第33話 会議

 まずは旅の疲れを癒してもらって明日ゆっくり話をしようと、ポーレはドラガンとアリサを自宅へ案内した。


 ポーレ宅に到着すると、ドラガンはムイノクたちを呼びに行った。

その夜六人は旅の疲れと過酷な旅が終わったという安堵感で、食事も取らず死んだように眠った。




 翌朝六人は夜明け前に叩き起こされることになる。

どうやらサモティノ地区の朝というのは、日出よりもかなり早いらしい。

ポーレの父も日出と共に始まる仕事に合わせ工房に出勤するそうで、まだ外は薄暗いというに出勤の準備でポーレ宅はバタバタしていた。


「申し訳ない。起こしてしまったかな?」


 眠い目をこすって起きてきたドラガンに、ポーレは爽やかな笑顔を向けた。

アリサもドラガンと同じ感じで起きてきて、ポーレの笑顔に顔を赤くして便所に駆け込んだ。


「今日は仕事休みにしてもらったから、朝食を取ったらゆっくり今後の話をしよう」


 ドラガンが客間に戻るとザレシエたちも目を覚ましていた。

アリサとエニサラは別の空いた部屋で寝ていて、旅の最中には一切しなかった化粧を二人ともしっかりときめて起きてきた。



 朝食を食べ終わると、ポーレは客間に六人を集めた。

客間が少し匂ったようで、ポールは苦笑して窓を開け空気の入れ替えを行った。


「今後のことを検討しなきゃいけないんだけど、闇雲に話しても埒があかないから、近い未来、少し遠い未来、将来的な話と、三つにわけて検討していこうと思うんだ」


 そう言ってポーレは会議を始めようとしたのだが、中々本題に入ることはできなかった。

まず、長い話になりそうだからお茶を淹れませんかと、アリサがポーレに切り出した。

ポーレもそれは気が付かなかったと台所に向かうと、アリサも一緒に付いて行った。


 ポーレはアリサに茶を注いでもらい、自分はイワシの干物を炙り茶菓子として出した。

イワシの干物など食べたことがないベルベシュティ地区出身の四人は、顔を見合わせ、恐る恐る味見をしている。

ドラガンも一口齧った。

干したことで魚独特の旨味が凝縮されていて、何かに漬けてから干してあったらしく、ほんのり甘味もある。

魚醤と酒の漬け汁に漬けたものを干しているとデニスは説明した。


 最初に炙ったものはすぐに無くなってしまい、ポーレは追加を炙りに台所へ向かった。

戻るとコウトが、このお茶も何か違う味がすると言い出した。

乾燥させた塩昆布を入れているこの辺特有のお茶だとポーレは説明した。

この辺りはお茶をよく栽培しているのだが、お茶は嗜好品であまり茶葉を多く使えない。

だから薄いお茶を誤魔化すために塩昆布で味を足しているのだそうだ。


 こんな調子で、やっと本題に入った頃には、皆、最初の話をすっかり忘れていて、ポーレはもう一度一から話をし直すことになった。




 まず明日以降の話から。

ドラガンたちに付いて来た四人は、もうジャームベック村には帰らないという決意で来ている。

その為、四人の職の世話もしないといけない。


 まずドラガン。

最初ドラガンにはポーレの仕事の補佐をしてもらう方向だった。

だがポーレの父アレクサンドルが反対したらしい。

そういう事情なら、なるべく岡にいない方が良いだろうという意見だった。

ポーレもじっくり考え、確かにその通りだろうという結論に至った。


「僕が懇意にしている船の親方がいてね。その親方がドラガンの保護者になってくれると言ってくれたんだよ」


 親方の名はヴァレリアン・スミズニー。

近海で漁業を営んでいる『バハティ丸』の親方である。

慣れないうちは海に出るのは厳しいと思うので、まずはサファグンに預け船に慣れてもらおうと思うと言っていったらしい。


 ついて来た四人のうちムイノクとエニサラは冒険者ということで、その二人は万事屋に登録することで問題ない。

コウトは料理人ということだからサファグンの食堂で雇ってもらう。

ザレシエは教師見習いということだが、学校に空きがないので、ポーレ造船に事務員として雇ってもらう。


 最後にアリサ。

ポーレはアリサの顔をじっと見て、何かを言おうとして躊躇っている。

アリサが首を傾げるとポーレは天井を見上げた。


「アリサさんの今後については、後で二人で相談しよう」


