第46話 悪影響

 春の議会から帰ったマーリナ侯が、進捗状況を確認しにプリモシュテンにやってきた。


 思った以上に工事が進んでいてマーリナ侯はご満悦であった。

簡素な作りではあるものの既に家も何軒かできている。


 港には食堂ができており、コウトが朝も早くから食事を皆に振舞っている。

パンにソーセージを挟んで溶けたチーズをかけただけのものなのだが、これが実に美味であった。

お好みで好きなソースをかけて食べられるようになっており、毎日でも飽きずに食べられる工夫がされている。


 遠く南の一角ジャームベックエリアでは畑が作られている。

どうやら麦を植えているらしい。

すでに小さな芽がでている場所もあり、秋の収穫が楽しみである。


 あれは何の小屋かとマーリナ侯は尋ねた。

街から大きく外れた小川で何か丸い物がくるくると回っている。

ドラガンは貝殻を粉にしている小屋だと説明した。

ポーレに案内されマーリナ侯が小屋の中に入ると、臼に貝殻が入れられ、水車の力で杵が突かれている。


「何だこれは! これがあれば麦の製粉など寝ている間にできてしまうではないか!」


 聞けば、ジャームベック村でドラガンが作り、これは便利だとベルベシュティ地区に広く広まったものらしい。

エモーナ村でも作ったのだが、サモティノ地区では麦は煮ることが多く残念ながらそこまでは広まらなかったのだそうだ。

後でキドリーに言って広めさせないととマーリナ侯とデミディウは言い合った。



 残念ながらまだプリモシュテンには庁舎というものがない。

現状では工員宿舎の一角が応接室代わりである。


 マーリナ侯たちが席に着くと、レシアが人数分のお茶を淹れて持ってきた。

茶菓子はコウトにお願いして簡単な物を作ってもらった。


 マーリナ侯は茶を啜ると、茶菓子に出された何かの種をぽりぽりと食べ、これは何だろうとデミディウと言い合った。

ポーレ、ドラガン、ザレシエも苦笑いし、さあと首を傾げている。

コウトの作るものは旨いが材料がわからない物が多い。

まさか暴風除けのために植えてる松の実を炒ったものだなんて誰も想像できないであろう。


 


