第23話 魔界の門

 夕方頃、先にホルビン辺境伯の空軍が帰還した。

ユローヴェ辺境伯とリュタリー辺境伯たち陸軍と、ブルシュティン辺境伯の空軍は後から遅れて帰ってくる予定である。


 ホルビン辺境伯はアバンハードに到着すると真っ直ぐ宰相執務室へと向かい戦果を報告した。


 予想通り『魔界の門』はグレムリンの巣窟となっていた。

元は巨竜が二頭住んでいた広い空間で町程度の広さがあり、そこに所狭しとグレムリンが密集していた。

これを全員撫で斬りにするにはあまりにも労が多い。


 そこで四人の辺境伯は、彼らを焼き殺すという手に出る事にした。

松明に火を付け、上空から片っ端から投げ入れていく。

だがグレムリンは空が飛べる。

ただ火を投げ入れただけでは飛んで逃げられてしまうだろう。


 そこでテントを繋ぎ合わせ穴の上部に蓋をするようにして燻し殺す形を取る事にした。

それでも隙間から逃げ出そうとするグレムリンがいるだろう。

それをブルシュティン辺境伯たちが一人一人駆逐。

地上の亀裂から逃げようとするグレムリンはリュタリー辺境伯たちが一人凝らす斬り殺す。

そういう方針を立てていた。


 ところが思わぬ事態が起きた。

最初に投げ入れた松明の火が信じられない勢いで穴の内部で燃え広がったのである。

その光景はまるで穴の中から炎が噴き出したかのよう。

まさに『魔界の門』というべき光景であった。


 内部のグレムリンたちの多くは飛んで逃げる前に黒墨になっており、辛うじて上空から逃げだそうとしたグレムリンも穴から這い出る前に燃え尽きた。

風が外部から穴の中に強く吹き込み、亀裂から逃れようとするグレムリンはその多くが内部に連れ戻された。


 極一部のグレムリンが四つん這いになって穴から這い出てきたが、陸軍の矢に悉く撃ち抜かれ絶命した。



「あんなにこの大陸にグレムリンがいたという事実に、正直驚きを禁じえません。ですがこれでその多くは消え去ったことでしょう」


 この国の市民の脅威の一端が消えたとホルビン辺境伯は報告を締めた。


「大役ご苦労様。戻って早々何なんだがな、近々もう一度出てもらう事になると思う。それまで体を休めてくれ」


 もう一度の出兵、恐らくはそれが決戦となるのだろう。

ホルビン辺境伯は険しい表情をし承知しましたと短く答えた。




 翌朝、ユローヴェ辺境伯たちもアバンハードに無事帰還した。

当初の兵数からしたら三割が失われ、陸軍だけで見たら辛勝という感じである。

だが空軍はほぼ無傷であり、特にブルシュティン辺境伯の率いた部隊は出陣前よりも皆精強な顔つきになっていた。

良い実戦訓練、そういった感じの遠征であった。


 三人は揃って宰相執務室に報告に向かい、ホルビン辺境伯同様、近々再度の出兵があるという事を通告された。

遠征先は恐らくスラブータ侯爵領。

ユローヴェ辺境伯とリュタリー辺境伯には主軍として兵を率いてもらわねばならない。


 その為に暫くは体を休めておいて欲しいとヴァーレンダー公は三人を労った。




 その日の午後の事であった。

チェルヴォナ川の上流でまたも遺体が発見された。

男女合わせて四名の遺体とグレムリンの遺体が六体。

合わせて十体の遺体である。


 チェルヴォナ川には上流に大きな滝がある。

それなりに落差のある滝で、新緑や紅葉の時期になるとそれを楽しみに川の上流に足を運ぶ人も多い。

滝には途中に岩が突き出ていて祠が祀られている。

そこを拝むと雨乞いの御利益があると言われ、農業関係者も訪れている。


 その滝が一望できる場所の木に十体の遺体が逆さに吊るされていた。

一人は壮年か老年の女性、三人のうち一人は若い男性、残り二人は夫妻らしい。

グレムリンの六体は殺害された日付が異なっているらしく遺体の傷み方に差がある。

その内の一体の首に『天誅』と書かれた木の板が吊るされている。



「また天誅事件か。今度は誰の関係者なんでしょうね」


 アバンハードの警察隊の隊員が遺体を前に呟いた。


「何となく想像は付くよ。このおばさんは恐らくペレピス事務長の奥方だ。残りも事務長の家族だろうよ」


 一応ペレピス事務長に確認を取って貰おう。

これまでコノトプ、ディブローヴァと同様に確認を行ってもらった。

現在は二人とも絶望に打ちひしがれ、牢内で涙を流し、時折壊れたように叫んでいる。

食事は取るし眠りもする。

だがこちらの呼びかけには反応を示さず、まるで廃人のようですらある。

恐らくペレピスも同じようになってしまうのだろう。

警察隊員たちはそう言い合っていた。


 だが、ペレピスの反応は少し違っていた。

遺体を見るとその場にへたり込んだのだが、泣くでも叫ぶでもない、ただただ笑っていた。


「ペレピスさん、これはあなたのご家族で間違いありませんか?」


 警察隊員が尋ねるとペレピスはその隊員を睨んだ。


「この街の治安維持はどうなっているのだ? お前たちの職務が怠慢だからこういう事件が起こるのではないのか? この件はしっかりと賠償請求させていただくからな!」


 ペレピスは警察隊員を恫喝した。

すると後方から彼らの上官と思しき男性が現れた。


「ペレピスさん、いやペレピス! 賠償請求は我々ではなく死後の判官にするのだな。ディブローヴァの使用人が全てを白状した。そして先日、晴れてお前の判決が決まった。来週公開処刑だ」


 そこからペレピスは壊れたように笑い続けた。

警察隊が連行しようとしても体から力を抜き自分で歩こうとせず、ただただ笑い続けた。


「竜産協会が竜を生産せねば、お前たちはどう生活するつもりなのだ? 愚か者どもめ! 後先考えずに目先の罪に囚われおって! すぐに後悔する事になるぞ!」



 隊員から報告を受けた警察隊の隊長シャラシは、どういう事かと訝しんだ。

暫く考え、自分で考えるよりそのまま宰相代理に投げてしまった方が良いという結論に至った。


 その時ヴァーレンダー公たちはマーリナ侯たちと極秘会議を開いており、報告を受けたのは留守を預かっていたボヤルカ辺境伯であった。


 ボヤルカ辺境伯は大した話では無いと感じたらしい。

そういう人物特有の最後のたわごとだろうと。


 ボヤルカ辺境伯は会議が終わったヴァーレンダー公たちに念の為報告。

どうやらヴァーレンダー公もマーリナ侯も同様に最後の悪足掻きだと感じたらしい。

だがドラガンとザレシエはそうは感じなかった。


「もしかしたらですが、コロステン侯が危ないかもしれません」

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