第16話 自供

 私は何も知らない。

そう言ってコノトプ統括はボヤルカ辺境伯の取引には耳を貸さなかった。


「言わないのならこのまま釈放してやっても良い。だがあれだけの事になったというに何のお咎めも無く釈放されたとなったら、お前たちの仲間はそれをどう感じるであろうな?」


 ボヤルカ辺境伯の言葉にコノトプ統括は絶望的な顔をした。

ボヤルカ辺境伯の言う通りであろう。

許されるはずがない。

そうなれば残った娘共々グレムリンの餌にされるだけである。


「わかった……知っている事を話す。だが一つ約束してくれ。私はどうなっても良い。娘だけは何とか身を守ってやってくれないか?」


 コノトプ統括は懇願するような目でボヤルカ辺境伯を見た。


「私の領土に連れて行き、屋敷で住み込みの使用人として雇おう。それでどうか?」


 アバンハードから連れ出してもらえる。

そう聞いたコノトプ統括は安堵して少し落ち着きを取り戻した。



 そこからコノトプ統括が話したのはグレムリンとの連絡の付け方であった。

グレムリンから貰っている煙玉があり、それを夜中に火にくべるとグレムリンだけが見ることのできる煙が立ち上る。

それを目印にグレムリンの方から訪ねてくる仕組みになっている。


 それはつまるところ、王都アバンハードの北ベルベシュティの森の中にグレムリンの集落があるという事になるだろう。


 その煙玉を渡されているのは竜産協会では三人だけ。

自分とペレピス事務長、ディブローヴァ総務部長の三人である。


 知っている事は全て話したというコノトプ統括だったが、ボヤルカ辺境伯はもう一つ知りたい事があった。


「『イェリド』というグレムリンはどこにいる? 何でもいい知っている事を教えてくれ」


 知らないとコノトプ統括は首を横にした。


「だが何となく察しはしている。オラーネ侯爵領の北東の森の中だ。そこが恐らく奴らの本拠地だ。だが、イェリドを殺しても意味は無いぞ。奴らは複数の集団の集合体だ。集団の数だけ族長がいる。その集団全てを潰さないと」


 コノトプ統括の発言にボヤルカ辺境伯は首を傾げた。

確かその集落はスラブータ侯たちが探索し、もぬけの殻だったはずである。

それにそこまで大きな集落では無かったはず。


「その村は単なる前線基地だ。やつらの拠点はベスメルチャ連峰のかなり標高の高い場所にあるはずだ。あなたはベルベシュティ地区の領主なのだから、何かしら覚えがあるんじゃないのか?」



