第49話 信仰

 オスノヴァ川の架橋工事が終わったことで、オスノヴァ侯爵領からも工員が派遣されてくることになった。

そのせいか驚異的な速さで建物が建ち始めている。


 そこにヴィシュネヴィ山の元山賊たちがやってくることになった。

最初に来たのはタロヴァヤで、チェレモシュネは最後に来ることになっている。


 タロヴァヤたちはプリモシュテン市に来ると真っ先にドラガンたちに挨拶した。

挨拶が終わると山賊たちは全員マチシェニに預けられ、その日から農民として働き始めた。



「まさか、あの時の泣いてた小僧がこんなに立派になっちまうなんてな。親分の先見の明も大したもんだぜ」


 タロヴァヤは少し瞳を潤ませてドラガンの肩を叩いた。


「タロヴァヤさん、もう山賊じゃないんだから『親分』は止めましょうよ」


 ドラガンは嬉しそうに微笑みかけた。

そうだったなとタロヴァヤも笑い出す。


 ここでは皆一市民。

親分も子分も無い。

皆で力を寄せ合ってこの街を作り上げていきましょう。

そう説明するドラガンに、本当に立派になったとタロヴァヤは優しい顔で頷いた。



 タロヴァヤは、工員宿舎を出るとそこで出くわした人物に思わず涙を零しそうになった。


「本当に無事で何よりだった。親分……チェレモシュネもいつも心配してたんだぜ」


 先ほどまで大泣きしていたエレオノラを抱いているアリサは、最初、それが誰かわからなかった。

タロヴァヤは処刑処理された後で髪を綺麗に切っており髭も毎日剃っている。

アリサは無造作に伸びた炎のような赤髪と口元を覆う髭がタロヴァヤの印象だったのである。


「もしかして山賊の副首領だった方ですか? 随分綺麗な恰好をされているから、誰かわかりませんでしたよ」


 アリサがその節はお世話になりましたと微笑むと、タロヴァヤは安心して頬を緩ませた。


「あの時の子たちも救い出して貰えて全員無事だ。そのうちこっちに来ると思う。約束通り預かりものはちゃんと返すぜ」


 嬉しそうな顔をするタロヴァヤにアリサは、山賊というのは随分と義理堅いのねと笑い出した。


「山賊の皆がそうなわけじゃねえ。俺たちが特別義理堅えんだ。それに俺たちはもう山賊じゃねえよ」


 アリサが笑っているとエレオノラが起き出しそうになり、可愛い声をあげた。

タロヴァヤはエレオノラの頭を優しく撫で慈愛に満ちた顔をする。

そんなタロヴァヤの顔をアリサは嬉しそうに見ている。


 本当にあの日の約束が実現できたんだ。

タロヴァヤを見てアリサはそう実感していたのだった。




 現在、プリモシュテンでは四つの産業が動いている。

一つはドラガンを中心とした建築事業。

二つ目はポーレを中心としたエモーナ工業の港湾改造業。

三つめがマチシェニを中心とした農業。

四つ目がアルディノを中心とした漁業。

それぞれ、ドラガンとアルディノがベレメンドエリア、ポーレがエモーナエリア、マチシェニがジャームベックエリアを拠点としている。

後々市場が出来上がったらジャームベックエリアを拠点にバルタがそれを管轄する事となっている。


 工員宿舎はベレメンドエリアにあり、ジャームベックエリアとエモーナエリアにも同じものができつつある。

この二つが完成した時点で、移民の受け入れを完全開始しようと言い合っている。


 だが、工事責任者のオラティヴが時期尚早だと猛反対した。

早く受け入れたいという気持ちはわかるが、その為には最低でももう三つ施設が必要。

一つは病院、もう一つは学校、残る一つは教会。

それに合わせて、それを運営する人も呼ばないといけない。


 食と住は最低限であり、街として機能させるにはその三つは必須だという事になった。

建物は最低限の物を立てれば済む。

なんなら学校は宿舎の一角でも良い。

だが、医師、教師、神父はそういうわけにはいかない。


