第47話 分析

 この時点でホストメル侯は一旦閉会とし残りは翌日にしようとしていた。

正直な話、ここまでの話だけでも今後をどうするか十分に検討すべき出来事であった。

だがヴァーレンダー公は、どうせ検討するのであれば自分の報告を聞いてからにしろと凄んだ。


 前回の議会の件から、ヴァーレンダー公が何を報告しようとしているのか、国王レオニード三世も宰相ホストメル侯も何となく察していた。

ブラホダトネ公への糾弾であろう。

その程度であった。

ところがヴァーレンダー公からの報告は、方向は同じであったのだが二人の想像を大きく超えるものであった。


 スラブータ侯に降伏した山賊を『戦利品』と呼んで強奪したこと。

スラブータ侯からの要請でロハティンに監査を行うことになったこと。

山賊の捕虜の中にいた少女を竜産協会に引き渡し麻薬を嗅がせていたこと。

少年は奴隷商に引き渡していたこと。

国法で禁じられている人身売買がロハティンでは日常的に行われていたこと。



「馬鹿な! 何かの間違いに決まっている。何か証拠でもあるのか?」


 報告を聞いたレオニード王は椅子から立ち上がり激昂した。

糾弾するにしても、いくらなんでもそんな世迷事のような話を持ち出すなど言語道断であろう。


「残念ながら、救出した奴隷の子たちと、商品として麻薬漬けにされた娘たちの多くは亡くなってしまいました。ですが一部は治療も進み、我々が無事保護しております」


 犠牲者が生きている。

これほど確かな証拠も無いであろう。


 であればいかなる擁護も不可能。

国法は国王よりも上と位置づけられており、ここで国法を曲げようということを言い出そうものなら、国王の椅子から引きずり降ろされてしまう。

自分が法の下で国王でいることを否定することになってしまうからである。



 レオニード王は助けを求めるようにホストメル侯をちらちらと見ている。

だが、ホストメル侯はそれに気付くと視線を反らしてしまったのだった。


「ヴ、ヴァーレンダー公はこの件、どのように処遇するが良いと考えるか?」


 苦し紛れにレオニード王はヴァーレンダー公に意見を求めた。

ブラホダトネ公の処分、そう言ってくるに決まっていると思いながら。


「本来であればブラホダトネ公の処分が妥当でしょう。ですが、根源がどこにあるかを探らぬ事には、再発防止にはなりません。まずはロハティンの内情調査。犯罪者は厳格に処断し、その上でブラホダトネ公の責任を問うのが良いかと」


 ブラホダトネ公の処分はするが時期尚早。

それがヴァーレンダー公の意見であった。


 だが、当然すぐに裁可できるような話ではない。

少し協議が必要であるから議会は一旦閉会とする。

レオニード王は少しよろつく足取りで議会を後にしたのだった。




 余程悩む提案であったらしい。

なかなか議会は再会されなかったのだった。


 貴族たちは、その間、毎日のようにヴァーレンダー公の屋敷に詰めかけて歓談して過ごした。

そんなある日、ヴァーレンダー公たちの元に城の門番から聞いたと執事が情報を入れてきた。

ベレストック辺境伯が病気を理由に自領へ勝手に帰還してしまったらしい。


「つい先日まであんなにピンピンしておったくせに、急な病だなどとわざとらしい」


 ボヤルカ辺境伯がすぐに机を叩いて憤った。


「ここは、急に帰らねばならぬ何かがあったと考えるのが筋でしょうな」


 コロステン侯はそう言うのだが、残念ながらコロステン侯もその『何か』まではわからない。


「突然帰ったということは、ブラホダトネ公の処分と関係があるのかもしれませんな」


 マーリナ侯もそう考えるというだけで、『関係』がわからない。


 そこから喧々諤々の議論になったのだが、その間じっと黙っている人物が二人いた。

一人はヴァーレンダー公。

もう一人はユローヴェ辺境伯であった。


「ユローヴェ辺境伯はどう考える?」


 それまでじっと周囲の発言に耳を傾けて続けていたヴァーレンダー公が尋ねた。

すると、それまで好き放題に喋っていた諸侯はユローヴェ辺境伯に視線を集中させた。


「これはあくまで最悪の予想だと思って聞いて欲しいのです。ですので気分を害する方がいたら先に謝罪しておきます」


 ユローヴェ辺境伯は先にそう前置きをしてから話し始めた。


 現在、議会を欠席している者は三名。

ロハティン総督ブラホダトネ公、オラーネ侯、そしてベレストック辺境伯。

この三諸侯を地図で見ると、ある領土を取り囲んでいることがわかる。


「私の領土か!!」


 スラブータ侯がぎょっとした表情で叫ぶ。

ユローヴェ辺境伯は無言で頷いた。


 そして大陸西部でここにいない諸侯は三人。

ドゥブノ辺境伯、マロリタ侯、ホストメル侯。

もしも、ナザウィジフ辺境伯領とスラブータ侯爵領が彼らの手に落ちてしまうと、大陸の三分の一を手中にされてしまうことになる。


「ドワーフたちがいるではないか。彼らは?」


 ナザウィジフ辺境伯がかなり焦った顔でユローヴェ辺境伯に詰め寄った。

その鬼気迫る態度に、あくまで仮想の話だからと、リュタリー辺境伯が落ち着くように促した。

半分ほどの年の者に諫められナザウィジフ辺境伯は苦笑いした。


「追い詰められて武装蜂起されたら、大陸西部の抵抗勢力は各個撃破されてしまうことになる。そうなったら、実質アルシュタの軍事力頼みの大陸東部では抗う事は困難になってしまうかも」


 ユローヴェ辺境伯の予測に一同はシンと静まってしまった。

しわぶき一つする者がいない。


 ここまでユローヴェ辺境伯の予測を聞いていたヴァーレンダー公は、今の奴らならそれくらいのことはやってくるかもしれんと呟いた。


「だが対応はできる。ホルビン辺境伯、コロチェンキー辺境伯、二人は早急に郷にセイレーンを飛ばし、二人の書面に私の書面を付けて、アスプロポタモス族長にセイレーンの派遣を要請して欲しい」


 多くのセイレーンをスラブータ侯爵屋敷に待機させ、有事の際に一斉に各地に飛んでもらい、一斉に軍事行動を起こす。

一度でもそういうことがあれば、奴らも容易には軍事行動ができぬようになるだろう。


「向こうが国を二つに割ろうというならば望むところだ。受けて立とうではないか!」

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