第34話 職場
最後に将来的な話になった。
将来的には間違いなくどこかで『奴ら』と戦う時がくる。
『奴ら』がドラガンたちを不倶戴天の敵のように扱っている以上、『奴ら』がいる限りドラガンたちに安住はあり得ない。
だが『奴ら』の頭目は王弟ブラホダトネ公である。
困ったことに大陸最大の経済都市ロハティンを手中にしている。
ロハティンは貿易都市でもあり、キシュベール地区、ベルベシュティ地区、サモティノ地区が、ロハティンから撤収しても外国から物資を買い込むため兵糧攻めは効果が薄い。
おまけにその経済力に支えられ軍隊も精強。
さらに非常にマズい事に『奴ら』に竜産協会が付いてしまっている。
現状、どの地区でも竜の供給が無くなってしまうと生産効率は激減してしまう。
それどころか仕事が全くできないという人も出てしまうだろう。
つまり『奴ら』との争いに勝つためには『奴ら』から、竜産協会を引き離すことが必須なのである。
「極めて困難な話ですよね……」
「現状ではな。だが幸いなことに竜産協会の会長は持ち回り制だ。次の会長もロハティン総督にべったりとは限らないさ。『たまたま』今はロハティン総督の母の実家が会長をやっているというだ」
現在、竜産協会のトップである会長職にはオラーネ侯が就いている。
オラーネ侯は先王ユーリー二世の王妃エリナの弟で、現王レオニード三世、ブラホダトネ公の叔父である。
「じゃあ、オラーネ侯を竜産協会の会長から引きずり降ろせれば?」
「任期は八年。今年が七年目だから来年でオラーネ侯の任期は終わりだ。まずは次の会長選に期待するとしようか」
全員で昼食をとってから、ポーレはそれぞれを職場に案内した。
まず最初に万事屋を案内。
万事屋は人間の居住区の西街道に近い場所にあって、そこそこ大きな建物ではある。
ただ周囲の建物と同じくかなり年季が入ってる。
ポーレの話によると、この辺りは風雨が塩分を含んでいて、どうしても建築物が傷みやすいらしい。
その為、海岸沿いに松を植林し風雨を少しでも遮っているのだそうだ。
冒険者二人と別れると今度はスミズニー宅に向かった。
ポーレが家のドアをコンコンと叩くと、ドラガンより少し年下と思しき女の子が恐る恐るという感じで顔を出した。
「こんにちは、レシアちゃん。お父さん、もう帰ってるかな?」
「あ、デニスさん。父さんなら、お船の工房に行くって言ってましたよ?」
「そうなんだ、ありがとう。そうそう、この人が前に言ってたドラガン。よろしくね」
「えっ、あっ、あの……聞いてます。よろしくお願いします」
レシアはドラガンをちらりと見ると恥ずかしそうに地面を見つめ、耳を真っ赤にしてお辞儀をした。
ドラガンも少し照れながら、こちらこそよろしくとお辞儀を返した。
ポーレの話によると、レシアはスミズニーの一人娘なのだそうだ。
実は上に姉と兄がいたのだが、姉は幼い頃に病死、兄は漁に出て時化に遭い、海に落ちて行方不明になってしまったらしい。
ポーレたちは造船所へと足を運んだ。
事務室を見たが誰もおらず、工房の方へと向かった。
工房では数人が大きな船を囲んで何やら話をしている。
その中の一人は朝拝見したポーレの父アレクサンドルである。
アレクサンドルはポーレたちを一瞥すると、お出でなすったと正面の人物に笑いかける。
正面の人物は一同を見渡すと真っ直ぐドラガンの前に来て、お前さんがドラガンだなと丸太のように太い腕を肩に回した。
横からポーレが、よくわかりましたねとクスリと笑う。
「目だよ。何ていうかな、大事な人の死を乗り越えてきた者の特有の目をしてるんだよ」
いまいち何を言ってるかわかりませんとポーレは苦笑している。
お前さんも、そのうちわかるようになるとスミズニーは豪快に笑う。
だがアレクサンドルは、たまたま二択が当たっただけだろうと笑い出した
ドラガンが自己紹介をして、これからお世話になりますと頭を下げると、スミズニーはドラガンの体を品定めするような目で見た。
その後、肩、腰、足と触って、ふむうと唸る。
「こりゃ、だいぶ時間がかかりそうだな」
スミズニーはドラガンの肩を叩き、また豪快に笑った。
隣ではアレクサンドルもザレシエの体を触り、こっちは事務以外もやれそうだと笑いだした。