 コノトプ統括の指摘でボヤルカ辺境伯ははっとした。

確かに聞いた事がある。

ベルベシュティ地区の東の端、ベスメルチャ連峰の中に、雪の降らない四方を高い崖に囲まれた一角があるという事を。

通称『魔界の門』。

噂ではそこは危険生物たちのねぐらになっていて、人が立ち入る事ができない場所であるらしい。




 ボヤルカ辺境伯はこの事をヴァーレンダー公に報告しようと警察隊の詰所を出ようとした。

すると一人の人物が詰所に駆け込んできたのだった。

ボヤルカ辺境伯はその人物に酷い嫌悪感を抱いた。


 竜産協会の総務部長ディブローヴァである。

ディブローヴァ部長は酷く憔悴しょうすいしていて、窓口の女性警察に隊長を呼んでくれと懇願している。


 こいつは何様のつもりなんだとボヤルカ辺境伯は蔑んだ目で見た。

お前だって一市民なのだから用件ならその女性警察に言えば良いものを、わざわざ隊長を呼び出そうとする。

まるで特権意識の塊のような奴だと非常に不快に感じた。


 ボヤルカ辺境伯はあまりの不快さにさっさとその場を立ち去ろうとした。

だがディブローヴァ部長が発した言葉にボヤルカ辺境伯は足を止めた。


「さっさとしろ! 私の娘に何かあったらお前らただじゃ済まないからな!」


 ボヤルカ辺境伯はつかつかとディブローヴァ部長に近づき襟首を掴んだ。


「今のはどういう意味だ? ただじゃ済まないというのはどういう事か? 詳しく聞こうじゃないか」


 ディブローヴァ部長はボヤルカ辺境伯を見るとすがり付くように服を掴んだ。


「娘が帰ってこないんだ、探し出すように閣下からも言っていただけませんか?」


 ボヤルカ辺境伯は懇願するディブローヴァ部長を汚物でも見るような目で見た。


「ディブローヴァ、私が聞きたいのはそこじゃない。もう一度言おう。ただじゃ済まないとはどういう意味なのだ? たかが竜産協会の部長にすぎないお前が警察隊に何をしようというのだ?」


 ボヤルカ辺境伯の問いかけの意味をディブローヴァ部長は遅ればせながら理解した。

ディブローヴァ部長の頭にコノトプ統括の家族の遺体が思い浮かび、同時に『天誅』の文字を思い浮かべた。

失敗したと気づいたディブローヴァ部長は、その場で膝から崩れ落ちた。



 ディブローヴァ部長は警察隊に両脇を抱えられ、ボヤルカ辺境伯と共に取調室に連れて行かれることとなった。


「どういう事か洗いざらい吐け。何ならお前の親族を呼び出して地下でじっくり体に聞いても良いのだぞ? ロハティンでお前の仲間が無辜むこの市民に対して行ったように」


 ボヤルカ辺境伯は鎌をかけたに過ぎなかった。

ロハティンの奴隷商たちや竜産協会の支部長に誰が指示を出していたかは、まだわかっていない。

だがここまで取り乱していれば少しでも身に覚えがある事なら何かしら喋るだろうと考えたのである。


「私じゃない! 証拠が残らないようにしろという指令は確かに私が出した。だが、あそこまでやれなんて誰も言っていない。私はグレムリンに伝令を頼んだだけなんだ」


 表面上ボヤルカ辺境伯は無言で睨みながら聞いているだけである。

だが、まさかの発言に内心ボヤルカ辺境伯はぎょっとしていた。

つまり目の前のこいつがあのロハティンの惨劇を引き起こした元凶だったのだ。


「そのせいで何人の無辜の市民が犠牲になったと思っているのだ? それに比べたらお前の娘一人が何だ! 彼らはたかがお前の体裁の為に親を失い、恋人を失い、兄弟を失ったのだぞ!」


 ボヤルカ辺境伯の叱責にディブローヴァ部長は違うと訴えた。


「私の体裁じゃない! 事務長の体裁だ! 竜産協会の体裁だ! 私はその組織の一員として職務を全うしたにすぎぬ!」


 ディブローヴァ部長の発言にボヤルカ辺境伯は激怒し机に拳を叩きつけた。


「ふざけるな!! お前はその指示で無辜の市民を虐殺したんだよ! その事に何の罪悪感も感じないというのか!」


 ディブローヴァ部長はそれまで取り乱していた態度をすっと落ち着かせた。


「仕事だ! 全ては業務だ! あなただって領主という業務で無辜の市民から金を巻き上げているじゃないか。それに対して罪悪感を覚えたことがあるのか? それと同じだよ」


 ボヤルカ辺境伯は激怒しディブローヴァ部長の胸倉を掴んで持ち上げた。

同席の警察隊がボヤルカ辺境伯を落ち着かせようと宥めている。


「私は領主として、それに見合うよう領民を守護している! お前たちは対価として何をしたというのだ!」


 ディブローヴァ部長は極めて冷静に、あなたはそうかもしれないがドゥブノ辺境伯を見てまだ同じ事が言えるのかと指摘した。


「言えるさ。あの者のした事は統治者として論外だが、それでもお前たちのしてきた事に比べれば微々たるものだ。それくらいお前たちの行ったことは問題があるんだよ」


 同じだ。

ディブローヴァ部長はそう静かに呟いた。

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