第20話 夜襲

 夜が明けた。


 ヴァーレンダー公は急報があるかもしないと思い、どうやら一睡もできなかったらしい。

ボヤルカ辺境伯も同様であった。

二人は宰相執務室に泊まり込んでいる。

マーリナ侯とドラガンは、無理にでも寝ておかないと体力勝負でも知恵比べでも負けてしまうと考え、屋敷に帰って体を休めた。



 早朝、一騎の竜騎兵が遠征から戻って来た。

ヴァーレンダー公とボヤルカ辺境伯は疲労で寝てしまっており、マーリナ侯とドラガンが代わって報告を受けた。



 竜騎兵の話によると、予想していた通り、空軍が到着した時、ユローヴェ辺境伯たちは散々にやられて防戦一方だったらしい。

上空にはグレムリンの騎乗した飛竜が雲霞の如く飛び交っており、陣地のあちこちに火を付け、上空でユローヴェ辺境伯たちを包囲しているような状況であった。


 ただ火を付けたのはグレムリンにとって大失態だっただろう。

実はホルビン辺境伯たちは、この漆黒の闇夜で、この広い森の中からどうやってユローヴェ辺境伯たちを見つけたものかと悩んでいたのだ。


 そもそもヴァーレンダー公が指示した『魔界の門』なる場所を二人の辺境伯は知らないのだ。

大雑把にアバンハードの北西付近のベスメルチャ連峰の山の中という事しか知らされていない。

ブルシュティン辺境伯はとりあえずその方向に飛んでみたら良いというのだが、今まさに戦闘が行われているかもしれない場所に行くのだ、そんな曖昧な指示ができるわけがない。