 アリサとエニサラはすぐに意味を理解した。

エニサラが顔を赤くしアリサの顔を見ると、アリサは少し目を潤ませていた。

ザレシエとコウトも、その二人の態度でどういう意味か察したらしい。

ただドラガンとムイノクは意味がわからなかったようだ。



 続いて少し先の話。

その話に入るとポーレは少し驚くことを口にした。


「実はこのエモーナ村一帯を治める領主ドゥブノ辺境伯は、『奴ら』の方に付いているらしいんだ」


 ドラガンの顔がその一言で非常に険しいものに変わった。


 このサモティノ地区はユローヴェ辺境伯とドゥブノ辺境伯によって治められている。

サファグンはサファグンの族長が治めている。

ユローヴェ辺境伯とサファグンはそれなりに仲が良く、ドゥブノ辺境伯はサファグンに対し敵対的。

恐らくエルフがサファグンを味方に引き込んだため、ドゥブノ辺境伯は正式にあちら側につくことにしたのだと思われる。


 ドゥブノ辺境伯自身はお世辞にも賢い人とはいえず、私腹を肥やすことしか考えていないような人物である。

そのせいで、ユローヴェ辺境伯領に比べドゥブノ辺境伯領は総じて貧しい。

とにかくくだらないことで税を取ろうとする。

あまりにも税制が複雑で、もはやドゥブノ辺境伯の執事ですら把握できていないフシがある。

領民ももはや限界と感じている者が多く、ユローヴェ辺境伯領やマーリナ侯爵領に引っ越す者が後を絶たない。


「つまり、奴が君たちを、はした金で『奴ら』に売り渡す危険があるということなんだ」


 だから二人には、一日でも早くこの村に溶け込んで貰いたい。

そうすれば村の人たちは君たちを守るという口実を得て、正式に領主に反抗する行動を取る。

この村は漁村で気の荒い者が多い。

そう簡単に脅しなどには屈しはしない。


 当然、業を煮やしたドゥブノ辺境伯は軍を仕向けてくるだろう。

だが普段が普段だから、領民の大半は辺境伯に背きこの村に付くことになるだろう。

大規模な領民反乱が起これば領主は責任をとって解任される。

それはこの国の法なのだから、ドゥブノ辺境伯に抗えることではない。

ドゥブノ辺境伯は小物だから、そのことに気付ければそれ以上手は出せなくなるだろう。


「そこまで上手くいきますかね?」


 そう疑問を呈したのはザレシエであった。

確かにこの国の法では、領民反乱が起こった場合、領主は解任されることになっている。

だが建国からこれまでその法が適用された事例は無いのだ。


「あくまで『その事に気づければ』だ。気付かない馬鹿の可能性も大いにある。だからその時が来る前に、周辺のお偉いさんの意思を固めておく必要があるだろうね。ドロバンツ族長がやったように」


 突然ポーレの口からエルフの族長の名前が出てザレシエは困惑した。


「ドロバンツ族長がやっていたことをご存知なんですか?」


「さっきもちょっと言ったけど、この地区は他と違って食事処や酒場をサファグンがやってるんだ。僕らはよく呑みに行ってるからね。そこで話を聞いたんだよ」


「賛同した貴族の方々もドロバンツ族長たちみたいなことになりませんか?」


 ポーレもスラブータ侯やリュタリー辺境伯の話は聞いている。

確かに同じような事にならないとは言い切れないだろう。


「無いとは言えないけど可能性は薄いと思う。さすがにあれはやり方が強硬すぎたからね。もう一度同じことをしたら、さすがに他の貴族から大反発を食って国が割れかねないと思うな」


 ポーレは話を一旦区切った。

お茶をひと啜りすると少し声のトーンを落とした。


「あの件でアルシュタ総督が新王たちに対し一線を引いたという噂があるんだよ。そのせいで『奴ら』以外の貴族も『奴ら』から距離を置き始めているらしいんだ」


 だからドロバンツ族長たちと同じ対策をする価値があるんだとポーレは説明した。

強大な相手には、強大な味方を作って対抗するしかない。

領民が領主に反抗し武器を研ぎ続けているこのドゥブノ辺境伯領であればこそ、気兼ねなく反抗できる。


「ここの領民は皆、君たちと気持ちは同じだと考えてくれ。我らは皆、同志なんだ」

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