第25話 立て籠もり

 最終的にはいくつかの諸侯の軍を率いてロハティンを包囲せねばならないだろう。

それはヴァーレンダー公も覚悟している所であった。

その際、軍を率いる人物は恐らく自分であるだろう。


 自然と対策には熱が入るし、不安要素は取り除いておきたいと考えるものである。

その対策会議の只中に一人の人物が急報だと言って駆けて来た。

リュタリー辺境伯である。


「会議中失礼します。街でとんでもない事が起こっています! マーリナ侯が! マーリナ侯が竜産協会に立て籠もった不穏分子に殺害されました!」


 ヴァーレンダー公は勢いよく椅子から立ち上がり脛を机に強打し悶絶した。

ドラガンとザレシエは宰相執務室を飛び出して行った。

ボヤルカ辺境伯も後に続いた。



 ドラガンとザレシエが竜産協会の本部に駆けつけると、すでにかなりの人だかりができていた。

警察隊は野次馬の整理で手一杯で立て籠もり犯の対処どころでは無くなっている。

建物の入口には胸部を一突きにされたと思しきマーリナ侯の遺体が無残に打ち捨てられている。


 竜産協会の本部に近づこうととしたドラガンをザレシエとアテニツァが制した。


「離してくれザレシエ、アテニツァ。マーリナ侯が! マーリナ侯が!」


 ザレシエはドラガンの服を必死に引っ張り、アテニツァはドラガンの前に立ちはだかっている。


「危険です。近寄らへん方が良い。近寄ってもマーリナ侯が生き返るわけやないんですから」


 それはその通りなのだが、せめて打ち捨てられているマーリナ侯の遺体だけでも回収したい。


「群衆に暗殺者が紛れてる可能性が高いです。パンに何かあったらエレオノラちゃんや、プリモシュテンの皆が悲しみますよ」


 だが、しかし、ドラガンは駄々っ子のように二人を引き剥がそうとしている。

そんなドラガンの肩を後ろからポンと叩く人物がいた。


「カーリク。ここは私たちに任せろ。お前は後ろに下がっていなさい」


 ボヤルカ辺境伯は、そう言って腰に吊るした両刃剣の柄を握ると鞘から引き抜き剥き身にした。

その横には騒ぎを聞きつけてやってきたハイ辺境伯が侍っている。

ハイ辺境伯も腰の片刃刀を鞘から抜き、両手で構えて前方を睨んでいる。


「道を開けろ! どかぬ者は容赦なく斬り殺すぞ!」


 ボヤルカ辺境伯の声を聞き、レヤ辺境伯も近寄って来て片刃刀を引き抜き身構えた。


 ハイ辺境伯とレヤ辺境伯はトロルの住むルガフシーナ地区の領主である。

共に武芸の達人として名高い。

ペンタロフォ地区のブルシュティン辺境伯も武術の達人ではあるのだが、ブルシュティン辺境伯が戦場での武術に特化しているのに対し、二人の辺境伯は護衛術に特化している。

ハイ辺境伯はヴァーレンダー公よりも少し年上という感じの年齢で、髪は赤みかかった茶色。

かなり筋肉質な体付きで、顔も角ばっている。

得物の片刃刀は片刃刀のこしらえとしては非常に長い物である。


 一方のレヤ辺境伯はカラスの濡羽色のような綺麗な黒髪をしている。

年齢はハイ辺境伯よりもかなり上で、ハイ辺境伯ほど筋肉質ではない。

中肉ながら長身で、引き抜いた片刃刀が実によく馴染んでいる。


「さっさと道を開けぬか! 共犯とみなして処分しても良いのだぞ!」


 ボヤルカ辺境伯より数段大きな声のハイ辺境伯の怒声に騒めいていた群衆たちは一瞬で静かになり、潮が引くように三人の前に道を開けた。


 三人の辺境伯は堂々と竜産協会の本部に近づいていく。


「「死ねえぇぇ!!!」」


 群衆の中から短剣を持った刺客が三人に襲い掛かった。

だが、レヤ辺境伯は刀を構えると一閃の元に刺客を切り裂いてしまった。


 反対側から勢いよく出て来た三人の刺客もハイ辺境伯があっという間に二人を斬り刻み、残った一人をボヤルカ辺境伯が斬り捨てた。


「もういないのか? 纏めて相手してやるからかかって来い!」


 レヤ辺境伯の挑発が悲鳴をあげていた群衆を黙らせた。


 すると三人の背後から二人の刺客が襲い掛かろうとした。

だがその二人は別の人物によって背後からあっさりと処分された。


「私も混ぜてもらえるかな。中々次の命とやらが来ずに腕が鈍りそうなんでね」


 ブルシュティン辺境伯が両刃剣から滴る血を振り落として三人に微笑んだ。



 ボヤルカ辺境伯は警察隊の責任者を呼びつけ、剣を観衆に向けてこいつらを遠ざけろと命じた。

さらに突入するからすぐに決死隊を募れとも命じた。


 一つ目の命によって群衆はじりじりと遠巻きに下がって行った。

すると竜産協会の本部から何本かの矢が四人の諸侯目掛けて飛んできた。

四人の諸侯は持っていた武器で矢を弾くと、さっさと突入した方が良いなと言い合った。


 警察隊の決死隊は中々人選が決まらないらしい。

そこにヴァーレンダー公と護衛のトロルがやってきた。


「このトロルを連れて行け。警察隊の決死隊なんかよりよほど役に立つであろう」


 トロルたちは各々長柄の武器を手に四人の諸侯に礼をした。


「それではヴァーレンダー公の御身が危険ではありませんか?」


 ブルシュティン辺境伯の指摘にヴァーレンダー公は高笑いした。


「私には大陸最強の護衛が一人おれば事足りる。すまぬが反乱分子の鎮圧を頼む。首謀者以外の生死は問わぬ」


 四人の諸侯とトロルはヴァーレンダー公の命に大きく頷き竜産協会の本部へと向かおうとした。

すると、ヴァーレンダー公の背後に自分たちも突入させて欲しいと申し出る者がいた。


「我々に任せろと言ったはずだぞ」


 ボヤルカ辺境伯はその者たち――ドラガンたちに諭すように言った。


「マーリナ侯に受けた恩義を返さねば。マーリナ侯を殺めた者がどんな奴らだったか、せめてそれだけでも報告せねば。でなければ我々はマーリナ侯爵領に帰ることができませんし、ボフダン様に合わせる顔がありません!」


 ドラガンの言葉にブルシュティン辺境伯は素晴らしい忠義だと感動している。

レヤ辺境伯もよろしいではないですかとボヤルカ辺境伯に進言した。

ハイ辺境伯もこんな素晴らしい領民を持ってマーリナ侯が羨ましいと言い出した。


 ボヤルカ辺境伯もヴァーレンダー公も渋々という感じで同行を許可した。


「ただし、これは弔い合戦では無いからな。それだけは努々ゆめゆめ忘れぬようにな」

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