第19話 増援

「大至急増援を出すように言うた方が良えかもしれませんね」


 夕食の席でグレムリン追討の詳細を聞いたザレシエがマーリナ侯に進言した。


「どういう事だね? 正規軍であるアバンハード軍の一隊を派遣したのだぞ? それでは足らぬと申すのか?」


 マーリナ侯は驚いて食事の手を止めた。

そんなマーリナ侯の顔を隣で不器用に食事をしていたエレオノラが不安そうな目で見つめた。

それに気付いたマーリナ侯は、いつもの好々爺の顔をしてエレオノラの頭を撫でた。


「少し前の報告で、ホドヴァティ村の竜が全てどこかに持ち去られてるいう話がありましたよね? 閣下はそれがどこに届けられたと考えてるんです?」


 ホドヴァティ村の竜はその多くが飛竜で、基本的にはアバンハード軍に納入されている。

ただアバンハード軍に納入される前に『品評会』という体で競竜場に一度納品される。

そこで調教師が調教を施し、レースに出走させ、引退した竜を軍に納品している。


 だが、その飛竜が全てどこかに持ち去られてしまったのだ。

宰相の執務室内ではホストメル侯爵領かオラーネ侯爵領の元に届けられ、空軍を組織しているのだと推測されている。


「恐らくですけど、あのグレムリンの大集落に運ばれたんやないかと私は思うてるんです」


 ザレシエはそう言うのだが、それに対しドラガンもポーレも首を傾げた。


「でもだよザレシエ、グレムリンは有翼の種族だよ? 別に自身で空が飛べるのにわざわざ飛竜を扱う意味ってあるのかな?」


 ドラガンの指摘にザレシエはまさにそこだと指摘した。


「人間は空を飛べない。つまり剣が届かない上空はグレムリンの活動範囲なんですわ。そこから一方的に奴らは攻撃してくるでしょう。そんな彼らにとって厄介なんは何やと思います?」


 ザレシエの説明にポーレははっとした。


「そうか! 空軍が来る事が奴らにとっては最大の懸念事項なんだ! アルシュタ軍といったら精鋭は空軍だものな」


 ザレシエはこくりと頷いた。

彼らは知っている。

人間たちは習性として討伐如きに精鋭の空軍は出しては来ないという事を。

そうなれば最大の懸念点は弓攻撃という事になり、盾を駆使する事で圧倒的に優位に事を運ぶ事ができる。


「そして、敗れ去ったアバンハード軍を帰り道でホストメル侯爵軍が迎撃する」


 ザレシエの想像する最悪の結末に、マーリナ侯だけでなくドラガンもポーレも思わず息を呑んだ。



「まずいな……恐らく今頃は戦闘前の休憩をしている頃だろう。深夜くらいから戦闘が始まってしまうぞ」


 グレムリンが夜行性という事はユローヴェ辺境伯もよくわかっているはずである。

ユローヴェ辺境伯はそれなりに用兵経験があるから、それを考慮しまだ陽の高いうちに野営をし、夕方くらいから迎撃準備を始めていたことであろう。

恐らくは相手も投槍や弓による射撃が主攻撃だろうから、こちらも盾の準備を万端整えているだろう。


「空からの飛竜の攻撃か……それはユローヴェ辺境伯も想定していないであろうな」


 大昔とは異なり今の飛竜は火を吐かない。

だがその厚い皮膚と硬い鱗は健在であり、ちょっとやそっとの矢では効き目がない。

その為、アバンハードの空軍でも非常に長い長槍を竜騎士は得物としているのである。


「カーリク、食事が済んだらヴァーレンダー公の元へ行くぞ! 時間が時間だ、アテニツァ君護衛をよろしくな」


 マーリナ侯の命にドラガンとアテニツァはこくりと頷いた。




 突然呼び出され、ヴァーレンダー公は寝間着にガウンを羽織ってマーリナ侯たちを応対した。

急用だという事はわかるのだが、休んでいる所を引っ張り出されて正直不快という顔であった。

だがドラガンからザレシエの懸念を聞くと、椅子からがたりと立ち上がった。


「すぐに空軍を差し向けねば! 大将は……大将か、誰が相応しいかなあ」


 空軍はかなり特殊な軍であり、それを指揮できる者は限られている。

貴族で指揮できるのは恐らく四名だけ。

ソロク侯、ゼレムリャ侯、それとペンタロフォ地区の二人の辺境伯。


「ここはホルビン辺境伯とブルシュティン辺境伯に急行してもらうのがよろしいかと。重要な空軍です。少しでも奴らと繋がりがありそうな者には委ねない方が良いと考えますが」


 マーリナ侯の指摘にヴァーレンダー公も同意した。


 ヴァーレンダー公は執事に緊急事態と言って、ホルビン辺境伯、ブルシュティン辺境伯、ボヤルカ辺境伯を呼び出すように命じた。




 暫くして三人の貴族が宰相執務室に現れた。

最初にボヤルカ辺境伯、次いでブルシュティン辺境伯、少し遅れてホルビン辺境伯が現れた。


 ブルシュティン辺境伯は非常に若くヴァーレンダー公よりも年齢は下である。

背が高くその体は引き締まっていて、顔も精悍そのもの。

紫紺色の髪を短く刈っており、かなりやんちゃそうな印象を受ける。

武芸に秀でており、諸侯の中でも武芸にかけては並ぶ者無しだと自負している。


 ただ最近、ヴァーレンダー公に押し付けられた護衛のトロルと腕合わせをして子供扱いを受けたようで、毎日のように護衛のトロルと腕合わせををしているのだそうだ。


 対してホルビン辺境伯は壮年の人物。

武芸者というよりは内政官といった風の落ち着きのある人物である。

ブルシュティン辺境伯がぼさぼさの髪で服もどこか着崩した感じで現れたのに対し、ホルビン辺境伯はびっしりと灰桜色の髪を整え、服装もきっちりと謁見のように整えて現れた。


 まずドラガンからグレムリン討伐に向かったユローヴェ辺境伯たちの軍が危険かもしれないという話を聞かされた。

最初は三人とも、たかだかグレムリン討伐で何をという顔をしていた。

だが想定される戦況の説明をされると顔色が変わった。


「すでに空軍には出陣の命を下してある。後は貴殿たちが行って指揮を執るだけになっているはずだ」


 ヴァーレンダー公からの命にブルシュティン辺境伯は拳を胸の前で合わせ腕が鳴ると張り切った。

そんなブルシュティン辺境伯を横目にボヤルカ辺境伯はヴァーレンダー公に大将はどちらにと尋ねた。

するとブルシュティン辺境伯はヴァーレンダー公の返答を待たずに、ホルビン辺境伯が大将に決まっていると笑い出した。


「私は戦場で暴れたい! 大将なんて面倒な役を押し付けられたら思うように暴れられないではないか!」


 ブルシュティン辺境伯の発言をヴァーレンダー公は鼻で笑い、そう言う事だそうだとホルビン辺境伯に笑いかけた。

ホルビン辺境伯は苦々しいという顔をしながらも承知しましたと礼を取った。


「早く行こう! ユローヴェ辺境伯たちが私たちの到着を待っている!」


 ブルシュティン辺境伯は、そう言ってろくに礼もせずに宰相執務室を出て行った。


「かの者の父君は尊敬に値する良い領主であったのだがなあ、何故あの御仁の子があんな猪武者になってしまったのやら」


 ホルビン辺境伯のぼやきにヴァーレンダー公は大笑いした。

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