはここに残ってカーリクと一緒に私の補佐をしてくれ。というか、そなたが来てると知っておったらもっと早くに呼んでおったわ」


 そうしたらもっと最初から優位に事を進められただろうに。

ヴァーレンダー公はザレシエに悪態を付いた。

そんな事を言われてもと、ザレシエはマーリナ侯とドラガンを見て苦笑いした。


「とにかく! この一連の対処が終わるまで、そなたはカーリクと共に家宰待遇だ。報告は全てそなたも聞け。そして思うところがあったら遠慮なく言ってくれ。頼んだぞ!」


 若干機嫌の悪いヴァーレンダー公に、ザレシエは苦笑いし、承知しましたと礼をした。


「そしたらさっそく一点。このままやとスラブータ侯爵領を北からマロリタ侯爵軍が攻めてまうと思います。ドゥブノ辺境伯とオスノヴァ侯にマロリタ侯爵領を牽制させとくべきやと思います」

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