第18話 治安維持

 翌日、アバンハード軍がグレムリン討伐に出発した。

その少し後の事であった。


 アバンハードの東のソロク川の支流チェルヴォナ川の河原でまたもや複数の遺体が見つかった。

見つかったのは前回の天誅騒動よりもかなり上流の地点である。


 この時期、チェルヴォナ川は鮎釣りで賑わっている。

朝早くから夕方頃まで、チェルヴォナ川の河原は鮎釣りを楽しむ市民がそこかしこにいる。


 ところがその日、どうにも鮎の釣果が悪かった。

もしかしたら鮎が上流に行ってしまったのかもと釣り人たちは考えたらしい。

上流に上流にと向かった釣り人たちは、不幸にも河原に倒れている五体の遺体を発見してしまったのだった。


 驚いた釣り人たちはアバンハードに戻り警察隊に報告した。


 警察隊は現場に駆けつけると、すぐにある物に気が付いた。

遺体の一つ、グレムリンの遺体に深々と突き刺さっていた太い枝、それに刻まれた文字である。


『天誅』


 その時点でこの遺体が恐らくは先日駆け込んできたディブローヴァの身内であろう事が察せられた。

警察隊は拘置所に拘束されているディブローヴァを呼びに行った。



 ディブローヴァが来るまでの間、他の警察隊員は河原に布を敷き遺体をその上に寝かせた。


 遺体の一人は若い女性で首を掻き切られて川に顔を浸けられていた。

血は綺麗に川に流れており、周辺に飛び散った形跡がない。

顔は苦しんだ顔のまま固まっている。

恐らくは、川に顔を浸されそのまま川の中で首を切ったのであろう。


 隣に沈められていた男性の遺体は恐らくはその女性の夫であろう。

女性と同じ指輪を指にはめている。


 三体目の遺体は一体目よりも若い女性の遺体。

十代前半くらいだろうか。

見た感じでは一体目の遺体の妹であるように見える。

顔の感じがよく似ている。


 四体目と五体目はグレムリンである。

おそらくどちらも溺死。

口に猿轡が巻かれていて口が閉じられないようになっている。

その上で顔を上流に向けられたっぷりと水を飲まされたらしい。


 最後に『天誅』と書かれた枝を脇腹に刺されている。



「ああ……ああ……」


 遺体を見たディブローヴァは目を見開いた状態で壊れたように声を発し、ゆっくりと首を横に振った。


「この遺体はディブローヴァさん、あなたのお知り合いの方ですか?」


 警察隊が何度も大声で尋ねるのだが、ディブローヴァは何の反応も示さなかった。

すでにディブローヴァは竜産協会から解雇されており囚人の身分である。

警察隊も容赦が無かった。


 警察隊の隊員はこれでは埒が明かないと、ディブローヴァに川の水を浴びせかけた。


「さっさと言え! この遺体はお前の知り合いかと何度も聞いているだろうが!」


 そこからディブローヴァは壊れたように泣き崩れた。

警察隊の隊員はもう一度川の水をかけようとしたのだが別の隊員が制した。

話にならないと感じた警察隊はディブローヴァを連行して行った。


 代わりにディブローヴァの屋敷の使用人が連れてこられた。 

使用人は三体の遺体を見ると、おいたわしやと呟いた。


「あの女性は長女のインガ様です。旦那様がかなり歳がいってからできた娘で、それはもう大変に可愛がっておられました。先日懐妊がわかったばかりでした」


 隣の男性はインガの夫。

総務部の若き課長で竜皮製品を扱う商家の息子。


 三人目はディブローヴァが目の中に入れても痛くないほど溺愛していた下の娘オリガ。


「そこのグレムリンについても話してもらおうか。知っているのだろう? 別に知っていたとてそなたの罪は問わぬゆえ安心して話すが良い」


 警察隊は使用人を問い詰めた。

知らない、最初使用人はそう言って首を振った。

だが警察隊はならば詰所でじっくりと聞き出すだけだと脅迫した。


「片方は知りませんが杭を刺されている方は『リルグ』という名で、旦那様が懇意にしていたグレムリンです。先日も夜中に呼び出して娘を探し出して欲しいと……」




 警察隊の隊長シャラシは、前回のコノトプの一件と一緒にまとめてディブローヴァの件も報告を受けた。

連続殺人事件として何としてでも犯人を挙げようと思うと報告に来た警察は述べた。

だがシャラシは返事をしなかった。


 ディブローヴァにしてもコノトプにしても、これまで何かというと自分を呼びつけ、頭ごなしに苦情を言ってきた人物である。

それも貴族なら我慢もしよう。

だが、たかだか竜産協会の幹部である。

初回は何様だと文句を言った。

だがすぐに貴族が乗り込んで来て警察隊の規律がなっていないらしいと叱責を受ける事になった。


 はっきり言って自業自得だとシャラシは感じている。


「容疑者はどのような人物だと考えているのだね?」


 シャラシは極めて冷静に目の前の警察に尋ねた。


「どちらも竜産協会の幹部の身内です。当然竜産協会に恨みを持つ人物だと考えられます」


 シャラシは鼻で笑った。

一体、そんな人物がこの大陸にどれだけいると思っているのか。


「一つ聞く。もしもだ、この国の半数を超える人物に殺意を持たれた人物が殺害されたとしてだ、その犯人を血眼になって探し出す事は果たして治安維持と言えるのだろうか?」


 我々の仕事は治安維持である。

犯人捜索はあくまで治安維持の一環だ。

犯人捜索が治安維持に直結しないとなった場合、犯人捜索をするべきなのだろうか?


「……詮無い事を言った。引き続き職務に励んでくれたまえ」

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