第15話 対策開始
議会が一時閉会になると、各諸侯は屋敷に戻り、書をしたため、セイレーンを飛ばして急報を知らせた。
どの諸侯もセイレーンを新たに抱えて、二人一組で飛ばして領地とアバンハードでそれぞれ三人づつになるように運用している。
領地から寄せられた情報は、アバンハードの執事が定期的に王宮内の宰相執務室にいるヴァーレンダー公に報告という方式を取ることになった。
マーリナ侯、スラブータ侯、ソロク侯、オスノヴァ侯、ゼレムリャ侯の五人は執事をそれぞれマロリタ侯爵領、オラーネ侯爵領、ホストメル侯爵領、ランチョ村、ホドヴァティ村に派遣。
五日後、アバンハードにもたらされた第一報に諸侯は愕然とすることになった。
まずホストメル侯。
ソロク侯が執事を派遣し最も早くもたらされた情報である。
ソロク侯の執事がグレゴリー王太子とヴァーレンダー公の書状を手に侯爵屋敷に向かったところ、剣を突き付けられ追い返されたらしい。
ソロク侯の執事も、このままでは謀反人として改易だけでは済まなくなると説得したのだが、それなら徹底抗戦だと言われてしまったのだそうだ。
次にオラーネ侯。
スラブータ侯が執事を派遣したのだが、西街道を封鎖されてしまっていた。
兵にオラーネ侯は改易になった旨を説明したのだが、家宰からそんな話は聞いていないと突っぱねられてしまった。
『謀反人』という言葉に動揺はしていたが、結局は領内に入る事すらできなかった。
この二諸侯の行動で、この王都アバンハードが孤立している事が判明したのである。
海路は封鎖できないであろうから、大陸東部からの輸送は可能だろう。
だが、物資は大陸西部からの輸入が圧倒的に多く、当然輸送船が海上で襲われる事が想定される。
基本的には大陸西部からの物資輸送は不可能と考えた方が良い。
長引けばアバンハードの市民が暴動を起こす事になるかもしれない。
恐らくはそれが彼らの作戦の一つであるのだろう。
だが気付いた以上は対処は可能。
少し遅れて二つの竜産村とマロリタ侯爵領の報告が届いた。
まず二つの竜産村であるが、竜は一頭もいなかったのだそうだ。
村人はいたのだが村長はおらず、村の幹部は大量の竜と共にどこかに逃げ出したらしい。
方角からして、恐らくはロハティンとホストメル侯爵領かオラーネ侯爵領では無いかということらしい。
またマロリタ侯の屋敷は厳重に警備され、蟻一匹入る隙は無さそうであった。
矢を撃たれ近づくことすらままならなかった。
マーリナ侯の執事から報告を聞いたヴァーレンダー公は椅子から立ち上がった。
ロハティン、マロリタ侯爵領、オラーネ侯爵領が謀反した事が発覚し、完全に孤立した形となったスラブータ侯爵領は極めて危険である。
ヴァーレンダー公は宰相執務室にスラブータ侯とコロステン侯を呼び出した。
すぐに二人でコロステン侯爵領に向かってもらい、海路スラブータ侯爵領へ兵を送るよう指示。
さらにヴァーレンダー公はセイレーンをアルシュタに飛ばし、輸送用に艦隊をコロステン侯爵領へ向かわせるように指示。
代理とはいえ宰相となったヴァーレンダー公は非常に忙しかった。
このような状況をおよそ一人で対処できるはずがなく、執事は雑務で補佐どころではない。
そこでヴァーレンダー公は三人の人物に補佐に付いてもらう事にした。
マーリナ侯とボヤルカ辺境伯、ドラガン・カーリクの三人である。
ボヤルカ辺境伯はドラガンとは久々の対面で、随分と背が伸びたと嬉しそうであった。
だが、マーリナ侯から姉アリサが奴らに惨殺されたと聞くと絶句した。
ボヤルカ辺境伯もアリサとは面識がある。
非常に人当たりの良い人物で、ドラガンを時に窘め、時に宥め、時に慈しんでいた。
その関係をボヤルカ辺境伯は微笑ましく見ていた。
あの女性が惨殺されただなんて。
アリサの鎮魂の為にも、この件は絶対に成功で終えねばならん。
ボヤルカ辺境伯はドラガンの顔を見て決意を新たにした。
四人の所に入って来る情報は大半がグレムリンの集落を見つけたというものであった。
