第27話 反論

 どうやら自分とドラガンは歩調をいつにできない『さだめ』らしい。

宰相執務室に戻ったヴァーレンダー公は先ほどの竜産協会の事務所の惨状を思い出し、何か心の中の大切なものを落として無くしてしまったような感覚に襲われていた。



 ボヤルカ辺境伯が先ほどまで来ていて、不穏分子たちの取調の途中報告をしていった。

彼らは全員ペレピス事務長たちの息のかかった者たちであり、いづれは彼らが大陸中に散らばり、やりたい放題やれるはずだった。

竜産協会に入るまでは、そんな事は誰も知らない。

だが、徐々に皆、竜産協会がそういう組織だという事を知っていく。

極稀に義侠心にかられ反発する者もいるが、そんな者は人知れず消されてきた。

国法を無視してやりたい放題やれるという魅力というか魔力に誰しもが虜になった。

そして多くの者を虜にしつづけて長い年月、その体制を維持し続けてきたのだ。


 それが突然ペレピス理事長たち三人が逮捕拘禁され、その家族は天誅という看板と共に殺害された。

次は自分たちだと恐れた彼らは武力蜂起したのだった。

彼らは指令本部として貴賓室を使おうとした。

そしてまさにその貴賓室にマーリナ侯は運悪くいたのだった。


 ボヤルカ辺境伯は貴賓室で数枚の資料を拾った。

その書面はマーリナ候が探しに行っていた覚醒剤の資料と竜の嫌がる匂い玉の資料であった。


 ヴァーレンダー公はそんな事態になっているなど当然知る由も無かった。

当然知っていたら行かせるわけもなかったし、そもそもその前に武力鎮圧させている。

だが今にして思えば理事長たちが逮捕拘禁されているのである。

安全な場所のはずがなかったのだ。


  ヴァーレンダー公は執事を呼び、今からいう者を呼び出してくれと依頼した。




 暫くしてドラガンが宰相執務室に現れた。

ヴァーレンダー公は案内してくれた執事に飲み物を頼むと、暫く誰も近づけないでくれと命じた。


 接客椅子に腰かけ、持ってきてもらった紅茶を啜り、ヴァーレンダー公は三人の顔を流し見た。

正面にドラガン、その横にアテニツァ、自分の横にマクレシュ。


 アテニツァは突入の後で風呂に入ったようで、飛び散った血で汚れているという感じでは無くなっている。

ただマクレシュに殴られた頬だけが赤く腫れている。

そのマクレシュはアテニツァの顔を一瞥もせず静かに紅茶を啜っている。

ドラガンも無言である。


「天誅事件、やったのは君らだろ? 何であんな事をした? やるなら直接本人をやれば良かっただろ? 何も罪も無い家族をやらずとも……」


 ヴァーレンダー公の言葉にアテニツァがキッと睨みつけた。

それをマクレシュが睨む。

師弟は一触即発の雰囲気を醸し出している。


 ドラガンはアテニツァを制し、ヴァーレンダー公がマクレシュを制した。

二人のトロルが憤りながら椅子に座り直すと、ドラガンが静かに紅茶に口を付け机に置いた。


「僕の姉は罪も無く奴らに惨殺されました。マーリナ侯も。さらに言えば僕の両親も、義兄も、村の人たちも。全員何の罪も無く殺されました。それに対し誰か何かしらの罪に問われましたか?」


 何故彼らは罪の無い者を無碍に殺害しても良くて、自分たちは駄目なのか。

納得のいく理由を聞かせて欲しい。

ドラガンの主張にヴァーレンダー公は返す言葉が無かった。


「君の言い分は個人としてはわかる。きっとアルシュタに戻ってこの事を聞けば、アリーナも君の言い分が正しいと言うであろう。だが私は為政者の側だからな。秩序というものを考えれば当然看過はできんよ」