 現在、医師は常駐してくれているが、あくまで領府ジュヴァヴィからの派遣であり、出張という形態である。

できれば専属の医師が欲しい。

教師はザレシエが経験者ではあるが、ザレシエは首脳陣でありそれどころではない。

神父に至っては各種族で一人づつ必要となる。



 ドラガンは一度エモーナ村に行き、各種族の者たちを呼んで、教会について意見を求めることにした。

その結果はドラガンからしたら非常に興味深いものであった。


 ドラガンたち人間は教会と神父はセットであり、教会に行くというのは神に仕える神父に会いにいくことである。


 ゾルタンたちドワーフは、『大地母神フード・アニャ』はキシュベール山に宿ると考えており、キシュベール地区を離れても遠くキシュベール山を心に馳せれば良いとされているらしい。

神社はあるし神職もいるのだが、地区から外に出た者は個々の信仰心に任されている。


 ザレシエたちエルフは、そもそも皆がそれぞれ思い思いの神を信じている。

一応、『フォルトゥーナ』『アパ・プルー』『ソレルイ』という三柱を主神とはしているし寺院もある。

だが地区から外に出た際は、木の板に気に入った神の絵を描いてもらい、それを祀れば良いとされているらしい。


 アルディノたちサファグンは、『モレイ・ボガット』は母なる海そのものという考えで、海に祈れば良いとされている。

仮に海の無い地域に行くことがあれば、海の水を何らかの形で汲んでいき、それを拝むことになっている。


 プラマンタたちセイレーンは多神教で、主神は『風神アネモス・ブロンティ』とされている。

だが正直、冠婚葬祭以外あまり神や神社を意識することが無いそうで、信仰という概念が希薄らしい。

熱心な信徒にはお守りを配っており、それを拝みなさいということになっているのだそうだ。


 アテニツァたちトロルは自然崇拝で、主神は『大地神ゼミリャ・ウラティ』。

信仰の形態は比較的サファグンに近い。

大地に顔を近づけ、神の声を聞けというものである。


 どの亜人たちも後々社を作ってくれればそれで良いというのが回答であった。

つまり最も神や神に仕える者を必要としているのは人間たちであったのだ。




 一通り予定を終え、翌日プリモシュテン市に帰るという段になった。


 スミズニー宅を出て、眩しい陽光を浴び大きく伸びをすると、非常に懐かしい声が聞こえてくる。


「よう、元気そうじゃねえか。久々だな」


 その声の主は、照れくさいのか少し口元を歪めドラガンから視線を反らしている。

だがドラガンの反応が気になるらしく、ちらちらと視線を動かしている。


「マイオリーさん!!」


 ドラガンは叫びながら走り出していた。


「随分と背がでかくなったじゃねえか。あの時は芋の樽に隠れられるくらい小さかったってのによ」


 ドラガンは泣き出しそうになる気持ちをぐっと抑え込んで笑顔を必死に作っている。

マイオリーの方は、ただただ照れくさそうにしている。


「よく俺の事忘れずにいてくれたもんだよ。裏切り者の俺なんかの事をよ」


 ドラガンは感動で中々声が出なかった。

マイオリーの卑下にも無言で首を横に振るだけだった。


「マイオリーさんが僕を逃がす為に投降したことはわかっています。だから、そんな風に言わないでくださいよ」


 ドラガンが泣き出しそうな顔をするので、マイオリーは肩に手を置いた。

あの時なら手は頭の上だったろうに。


「だったら俺も混ぜてくれよ。随分と楽しそうな事やってるみたいじゃねえか。まあ、俺はこれと言って何かできるわけじゃないけどよ」


 あの頃のまま何も変わらない。

顔も声も口調も性格も何もかも。

ドラガンはそんなマイオリーのはにかんだ笑顔に心が癒された。

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