第48話 黒幕
数日後、議会は再開となった。
最初にホストメル侯からブラホダトネ公の処分について諸侯に説明があった。
まずはアルシュタに調査団を派遣する。
その調査団の人選については、ここにいる諸侯からホストメル侯が選抜するということになった。
ヴァーレンダー公、マロリタ侯、ソロク侯、ゼレムリャ侯。
ヴァーレンダー公の派遣する調査員を主任として早急にロハティンに向かわせること。
これは国王レオニード三世の勅命とする。
もしブラホダトネ公が抗うのであれば残念ながら謀反ということで処分することになるだろう。
次回の議会では、その調査の結果を持って処分を決することにする。
長く拘束されたわりには、わずか二回の開催を持って春の議会は閉会となった。
「どうしたの、ザレシエ? 何か気になることでもあった?」
ザレシエはマーリナ侯の話を聞き、途中から何かを考え続けていた。
この三件の出来事の中で何か引っかかるものがあったらしい。
話が終わってからも考え続けているのでドラガンが尋ねたのであった。
「まだ私の中でも結論の出ている事では無いんですけどね、ここまでの話で、どうにも腑に落ちひん事がありましてね」
ザレシエが何を言い出すのか、ドラガンだけでなくマーリナ侯や家宰のデミディウも注目している。
その注目の中、ザレシエはドラガンに向かって一つの質問を投げかけた。
「カーリクさんは、『奴ら』の中の最も奥にいるんは誰やと思うてるんですか? ようは『奴ら』の真の黒幕です」
その質問はドラガンだけじゃなく全員の表情を固まらせた。
これまではブラホダトネ公と竜産協会の会長オラーネ侯ではないかと目されていた。
そして宰相ホストメル侯もその一味だと思われていた。
だがここに来てホストメル侯はブラホダトネ公を切ろうという動きに出ている。
だとすればブラホダトネ公は真の黒幕では無いということになる。
では一体、真の黒幕は誰なのか?
「私は実は、ロハティンの奴隷商ヤニフと、竜産協会のロハティン支部長スコーディルやと思うてたんです。ですけど、うちらがロハティンに潜入した時にヤニフもスコーディルも斬ったらしいんですわ。でもロハティンは何も動かへん」
ベレメンド村の村民を皆殺しにしてまで証拠隠滅を図るような奴らである。
普通に考えて何も動きが無いというのはいささか合点がいかない。
そこまで聞いたマーリナ侯は首を傾げた。
「実は首謀者は本当にその二人で、組織として機能不全になってしまったから動けないということではないのかね?」
マーリナ侯の意見はすぐにデミディウが否定した。
「なるほど、そういうことですか。普通それだけ巨大な犯罪組織であれば、その後釜を狙って醜い後継争いが発生するはずであると。それが無いということは殺された二人の後釜はすでに決まっている」
つまりはヤニフもスコーディルも組織の下部に過ぎず、真の黒幕は他にいるということになる。
そしてその者はブラホダトネ公のような貴族をも巻き込み、今ブラホダトネ公を蜥蜴の尻尾のように切り捨てようとしている。
デミディウの推理にザレシエは大きく頷いた。
「では、ヴァーレンダー公が推測しているように、レオニード王とホストメル侯が真の黒幕という事なのだろうか?」
マーリナ侯は腕を組みザレシエにどう思うか尋ねた。
それはそれで何かしっくり来ない。
ザレシエはそう感じている。
普通に考えて、国王――当時は王太子だったが――レオニード三世が己が私腹を肥やそうなどとするであろうか?
国王にしても宰相にしても、ある意味この大陸の最上位に立つ人物である。
そんな人物が果たしてそんなはした金を得ようなどと考えるであろうか?
ザレシエは口元に手を当て真剣に考え込んでいる。
「ホストメル侯なら考えるかもしれん。あの者も貴族であるからな。だが……確かに、私腹を肥やそうと考えたところで、竜産協会を巻き込んで犯罪拠点を作ろうなどとするかという話はあるな」
マーリナ侯の発言にザレシエは何かうすら寒い感覚を覚えた。
ここまで心の奥で何かが引っかかっていた。
その正体に薄っすらとだが気が付いたのだ。
「竜産協会の犯罪拠点は、アルシュタもロハティンも、支部の建物や競竜場が作られた時には、既に犯罪拠点として使う事を決めていたらしいいう話でした。つまり、何年前に建てられたんかは知りませんけど、竜産協会はその頃から脈々と犯罪行為を続けてきたいう事ではないのでしょうか?」
ザレシエの推理に、その場の全員が顔を強張らせた。
アルシュタの競竜場は建築からおよそ二百年以上経っていると聞く。
ロハティンの竜産協会の支部も建築から百年以上が経っているらしい。
当然、途中で何度も改修工事を行っているだろうし、その改修工事のどこかで収容所として利用し始めたのかもしれない。
だがだとしても、アルシュタで見た競竜場の作りは、最初から収容所として利用することを前提としているように見えた。
部屋の壁や天井が年季が入りすぎていたのだ。
まるで遺跡のように。
そこからすると、竜産協会の内部にその犯罪行為を継承し続けている奴がいるということになる。
「つまりザレシエさんは、竜産協会の幹部の誰かが人身売買や売春の元締めをしていて、それは何十年も前から代々受け継がれてきていると考えていると」
デミディウが結論をまとめるとザレシエは大きく頷いた。
「もしそうやとすると……ブラホダトネ公の身が危険かもしれません」
マーリナ侯が驚いてがたっと椅子を鳴らす。
「どういうことだ? 彼は『奴ら』の仲間なのだろ?」
話が見えなさすぎるとマーリナ侯がデミディウに助言を求める。
だがデミディウではなく、これまで黙っていたポーレがそういう事かと呟いた。
「ロハティンの調査の途中でブラホダトネ公が殺害される。『奴ら』はヴァーレンダー公の調査員に罪を被せる。最初から調査員はヴァーレンダー公の刺客だったとして」
ポーレの説明でマーリナ侯は今回の調査員の顔ぶれを思い出した。
ヴァーレンダー公以外の三人は共に正式にはヴァーレンダー公になびいていない貴族なのである。
とはいえ、最近ソロク侯はオスノヴァ侯と懇意にしている。
ゼレムリャ侯はほぼ取り込みに成功している。
残るマロリタ侯はブラホダトネ公の縁者である。
対処は可能。
マーリナ侯はそう判断した。
「すぐにヴァーレンダー公に書簡を出す。何事も無く終われば良いのだが……」
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