 君たちのした事は単なる私罰であり私刑にすぎない。

そしてそれは国法で認められてはいないのだとヴァーレンダー公は説明した。


「彼らの行った行為だって国法上違法ですよね? それなのにこれまでその罪は裁かれてこなかった。ならば被害者遺族である我々は私刑を与えるしかないじゃないですか」


 悔しいがドラガンの言う事の方が筋が通っている。

ホストメル侯たちの悪政のせいだと逃げても良かったかもしれない。

だがヴァーレンダー公は先ほど自分も為政者だと言ってしまった手前、そういうわけにもいかなかった。



 ヴァーレンダー公が反論の術を失い黙っていると、マクレシュが重い口を開いた。

マクレシュは元々かなり無口な性格である。

特に自分の事を積極的に話すような事はまずしない。

そんなマクレシュから語られたのは、アテニツァですら初めて聞くマクレシュの過去の話であった。


「おめはさっきおらには大切な人を失った気持ぢはわがらねえど言ったな。おらが以前冒険者をしてだのは知ってるな。そごでおらは大切な仲間失ってるんだ」


 マクレシュはかつてアルシュタの万事屋で冒険者をしていた。

人間の男性二人、女性二人、セイレーンの男性一人、そして自分。

人間の男性たちもかなり腕の立つ者たちで、六人はアルシュタでも一二を争う有名な冒険者となっていた。


 ある時、そんな自分たちを見込んでと直々の依頼が入った。

森の奥の洞窟を抜けた先、そこに猿鬼ゴブリンの巣窟がある。

猿鬼を討伐に行った冒険者たちが帰って来ないから見に行って欲しいという依頼であった。

最初聞いた時はたかが猿鬼の調査と皆が高をくくった。

遺族から捜索願いが出ているのでこれだけの金額になったと依頼者はかなりの額を提示してきた。

あの時、その高額な報酬を自分たちはもっと怪しむべきだったと今では思う。


 依頼のあった洞窟の前に既に冒険者の遺体が捨て置かれていて、依頼内容に誤りは無さそうという事はわかった。

問題はこの依頼は討伐ではなく調査だということである。

つまり依頼主も討伐は困難だと暗に言ってたのだ。

だがここまで有名を轟かせていた人間の冒険者たちは完全に増長していた。

姿を見た猿鬼を問答無用で斬りつけた。


 だがそこは猿鬼の巣窟、こっちはたかが冒険者六人。

数が違いすぎる。

最初にセイレーンが針山のように矢を撃たれて殺され、次に人間の男二人が囲まれで殺された。


 あっという間に三人になった自分たちは逃げることにした。

だが戟を振り回す自分に比べ、弓や細剣を得物としている人間の女性たちは圧倒的に不利であった。

何とか二人だけでも連れて逃げなければと次々と猿鬼を撃退していったのだが、ついに一人の女性が足を斬りつけられ身動きができなくなった。

自分はその女性を守ろうと必死に猿鬼を追い払った。

だがその女性はここまでありがとうと言って微笑むと、細剣を自分の胸に突き刺した。


 するともう一人の弓を得物とした女性がマクレシュに微笑んだ。


「私はもう逃げきれない。あなた一人なら逃げれるでしょ? お願い。私たちの分まで生きて」


 そう言うとその女性は顔に微笑みを湛えたまま、猿鬼に背を向け棒立ちになり惨殺された。

そこからはどう逃げたか覚えていない。

何匹猿鬼を叩き殺したかも覚えていない。

気が付くとアルシュタの門の前で横になって寝ていた。


 最後に殺された人間の女性が常々言っていた事がある。

『報復のための依頼は絶対に受けちゃいけない』と。

報復はより多くの報復を呼ぶ、そこには終わりがない。

だから私たちは絶対にそれに関わってはいけない。


 後から知ったのだが、この依頼は自分たちが以前受けた依頼の報復だったのだ。

その女性の反対を押し切って、ただ同情したというだけで受けた敵討ちの依頼に対する報復であった。

自分はそれを知って冒険者を辞め森に籠った。



「この話聞いでも、まだおめは考え改めねえづもりが?」


 マクレシュの話にアテニツァは首を横に振った。


「師匠の話は他人の復讐、うぢらは自分だぢの復讐だ。何言われでも大切なアリサさんとマーリナ侯をおらたづから奪ったあいづらは許せね」


 マクレシュは大きくため息をついた。

自分もかつて大切な人を失っているからその気持ちはわからないでも無い。

これまでこんな自分を師と崇め、どんな理不尽な事でも文句ひとつ言わずに従った弟子が、ここまで意見を曲げないのだから相当な覚悟を抱いたのだろう。


「一づだげ約束してぐれ。これ以上一般の奴には手出すな。主犯格のみにしろ。それが守れね時は……破門だ」


 アテニツァは力強く頷いた。

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