 そこでホルビン辺境伯は、夜間索敵も兼ねると指示し、できるだけ上空高く行軍し戦の気配を感じたらすぐに上官に報告するようにと指示を出した。

そこからかなりの高度を維持しつつ下方を索敵しながらベスメルチャ連峰へと向かって飛んだ。


 飛び立って暫くした時である。

突然ある一角が明るく光った。

方角も最初の指示と合っている。

こんな時刻にこんな山奥で急に光を発するような事があるわけがない。

報告を受けたホルビン辺境伯は、光る地点に向け急降下を命じたのだった。


 ユローヴェ辺境伯たちは、さらなる敵の増援が現れたと絶望したらしい。

武器を捨て降参の意志を取っている兵が随所に出ていた。

だがそんな兵たちの耳にブルシュティン辺境伯の一喝が聞こえてきたのだった。


「おい! 小汚い猿鬼ゴブリンもどき! この私に少しでも敵うと思うやつは武器を向けてみろ! 串刺しにしてくれん!」


 そこからブルシュティン辺境伯は先陣を切って、グレムリン竜騎兵に突っ込んで行った。

それに触発されるように麾下のアルシュタ空軍がブルシュティン辺境伯に従って次々にグレムリン竜騎兵に突っ込んで行った。

グレムリンたちは長槍で突かれ、ぼたぼたと地面に墜落していった。

それをユローヴェ辺境伯たちが止めを刺していった。


 ホルビン辺境伯は、そんなブルシュティン辺境伯たちを横目に、実に冷静にグレムリンたちの退路に布陣。

逃げようとするグレムリンたちを一匹一匹逃さないように叩き落としていった。


 上空にいると危険と判断したようでグレムリンたちは徐々に地上近くに降りてきた。

だが、そこはアルシュタ陸軍の攻撃範囲である。

グレムリンたちは背後から地上の兵に斬り殺されることになった。


 上と下らから挟み撃ちにされ、グレムリンたちはどんどん数を減らしていった。

さらに逃げようとしても退路には別の空軍が布陣し逃げるに逃げられない。


 そしてついに最後のグレムリンがブルシュティン辺境伯の槍の錆びになった。



 だが、ユローヴェ辺境伯たちの目的は夜襲の迎撃ではない。

『魔界の門』にいるとされるグレムリンたちの殲滅である。

上空を漂っていた飛竜たちはブルシュティン辺境伯の麾下の竜騎兵たちが全て捕獲。

引き綱を付けて一旦アルシュタへと帰還した。


 残ったブルシュティン辺境伯の兵とホルビン辺境伯の兵、そしてユローヴェ辺境伯たちは一旦休憩を取って、明るいうちに『魔界の門』へと乗り込む事にした。

とりあえずは一報という事で、先行で一人竜騎兵を報告に向かわせたのだった。



 危ないところであったとマーリナ侯は報告を聞いて胸を撫で下ろした。




 昼食を取りながらヴァーレンダー公、ボヤルカ辺境伯と歓談をしていた時であった。

宰相執務室に急報がもたらされた。


 最初急報だと聞いた時、ヴァーレンダー公は『魔界の門』の成果報告だろうと思っていた。

夜襲でのグレムリンの死者数から、恐らく『魔界の門』にはそこまでの抵抗力は無く、討伐が成功に終わったのだろうと。

だがそのヴァーレンダー公の予想は大きく外れていた。


 急報だと駆けつけてきたのはセイレーンであった。

そのセイレーンはアバンハードとスラブータ侯爵領を定期的に行き来し報告をしているセイレーンで、スラブータ侯からの急報であった。


 現在スラブータ侯爵領は戦場となっている。

攻めて来た相手はオラーネ侯爵軍とベレストック辺境伯軍。


 セイレーンの報告は事前に予想していた事ではあったが、改めてヴァーレンダー公たちを凍り付かせた。

複数の諸侯が謀反などという事は、キマリア王国の長い歴史でも早々ある事ではない。

少なくともタウリカ朝が始まってからは初の出来事であろう。


 セイレーンの報告によると現在は侯爵領南方でコロステン侯爵軍が一軍で迎撃をしている状況で、味方は数で劣っており戦況は極めて不利。

増援を出したいとこではあるのだが、如何せん北方のロハティン軍への睨みもあり、容易には増援を送れない状況である。

このままでは戦線が押されてしまうのは時間の問題と思われる。

至急対策を。



 一旦セイレーンを下がらせ、ヴァーレンダー公たちはキンメリア大陸の地図を眺めた。


「増援か。気楽に言ってくれるものだな。海路が繋がっていない以上、そう簡単に増援など出せるわけがないというに……」


 すると地図を見ていたドラガンが、少なくとも時間を稼ぐだけなら簡単だと言い出した。


「今、都合の良い事に竜騎兵の一部が戻ってきています。その竜騎兵に護衛させナザウィジフ辺境伯を領土に戻し、ドワーフ隊と共にベレストック辺境伯の屋敷を攻めさせてはいかがでしょうか?」


 なるほど、確かにドラガンの言う通り、そうなればベレストック辺境伯軍は領地に戻らねばならないだろう。

だがその程度の事、オラーネ侯たちもわかりきっているであろう。

にも関わらずベレストック辺境伯は領地を出てスラブータ侯爵領を攻めた。

何かがあるはずだ。


「ナザウィジフ辺境伯が表明上でしかこちらに従っていないか、あるいは、逆にこちらになびいた事を奴らが知らないかだろうな」


 ヴァーレンダー公はそう言うのだが、マーリナ侯もボヤルカ辺境伯も答えを出せずにいた。

ドラガンはヴァーレンダー公にもう一人呼びたい者がいると申し出た。

ヴァーレンダー公もその人物が誰かすぐにわかり、すぐに呼んでくれとお願いした。



 ヴァーレンダー公の執事に呼びに来られ、ザレシエは大慌てで宰相執務室にやってきた。

ボヤルカ辺境伯はザレシエとは面識が無く、なぜここにエルフが来たのかと不思議に思っていた。

一方のザレシエは当然隣の領主としてボヤルカ辺境伯を知ってはいるが、何でここにと思っていた。


 ヴァーレンダー公が彼が以前教えてやったドラガンの補佐役だとザレシエを紹介。

確かに以前ヴァーレンダー公からの文にそんな人物の事が書かれていたのをボヤルカ辺境伯は思い出した。

そうかこの人物がとボヤルカ辺境伯は小さく頷いた。


 状況を説明されたザレシエは静かに目を閉じじっと考え込んだ。

そして、自分たちしか知らない情報が奴らには欠けているという推測に行きついた。


「そうか……港湾装置の件でナザウィジフ辺境伯の方から旗色を変えたい言うてきた事を、おそらく奴らは知らんのですわ」

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