だがそのほとんどはもぬけの殻。
最初の方こそ討伐の報告もあったのだが本当に最初だけで、以降は発見したが誰もいないという報告ばかりであった。
「カーリク、ここまでの報告をどう思う?」
ボヤルカ辺境伯はドラガンに意見を求めた。
目の前には地図があり、集落発見の報告があった場所には印が付いている。
だが、その大半はグレムリン不在という白いピンが留まっている。
発見され討伐を受けたのはわずかに三か所。
三か所全てが北街道でドラガンたちが予測していた場所だった。
二か所がオスノヴァ川上流地点、もう一か所がマーリナ侯爵領の南。
「何者かが大規模討伐の情報をグレムリン側に漏らしたのだと思います。発見され討伐された三か所はいづれも僕たちの仲間が事前に調査していた場所ですから」
ドラガンの発言に、ヴァーレンダー公はガタンと席を立った。
「真か! だとすると、つまりは実質どの諸侯も奴らを発見できなかったという事になるではないか! 一体誰が情報を漏らしたのだ……って考えるまでも無いか」
言うまでもなく竜産協会の本部だろう。
四人の意見は一致していた。
つまり竜産協会の本部を押さえないと、これから先の行動は全て向こうに筒抜けということになってしまうだろう。
だが証拠も無いし活動を停止させる体のいい言い訳も無い。
「ですけど、どうやって情報を向こうに流したんでしょうね? 少なくともこんな状況です。グレムリンを見かけたら街はすぐに大騒動になりそうな気がするんですけど」
ドラガンの疑問に、ボヤルカ辺境伯もマーリナ侯も確かにと唸ってしまった。
「ひっそりと交信をする手段があるのだろうな。確か先日コノトプ統括がグレムリンと関係を持ったという事で拘束されていたな。奴なら何かしら知っているかもしれん」
マーリナ侯が何気なく言った事で、ボヤルカ辺境伯は先日の『天誅事件』の事を思い出した。
いったい誰があんなことをしたのだろう?
「誰かは知らんが、あれだけあちこちで恨みを買ったのだ、ああいう事をしたいと思っている奴はそれこそ星の数ほどいるのではないかな?」
グレムリンに食い殺されたスラブータ侯の事を考えれば領民全員の悲願だったかもしれない。
これを機に竜産協会の幹部の家族は大手を振って外を歩けないようになるかもしれない。
マーリナ侯は表情を一切崩さずに言った。
「だからと言って、わざわざ守ってやる必要など無いがな。自業自得というものだ」
ボヤルカ辺境伯の発言にマーリナ侯とドラガンは静かに頷いた。
ボヤルカ辺境伯は警察隊の詰所へと向かった。
警察隊の詰所は街の中央通り沿いにあり、一般市民の住む居住区の東側のエリアにある。
中央通りと二本ある市場通りの交わっている南東の角が詰所となっている。
コノトプ統括はそう簡単には口を割らないだろうとボヤルカ辺境伯は覚悟していた。
ボヤルカ辺境伯もコノトプ統括とは面識があり、常にどこか人を見下したような態度をとる為、あまり良い印象を抱いてはいない。
だが警察隊に呼び出されたコノトプ統括は、少なくともボヤルカ辺境伯の知っている雰囲気では無かった。
目は映ろで、腹が立つほど堂々としていた足取りは見る影も無くよろよろとしている。
ボヤルカ辺境伯が知っている感じよりも二十歳は老け込んだように見える。
「拷問をしたのではあるまいな?」
警察隊は滅相も無いと首を横に振った。
食事を与えても食べないし、ぶつぶつと何かを呟いて寝ようともしないらしい。
こんな状態で会話ができるのかと尋ねたのだが、首を傾げられてしまった。
ボヤルカ辺境伯はコノトプ統括に話しかけてみたのだが、何かに怯えるように何も話す事は無いと呟いている。
やむを得ずボヤルカ辺境伯はコノトプ統括の髪を掴み無理やり顔を上げさせた。
「コノトプ! 取引をしようじゃないか。今から聞く事は国家の最重要機密情報となる。喋ってくれるならそれなりに便宜を図ってやる」
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