テテヴェンさんのところと話が付いてるから案内してやってくれと、スミズニーはポーレにお願いした。
わかりましたと承知すると、ポーレはザレシエを工員たちに紹介し工房を後にした。
ポーレたちは松林を抜け、砂浜を抜けてサファグンの居住区へと向かう。
サファグンは海の上に筏を組んでその上に建物を建てて生活している。
よく見ると所々に糸が垂らしてある。
これは何ですかとドラガンが聞くと、ポーレじゃなく通りすがりのサファグンのおじさんが、仕掛けだよと笑いながら教えてくれた。
サファグンのおじさんが糸を手繰ると、海の底から何か円柱状の網が見えてくる。
よく見ると、網の入口は内側に向いていて、外からは入れるが、中からは出づらい形状になっている。
網の中には、エビ、カニ、小魚が入っている。
それをバケツに移すと、おじさんは何か練ったものを網の中央の棒に塗り付けてまた海の底に沈める。
コウトが凄いと感動していると、サファグンのおじさんはエビの殻を剥き、コウトに食べてみろと手渡した。
恐る恐るエビを口に運ぶと、コウトは目を見開き旨いっと叫んだ。
おじさんは満足そうに、そうだろう、そうだろうと言って別のエビをドラガンに渡した。
ぷりぷりとした身が実に面白い食感で、噛めば噛むほど甘味が口に広がる。
旨い、ドラガンも思わず感想が漏れた。
アリサにもエビを剥いて渡すと、これ以上は夕飯に差し障るとポーレに笑いかけ、おじさんは家に帰って行った。
まずは食堂広場に足を運んだ。
食堂広場といっても、広い筏に申し訳程度の風よけが立てられているだけ。
広場を取り囲むように小さな屋台が立ち並んでおり、何人かの人が夕方の仕込みを行っている。
そのうちの一人にポーレは挨拶すると、コウトを紹介した。
そのサファグンはここの食堂広場の管理人で、先ほど見た屋台群のうちの一つの経営者でもある。
そのサファグンによると、この場所は、昼は食事処、夜は酒場になるらしい。
仕込みから販売まで全て店主の腕に任されていて、お客は各店の中から気に入った店に行き酒や料理を注文する。
給仕は屋台組合で何人か雇用していて、忙しい時は給仕が運んでくれる。
酒などは客がその場で受け取って席に持って行くことも多い。
屋台はいくつか空いているのだが、しばらくは雰囲気を掴むためにうちで下働きをしたら良いと言ってくれた。
コウトとは食堂広場で別れ、最後にポーレ、ドラガン、アリサの三人でテテヴェン宅を訪れた。
キリル・テテヴェンはかなり気難しそうな人で、年齢もかなりいっている。
老人といっても良い年齢の人物である。
かつては凄腕の漁師だったらしい。
だが寄る年波には勝てず、今は趣味で漁をしているような状態らしい。
お世話になりますとドラガンが頭を下げると、テテヴェンは無言でドラガンに近づき顔をじっと見つめた。
サファグンは目が異常に大きい人が多く、近くで見つめられると若干恐怖を感じる。
ドラガンが困り顔をして作り笑いをすると、テテヴェンは、船は乗ったことがあるかと尋ねた。
「いえ。生まれてこのかた一度も……」
「そうか。最初は、ぶちキツイじゃろうが慣れるまでの辛抱じゃ。我慢しんさい」
竜車に長時間乗ったような乗り物酔いを、船は慣れないとかなり短い時間で発症する。
特に疲労や寝不足の時は顕著に発症する。
不思議な事に、数秒揺れない地面に立つだけで船酔いは治ることが多い。
「船ってそんなにキツイんですか?」
「そうじゃのぉ。弱い人じゃと、うちらの筏でも酔うてしもうて吐く者がおるなあ」
ちょうどそこまで言うと、外で突風が吹いたらしく筏が大きく揺れた。
こんな具合だとテテヴェンが言うと、テテヴェンの奥さんもクスクスと笑い出した。
ところが筏の揺れは全然収まらず、テテヴェンの家は小刻みに揺れ続けている。
「えっ? こんなの慣れるもんなんですか?」
「しゃあなあよ。すぐに慣れるようになるさ」
ドラガンが引きつった顔でポーレを見ると、アリサが酔ったらしく気持ち悪いと言って口元を押さえていた。
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