第17話 討伐隊
ボヤルカ辺境伯は警察隊に早急にペレピス事務長を拘束するように命じ、急いでヴァーレンダー公のいる宰相執務室へ向かった。
マーリナ侯、ドラガンを呼び出し、先ほどまでの警察隊での出来事を報告した。
「ペレピスを拘束したのであれば、もしかしたらそのグレムリンの拠点を潰せるかもしれないな。討伐にはアバンハード軍を向かわせるとして、指揮官は誰が良いかな?」
ヴァーレンダー公の問いかけに、ボヤルカ辺境伯が自分がある程度場所がわかるから指揮を執ると言い出した。
だがヴァーレンダー公は、マーリナ侯とボヤルカ辺境伯、ドラガンの三人はできる事ならそばに置いておきたいと思っており難色を示した。
「であればリュタリー辺境伯はいかがでしょう? かの者もベルベシュティ地区の領主です。場所はわかると思います」
当然案内係は必要だ。
ボヤルカ辺境伯の推薦は理解できる。
だがリュタリー辺境伯では実戦の経験が乏しい。
相手はグレムリンである。
乱戦になることが予想されるし、突発の事象への対処が求められる事態が起きるかもしれない。
「ではユローヴェ辺境伯はいかがでしょう? もしかするとその次があるやもしれませんから、ここでさらに経験を積ませるのは悪く無いかもしれません」
マーリナ侯の推挙にヴァーレンダー公は、なるほどかの者であればと納得した。
ヴァーレンダー公は、さっそく二人を呼び出し作戦の内容を伝えた。
「大将はユローヴェ辺境伯、副将はリュタリー辺境伯。可及的速やかに討伐に向かえ! 今さら言うまでもないがグレムリンは今やこの国の安全を脅かす驚異である。
二人の辺境伯は承知しましたと返事をして宰相執務室を退出した。
退出して早々にリュタリー辺境伯は特大のため息をついた。
「本気であそこに行くのでしょうか。正直、気乗りしませんね……」
ユローヴェ辺境伯はこれは任務だとリュタリー辺境伯の背を叩いて笑った。
「私はベルベシュティ地区の生まれですからね。あの地の事は小さい頃からよく聞かされていましたからね。我がままを言うと『ばあや』が必ず言うのですよ。『魔界の門』から悪魔が来ますよって」
引き連れるのがアバンハードの軍で良かった。
これがベルベシュティ地区の兵なら、全員逃げ出していますとリュタリー辺境伯は表情を曇らせて首を横に振った。
「幼い頃大人が子供によく言うやつだな。サモティノ地区では深い海の底から『スキュレ』という無数の腕を持つ巨大な海蛇が来ると脅されるのだ」
懐かしい話だとユローヴェ辺境伯は笑い出した。
「それを聞いたら夜の海に潜ろうとは思わないでしょ? それと同じで私たちもあそこには立ち入りたくないのですよ」
小馬鹿にされたように感じリュタリー辺境伯は少し拗ねたような顔をした。
なるほどそういう事かとユローヴェ辺境伯も少し納得した。
これから二人の辺境伯が向かう地は、古い文献では『竜のねぐら』と呼ばれていた地である。
四方を高い崖に囲まれ上空からしか入る事ができない。
かつてその場所には
その頃、大陸にはエルフ、ドワーフ、トロルしか住んでおらず、竜と亜人は互いに干渉し合わずに平穏に暮らしていた。
サファグンが来ても、セイレーンが来ても、その関係は変わらなかった。
だが人間が来た事でその関係は変わってしまった。
人間たちは傍若無人に振舞い亜人たちを追い払うかのような態度であった。
その態度をそのまま大陸の守護者ともいうべき二匹の竜にも向けた。
大陸にはその番いの竜の子供が三匹住んでいた。
現在のアバンハード、ロハティン、アルシュタがその三か所である。
今でこそ大都市であるが、その頃は森林地帯であったのだ。
人間たちはその三頭の竜を数を頼みに討伐してしまったのだった。
怒り狂った竜の守護者は三日三晩暴れまわった。
あちこちを炎の息で焼き尽くし、亜人の居住区に逃れた者以外はほとんどが焼け死んだ。
だが、人間たちにはそのような報復は意味が無かった。
人間たちは寿命が短い。
子孫の為に自分たちが犠牲になれるという稀有な人種である。
その竜を討伐しないと子孫に安住は無いと考えた。
四方を崖に囲まれた『竜のねぐら』だったが、実は一か所だけ崖に亀裂が入っていたのだ。
人間たちはそこから竜のねぐらに攻め入った。
一度目の討伐隊は簡単に消滅させられたが、そこから何度も何度も竜の討伐は行われた。
そうしてある時、牡の竜が倒れた。
それでも牝の竜は必死に抵抗を続けた。
だがついには牝の竜もその活動を終える事になった。
その討伐隊の隊長フセヴォロド・アバンハードは後に王国を建て初代国王となる。
番いの竜が討伐された竜のねぐらだが、それ以降頻繁に毒ガスが発生するようになった。
竜のねぐら周辺に住んでいた村人はその毒ガスによって全滅した。
さらに竜のねぐらの隣の火山が噴火し、溶岩が人間の集落を襲った。
そこから人間たちは、この竜のねぐらには近寄らないようにしていた。
その後この竜のねぐらは『魔界の門』と呼ばれるようになり現在に至っている。
リュタリー辺境伯はベルベシュティ地区の兵なら皆任務を聞いたら逃げ出すと言っていたが、どうやらそれはアバンハードの軍でも同様だったらしい。
ユローヴェ辺境伯が作戦内容を説明すると隊長や隊員の表情は曇った。
『魔界の門』から悪魔がやってくると脅されるのは何もベルベシュティ地区だけではない。
アバンハード周辺でも同様であったのだ。
どうしたものかとユローヴェ辺境伯が悩んでいると、隊員の一人が魔界の門に何があるか知っているのかと言い出した。
グレムリンの集落がある、ただそれだけであろう。
ユローヴェ辺境伯はそう笑い飛ばした。
だがその隊員はそうではないと青ざめた顔で言った。
あの地にいるのは魔界の王であり、その眷属である。
行けば不可思議な術を使って幻覚を見せられ、前後不覚になっているうちに眷属の餌にされてしまうのだと。
「なるほど、そう言う事か! 今ので色々繋がったよ。グレムリンは防衛の際に麻薬を焚くんだよ。その為に大規模にホドヴァティ村で麻薬の精製を行っていたんだ!」
からくりがわかれば大した事は無い。
ユローヴェ辺境伯は椅子から立ち上がり兵たちを見回した。
「グレムリンに仲間を食われたくなかったら武器を取って一匹でも多くのグレムリンを駆除しろ! 今やらなかったらお前たちの家族や子がグレムリンに食べられるだけだぞ!」
ゾルキノ将軍が立ち上がって、その通りだと叫んだ。
すると、そうだそうだと次々と兵たちが立ち上がった。
「出立は明日だ! 逃げたい者は逃げれば良い。勇気ある者たちは、明日の子供たちの為に今戦おうではないか!」
ユローヴェ辺境伯の檄に兵たちは呼応し、思い思いに雄叫びをあげた。
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