第26話 突入
本部に先に突入したボヤルカ辺境伯たちは二手に別れて行動していた。
目標は首謀者を取り押さえる事。
一方のドラガンたちは打ち捨てられたマーリナ侯の遺体を先に回収してからの突入となった。
打ち捨てられていたのはマーリナ侯の遺体だけでなく、マーリナ侯が竜産協会の本部の調査に立ち入らせていた執事五名も同様であった。
警察隊にマーリナ侯の屋敷へ六人の遺体の運び込みをお願いすると、ドラガンたちも本部に突入した。
ザレシエは警察隊から弓と矢を借り、アテニツァを先頭に進んでいく。
ドラガンは戦力外である。
内部に入って驚いたのはその遺体の数。
誰がどれかはわからないのだが、およそ生きている人が見つからないというような状況である。
これが果たして、反乱分子によって殺害された普通の職員なのか、はたまたボヤルカ辺境伯たちが抵抗を受けて排除した反乱分子なのか、見ただけでは見当が付かない。
一階からはまるで物音が聞こえず、ドラガンたちは二階へと向かった。
二階では「死ね!」やら「クソが!」やら、かなり汚い言葉が飛び交っており、それをレヤ辺境伯とブルシュティン辺境伯たちが首領はどこだと問いただしながら剣戟を繰り広げている。
ドラガンたちは三階へと向かった。
三階でも同様に剣戟の音が鳴り響いている。
ハイ辺境伯とボヤルカ辺境伯が用があるのは首謀者だけだと叫んでいる。
首謀者以外は抵抗しなければ手荒な事はしないと降伏を呼びかけている。
だが反乱分子は武器を取り二人の辺境伯目掛けて次々に襲い掛かってくる状態であった。
ドラガンたちは四階へと向かった。
実はドラガンはこの四階が反乱分子たちの本丸だと推察している。
恐らくは、前回マーリナ侯と一緒に執事からグレムリンについて説明を受けた貴賓室、あそこが司令室ではないかと推測している。
「アテニツァ、四肢を千切っても良い、だが殺すな。それと僕は降伏など呼びかける気は無い。全員やってしまえ。人質になっていると思しき者以外全員だ。ただし一人も残すな」
普段のアテニツァの得物は
だが、最近アテニツァは別の得物も使うようになった。
臼に入れて実を粉にすり潰す時に突く杵である。
だが、ただの杵ではない。
一見すると細長い杵にも見える。
通常の杵より中央の持ち手の部分が長く、通常の杵より膨らみが小さく軽くなっており、その膨らみ部分は叩いて硬くしている。
完全に武器用に改良した杵である。
鉞ではどうしても刃で相手を切断してしまう。
護衛の場合、それでは致命傷になってしまい、相手の話が聞けなくなってしまう事が想定される。
そこで色々と良い武器を探し行きついたのがこの杵であった。
アテニツァは杵をぶんぶん回転させ、武器を構えた反乱分子に突っ込んで行った。
相手の刃物が面白いように弾かれ、どの相手も腕をおかしな方向に曲げている。
後方から矢を撃ってくる者もいるが、杵をくるくると回転させ全て打ち払っている。
頬を打たれ失神している者、肘が変な方向に曲がっているもの、脇を押さえ唸っている者、膝が変な方向に曲がっている者、様々である。
だが、共通しているのはアテニツァの前に立った者は全員どこからしらを杵で打たれ倒れているという事。
そして恐るべきことにアテニツァは傷一つ負っていない。
まさに鬼神といった感じである。
稀に背後から現れる者もいるが、それらは全てザレシエが射抜いていった。
四階の連絡通路にはバキッという何か硬い物が叩き潰される音が響き渡っている。
その音に次いで音の発生源である人物がこの世の物とは思えない悲痛な叫び声を挙げる。
その音は、剣戟の音なんかより余程不気味な音であろう。
徐々に向かってくる者は減り、じりじりと後ずさっていく。
アテニツァはそれを一瞬で間合いを詰め、容赦なく杵を叩きこんでいく。
その都度絶叫がこだまする。
三人は目的地である以前グレムリンの説明を受けた貴賓室へと突入した。
どうやらここがマーリナ侯の殺害された現場であるらしい。
血だまりの中にマーリナ侯のものと思われる靴が落ちていた。
それを見たアテニツァは逆上した。
「うわあああああああああ!!」
アテニツァは我を忘れ目に見える者を片っ端から杵で殴りつけて行った。
「アテニツァ待て!! アテニツァ!!」
ザレシエは激昂するなと制したのだが、アテニツァには聞こえていない風であった。
杵に打たれ吹き飛んだ者をあえて追撃してもう一撃加える。
部屋の中にいた者たちはその光景に震えあがり口々に降参だ、助けてくれと叫んでいる。
だがアテニツァは容赦しない。
「パン! アテニツァを止めないと!」
ザレシエはドラガンの袖を引き、アテニツァに命令するように促した。
だがドラガンは表情一つ変えずその光景をじっと見続けている。
アテニツァの杵から歯が飛んできてドラガンの頬をかすめた。
それでもドラガンは垂れた血を拭いもせずにじっとアテニツァの行動を見守った。
ついに最後の一人になった。
両刃剣を両手で持ち、恐怖のあまりかたかたと震えている。
「待て、待ってくれ! 貴族を斬った事は罪に服す。俺たちが悪かった。だから……ぐわあああああ」
主犯格と見られた人物が構えた剣ごと杵で吹き飛ばされ、両腕をだらりとさせた。
だがアテニツァは暴走してしまい、その人物を蹴り飛ばしさらに追撃しようとした。
「それまでだ! アテニツァ良くやった!」
頭に杵を叩きこもうとしたアテニツァをドラガンが制した。
杵はすんでの所でぴたりと止まり、アテニツァは杵を平行に持ってドラガンに頭を下げた。
もはや立っている者はドラガンたち三人しかいない。
そこにヴァーレンダー公とマクレシュがやってきた。
その凄惨な光景にヴァーレンダー公は言葉を失った。
確かに殺すなとは命じた。
だがどの人物も腕や脚を砕いてしまっており、今後まともな生活は送れないだろう。
内臓を損傷して血を吐いている者もいる。
これでは皆殺しとさして差は無い。
「これで気は済んだかな?」
ヴァーレンダー公は静かにドラガンに尋ねた。
だが、ドラガンは無表情のまま何の返答もしなかった。
「おめ、これはどいなづもりだ! おらはおめにこいな事する為さ武術教えだつもりは無えぞ!」
マクレシュが真っ赤な顔をしてアテニツァを殴りつけた。
アテニツァは吹っ飛んで壁に背中を打ちつけ咳込んでいる。
「師匠にはわがらねんだ。大事さ思ってる人を二度も殺されだ、おらだづの気持ぢなんて!」
涙ながらに訴えるアテニツァをマクレシュは無言で見続けた。
ヴァーレンダー公はこの事態に自責の念を抱いていた。
ドラガンたちがマーリナ侯と一緒に竜産協会の本部に行くと言ったのを制したのは自分である。
もしあの時、行かせていればこのような事態になる前にアテニツァが暴れて事は済んだかもしれない。
ヴァーレンダー公はマクレシュの肩に手を置いた。
「此度の事は私にも責がある。そう一方的に責めないでやってくれ」
マクレシュはヴァーレンダー公に諭され、不本意という顔だが頭を下げた。
そんなヴァーレンダー公にドラガンは、マーリナ侯爵領に戻ってこの訃報を伝えたいと思うと告げたのだった。
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