「ロハティンの件だがね、一歩前進したよ。ブラホダトネ公の処分まではされなかったが、ロハティンの支配権は取り上げられることになった」



 春の議会は貴族は全員出席が原則なのだが、ブラホダトネ公は病気を理由に欠席した。

さらにオラーネ侯も欠席であった。

オラーネ侯に至っては、前回の議会も途中で病気を理由に自領に帰ってしまっている。

普通であれば代理の者を出席させるべきところであろうに。



 秋の議会から春の議会に至るまでに、三つの大きな出来事が起こっている。

一つ目はヴィシュネヴィ山の山賊討伐、二つ目はそれに伴うロハティンの強制調査、三つ目はホストメル侯爵領のグレムリンの集落の探索。


 時系列的に最も古いホストメル侯爵領の捜索の話から行われた。



 ボヤルカ辺境伯とリュタリー辺境伯というベルベシュティ地区の二人の辺境伯とスラブータ侯の軍がホストメル侯爵領を目指して行軍することになった。


 オラーネ侯爵領から西街道を北に外れ、ベルベシュティの森を東に行軍。

オラーネ侯爵領からホストメル侯爵領に入ったあたりから広域の捜索を開始。

捜索三日目、ついに問題の集落を探り当てる事となった。


 粗末な木組みの建物が大木の木陰に建てられ、集落に立ち入った瞬間にえも言えぬ異臭がする。

用心深く建物の戸を開けていったのだが、残念ながらグレムリンは逃げ去った後であった。

集落の感じからして、逃げ去ったのは秋の議会が終わって一週間後くらいであろうか。


 ところどころ地面の下から、何か硬い物が擦れるようなカチカチという音が聞こえる。

なんだろうと地面を掘ってみると、大量の人骨が埋まっていた。

装飾品等は一切身に付けておらず、残念ながら身元はわからない。


 スラブータ侯爵軍のポジール軍団長は、一件の家に入り何か奇妙な感覚に襲われた。


 周囲の壁板がやけに綺麗に薄板に切られている。

よく見ると薄板には黒く変色した箇所がある。

天井に張られた布を剣で破ると、それが元々竜車の幌であることがわかった。


 とするとこの壁板は元々竜車の床板で、この変色は飛び散った血。

このぐねぐねと曲がっている戸締り棒はもしや誰かが使っていた杖ではないだろうか。

よく見ると先に宝石の埋め込まれた跡がある。


 さきほど破いた天井の布、そこに見覚えのある絵が描かれていた。

『二本の賢者の杖』の紋章、スラブータ侯爵家の家紋である。


「どれだけ探しても見つかるわけがない。中の人は闇討ちされ竜車ごとグレムリンの集落に運ばれていたのだから。祖父はやつらに食べられてしまったのだ……」


 スラブータ侯は机に両拳を叩きつけ、ホストメル侯を睨みつけた。


「私は知らぬ。我が領内にそのような集落があったことを私自身が一番驚いているのだから」


 帰ったらベルベシュティの森を一斉に山狩りさせる。

グレムリンは見つけ次第皆殺しにする。

亡きスラブータ侯へのそれが弔いであろうから。

ホストメル侯はスラブータ侯ではなく、国王レオニード三世に対し宣言した。

レオニード王はうむと頷くと、スラブータ侯にそれで良いなと尋ねた。


 良いわけが無い。

どう考えても、ホストメル侯がグレムリンたちに情報を与えて逃がしたに決まっているのだから。

見つけ次第と言ったが、見つけても見つからなかったことにするに決まっている。


 だが国王がそれで納得してしまっている以上、これ以上を求めるのは現段階では極めて困難である。


「我が祖父への弔いというのであれば、それなりの成果と報告を期待しても構いませんよね?」


 レオニード王は少し笑顔を強張らせ眉をひそめたのだが、改めて笑顔を作り直した。

ホストメル侯を信じようと促したのだった。

つまりは、何かしら成果を作ってこいとホストメル侯に命じたということである。



 次の報告は山賊討伐の件である。

報告者は引き続きスラブータ侯。

本来であればブラホダトネ公が報告するのが筋なのだろうが、欠席してしまっているものは仕方がない。


 スラブータ侯は山賊討伐の内容については淡々とその経緯だけを報告した。

だが問題はそこでない。

討伐の後の話である。


 レオニード王も宰相のホストメル侯もそこで報告は終わりだと思っていた。

だが山賊がいなくなったことで思わぬ弊害が出てしまっている。


 実は山賊たちは、通行人から巻き上げた略奪品以外に、山の危険生物を狩ってそれを売るということをしていた。

むしろ、そちらの割合の方が多かったかもしれないのだ。

山賊が討伐されてしまったことで、ヴィシュネヴィ山付近の街道に頻繁に危険生物が出没するようになってしまった。

山の北部に対しては、スラブータ侯の方で目撃例を元に討伐隊を派遣しているが、被害は後を絶たないのだそうだ。


 なぜ、街道警備隊はその状況を黙認しているのか?

スラブータ侯は宰相のホストメル侯を問い詰めた。


 実は原因ははっきりしている。

一昨年、街道警備隊はサモティノ地区に攻め込み記録的な大敗を喫している。

ほぼ半減。

その補充がまだできていないのだ。

そのせいで、本来の業務である街道の警備に大いに支障をきたしてしまっているのである。


 戦死した者たちの遺族への補償額が突然跳ね上がったことで運用資金不足に陥ってしまっている。

だからと言って、それが言い訳にならないことはホストメル侯が一番わかっている。


「近日中に対応を検討する。それまではスラブータ侯とオラーネ侯の方で何とか対応をお願いしたい」


 ホストメル侯はそう言ったのだが、残念ながらオラーネ侯が欠席してしまっている。


「ヴィシュネヴィ山が通れぬとなれば、王都は孤立することになってしまう。早急に対処をするように」


 レオニード王はホストメル侯に命じた。


 このボンクラはこの期に及んで王都の物資の心配しかできぬのか。

ヴァーレンダー公はがっかりした顔でぼそっと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る