第24話 覚醒剤

 ドラガンとザレシエは同時に同じ事を思ったらしい。

竜は元々雑食という事をである。


 普段、ランチョ村でもホドヴァティ村でも、竜は植物中心の餌を与えられる。

肉も与えられるには与えられるのだが、鼠や大ミミズ、モグラなどの害獣の肉に限られている。

どの村でも飼料は竜産協会から仕入れているのだが、その資料の中にも鼠や大ミミズといった害獣の肉が粉になって入っている。


 これには大きな理由があり、行軍で竜の食料が滞った時に味方の兵を襲わないようにというのが一つ。

戦場で傷ついた兵を襲わないようにというのがもう一つの理由である。

その為、竜はどこの村でも害獣駆除はするが飼育している人は襲わない。

それは戦場においても同様である。


 竜は雑食であり肉を食べないと体調に異変をきたす。

さらにどういうわけか徐々に狂暴になってくる。

ランチョ村でもホドヴァティ村でも、その為にあらゆる害獣を餌用に飼育しているのである。


 ドラガンとザレシエが危惧しているのは、この食性の部分である。


 竜産協会は竜の為に薬の研究を行っている。

竜産協会が一括管理するまで、竜は繁殖させて弱ったらそのまま安楽死という処分をしていた。

それではお客様の負担が大きいなどともっともらしい事を言って、竜産協会は『薬剤部』という部を組織した。

薬剤部はアバンハードの本社ではなくランチョ村にあり、日々竜に対する薬の研究を行っている。

一方のホドヴァティ村には『製剤部』という部署があって、その部署が例の幻覚蜜蜂の養蜂を行っていた事が判明している。


「もしかして竜を暴れさせる麻薬を投与して戦に臨むかも」



 覚醒剤の投与。

元々竜はそこまで好戦的な生き物ではなく、単に縄張り意識が強いというだけで、どちらかというと温厚な生き物だったりする。

その為、戦いには向かず、無理やり戦いに赴かせる為に興奮効果のある餌を与えるという事は以前から行われている。

競竜場ではそれによって極端に良い成績を収める場合があり、多くの薬が投与禁止となっている。


 だがドラガンとザレシエはその興奮剤をさらに強力にした覚醒剤を使うかもと考えている。

ドラガンたちがアバンハードに来てすぐにマーリナ侯の執事が竜産協会の調査を報告してきた。

その際ドラガンとザレシエも同席していた。

覚醒剤の存在はその報告書の中にあった話である。

報告書を読んだザレシエがもっとも気になった記述がこの覚醒剤の部分であった。

興奮剤、麻薬、覚醒剤の製造にグレムリンが深く関与していたという記述があったのである。

つまりこの麻薬の精製などの技術はグレムリンによってもたらされた技術という事になる。



 一体何の目的でそんな薬を開発する必要があったのか?

ドラガンの見解は人に使う為ではないかという事であった。

だが現在アルシュタという巨大な麻薬市場が潰れている。

ロハティンの市場もほとんど機能していない。

アバンハードも警察隊が調べているようだが、今の所そういった痕跡は見られない。

となると人では無く竜に使う用だと考えられるだろう。

だが軍事用であれば興奮剤で事足りる。

では一体何のために?


 その時はそれ以上の事がわからず、それで話は終わってしまった。



 ランチョ村から持ち出された竜は本来であればロハティンの競竜場に投入される予定の竜である。

竜はまだ調教師たちによって鍛えられてはおらず、戦場でいう事を聞かない可能性が非常に高い。

先日の『魔界の門』で、グレムリンたちは夜間に竜を操ってユローヴェ辺境伯たちを襲っている。

竜は夜目が効かないわけではないが、夜行性というわけではない。

それなのにユローヴェ辺境伯たちの兵を襲ったのである。

恐らくは何かしらの薬が投与されていたのではないかとザレシエは推測している。

グレムリンが麻薬の技術を持ち込んだのであれば、それくらいの事はしてくるだろうと。



「つまり、戦場で大量の竜が見境なく兵を食い殺す可能性があるという事か」


 ヴァーレンダー公は凄惨な戦場を想像し思わず身震いした。


「歩兵が主のコロステン侯の軍やと、もしかしたらオラーネ侯たちの軍よりもそっちの方が脅威となってまうかも」


 ザレシエの指摘に、ボヤルカ辺境伯とマーリナ侯は同時にまずいなと呟いた。


「ん? ちょっと待ってくれ。それだとオラーネ侯たちの兵も条件は同じで、彼らだって食い殺される危険があるのではないのか?」


 確かにそれはヴァーレンダー公の指摘の通りであった。

ザレシエもそこに関してはまだ考えが及んでいない。

ボヤルカ辺境伯もマーリナ侯も想像がつかないという感じであった。


 もしかして。

ドラガンが呟くように言った。


「あくまで僕だったらという話なんですけどね、僕なら竜が本能的に嫌がる匂いみたいなのも一緒に探すかなって。狂った竜は本能で動くからその匂いがしない方に向かって行くんじゃないかって」


 ザレシエが睨むような視線でドラガンを見た。


「それや!! あいつらかて最大の脅威がアバンハードの空軍やって事は知ってる。その竜が近寄れへんような匂いを発しとれば、空からの急襲はできへんくなる。さらに放たれた陸の竜が相手に一方的に向かって行ったら!」


 ヴァーレンダー公も思わず椅子から立ち上がった。

ボヤルカ辺境伯も最悪だと言葉を発するので精一杯であった。


「すぐに竜産協会の本部に行って、そんな情報が無いか確かめて来る」


 マーリナ侯は慌てて宰相執務室から飛び出していった。

ドラガンとザレシエも付いて行こうとしたのだが、それより対策を検討せねばと随行を許可されなかった。



「君たちはその匂いというものをどうやって発生させると考える?」


 ヴァーレンダー公二人に尋ねた。

だがそもそも匂いの元がどのような物かもわからない。

その方法となると想像もつかない。


「普通に考えれば焚火でしょうな。風上で焚火をし、そこに匂いの元を放り込む。そして竜に薬を打って解き放つ」


 ボヤルカ辺境伯がそう私見を述べた。


 恐らく今までその手を使っていなかった大きな理由は風上が取れていないからだと思われる。

大きく風向きが変わる、もしくは風上に陣を移す、そんな事があればその手を使ってくるかもしれない。


「あるいは、もうすでに風上の陣は取っていて、アバンハードからの増援を待っているとか。その増援もろとも竜に食い殺させる気なのかも」


 報告によれば今の所は小さな小競り合いしか起こっていないという。

それはもしかしたら、コロステン侯の陣に血の匂いを付けさせる為なのかも。


 ドラガンとザレシエもボヤルカ辺境伯の推測に賛同した。

ヴァーレンダー公もかなり納得の推測であった。


「マーリナ侯が戻り次第、スラブータ侯にセイレーンを飛ばそう。対処がわからずとも、からくりがわかれば何かしら現場で対策できる事があるやもしれぬしな」

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