第28話 船上

 ドラガンたちは船に揺られている。

来た時には乗っていなかった者としてマクレシュが乗っている。


 アバンハードから西回りでは戦場となっている領海を通るため、東回りでマーリナ侯爵領を目指している。

船倉には腐敗防止の葉と共に包帯で巻かれたマーリナ侯が安置されている。




「立場上応援はできない。だが黙認はする。ただし戦功としては認めない。それで良ければ軍事行動の一環としてロハティンへの潜入を正式に許可する。どうする?」


 ヴァーレンダー公はドラガンにそう提案した。

敵討ちという名目が無かったら、ただ単に捨て駒になってくれというだけの極めて酷い話である。

だがドラガンは承諾した。


 まず第一にマーリナ侯の遺体を一日でも早く領府ジュヴァヴィの侯爵屋敷に届けたい。

第二にそもそもロハティンへの潜入は予定の範囲内の出来事であるからだ。

それを軍事行動として認識してくれるというのだから渡りに船というものであろう。


 本当ならヴァーレンダー公としても自分が盟友と認めたドラガンには傍にいてもらいたい所である。

だがドラガンはまたもやヴァーレンダー公から離れる選択肢を選んだ。


「あいわかった。ただし、そなたたちが暴走しないように監視役を付けさせてもらう。マクレシュ、一緒に行ってこの者たちを監視せよ。もし、彼らが目に余る行動をした時は遠慮する事は無い」


 マクレシュは御意と短く返答した。




 出航したのが遅かったという事もあり、船はソロク侯爵領の沖合で一度停船した。

船内での夕飯という特別感にエレオノラはかなりテンションが高かった。


 食後もマクレシュ、ドラガン、ザレシエ、エレオノラで双六で遊び、長い夜を過ごす事になった。

途中でエレオノラは何かが尽きたかのようにドラガンにもたれ掛かって寝てしまい、ドラガンはエレオノラを抱いて網布団に寝かせた。



 そこからポーレたちは酒を持ち出してロハティン潜入の打ち合わせを行った。

明らかにエレオノラが起きている時とは声の高さも緊張感も異なる。


 どのようにして潜入するか、殺害する相手はどこまで広げるか。

そもそもどのタイミングで潜入するか。



 そうやって議論を重ねていると遠くの方からエレオノラの泣き声が聞こえて来た。

波のさえずりしか聞こえない大海原でも幼子の泣き声というものはよく通るものらしい。

ポーレとドラガンは慌ててエレオノラの寝ている部屋へと向かった。


 エレオノラはどうやら何か怖い夢を見たようで、びっくりして目が覚めてしまったらしい。

ところが目が覚めても暗い部屋で周囲には誰もいない。

えも言えぬ恐怖に襲われ泣き出してしまったのだった。


 どうしたと駆け寄った二人が声をかけると、エレオノラは号泣しながらポーレに抱き着いた。

ポーレが抱き抱えるとエレオノラは首にしがみ付いてわんわん泣き出した。

ポーレが背中をさすってあやし続けるのだが、エレオノラは一向に泣き止む気配を感じない。


 ドラガンから星が見える所に連れて行こうと提案を受け、二人は甲板へとエレオノラを連れて行った。

秋の少し肌寒い夜風に当たっているとエレオノラは徐々に泣き止んだ。

エレオノラは手を離すと父がどこかに行ってしまうとでも危惧しているのか、必死にポーレの首にしがみ付いている。


「ドラガン、いよいよだな。ロハティンでの行動が終われば『奴ら』は壊滅だ。ここまで長い道のりだったな」


 そう言ってきたポーレの横顔で、ドラガンはロマンの事を思い出した。

競竜場で皆ではしゃいだあの日、ドラガンの人生でも最高に楽しかった日の一つに数えることができる。

父セルゲイ、義兄ロマン、友人ラスコッド、そして自分。

あの時食べたベリーのパイの味は今でも鮮明に思い出せる。


 あれから六年。

自分を守り支えてきてくれた多くの人が、まるで追いやられるかのようにこの世を去った。

父も母も、姉さえも失った。

たまにふと思う時がある。

あの人たちは何で死ななくてはならなかったのだろうと。

何で僕じゃなくあの人たちだったのだろうと。


 以前、その疑問をザバリー先生にぶつけた事がある。

ザバリー先生は最初かなり戸惑った顔をしたが、いつものように同じ目線で一緒に悩んでくれた。

そしてザバリー先生が出した答えは『ドラガンが自分の代わりに何かを成してくれるはずだから』であった。


 決して彼らに何も成せないという意味ではない。

人には悲劇を受け止められる器というものがある。

残念ながらそれは生まれ持ったものであり、鍛える事も大きくする事もできない。

そして、その器で受け止められる以上の悲劇を受けると器は壊れてしまう。

恐らくドラガンの器はそれだけ大きくて頑丈な器だったのだろう。

ドラガンには彼らの志を受け止めきれるだけの大きな器がある。

だから彼らの分まで生き、彼らが成せなかった事を成さねばならない。



「あそこ見て、星の形がさ、まるで竜のように見える。僕はね、この世から竜の仕事を全て奪ってしまいたいと思うんだ。そうすればきっと、こんな悲劇は繰り返さないで済むと思うんだよ」


 ドラガンはじっと星々を眺め見ている。

ポーレもドラガンと同じ星を見ている。

ポーレにしがみ付いていたエレオノラは、いつの間にやら可愛い寝息を立ててぐっすり寝ている。


 ポーレは知っている。

かつて神童と謳われたポーレはその勉学の中で、人類の営みというのは愚かな行為の繰り返しである事を学んだ。

大昔から人類はものの奪い合いを行っている。

そして大昔から相手のものが欲しいという欲を満たすためにその相手を殺害してきた。

人対人が集団対集団になり、国家対国家になっていった。


 きっと竜の仕事が全て別の何かに置き換わっても人類はその代わりの何かの為に同じ愚かな行為をするだけ。

それはきっとドラガンの意図してはいない事であろう。

だがドラガンの意志とも意図とも関係無くそれは起こるのだ。

それが人類の歴史というものだから。



 ポーレがエレオノラを引き剥がすと、エレオノラの目と鼻と口から垂れた液体によって、ポーレの服はべとべとになっていた。

ポーレは苦笑いすると、ドラガンにエレオノラを渡し、服を洗ってくるから寝かしつけに行ってくれと頼んだ。


 網布団にエレオノラを寝かすとエレオノラは目を覚ましてしまった。

だが今度は目の前にドラガンがいる。


「大丈夫だよ。僕が傍にいてあげるからね。安心してね」


 ドラガンが頭を撫でると、エレオノラは何も言わず親指を咥えたままゆっくりと瞼を閉じた。

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