第32話 漁村
「じゃあこれよろしくな! お前が言ったんだからな!」
「ありがとうございます……」
ムイノクがドラガンの前に荷物を置くと、ザレシエも同じようにドラガンの前に荷物を置いた。
エニサラもアリサの前に荷物を置くと、さっさと来なさいよと厳しい目で言った。
ドラガンとアリサは重い荷物を背負い、よたよたとした足取りで四人に付いていく。
ドラガンとアリサが街道警備隊を睨みつけると、隊長は非常にバツの悪そうな顔をする。
アリサを引っ張って来た隊員はアリサに、すまなかったと気まずそうに頭を下げた。
休憩所に泊まった客たちは街道警備隊のせいで可哀そうにと言い合っている。
あまりの居心地の悪さに街道警備隊は逃げるように引き上げていった。
コリンニャの休憩所が見えなくなるくらいまで歩いた辺りで、エニサラは立ち止まり泣き崩れた。
エニサラが嗚咽交じりに泣くのを見て、ザレシエとムイノクも泣きだした。
「ザレシエ、咄嗟によく思いついたわね。素晴らしい知恵だったわよ」
そう言ってアリサはザレシエの肩に手を置いた。
エニサラがアリサに抱き着き、申し訳ありませんでしたとわんわん泣いた。
「ザレシエ、助かったよ。正直もうダメかと思った」
ドラガンもザレシエの肩に手を回し、背中をぽんぽんと叩く。
ザレシエはドラガンに抱き着き、豪快に泣き出した。
「咄嗟のこととは言え……カーリクさんに手をあげてまうやなんて……」
「あれぐらい本気でやらなかったら、やつらは信じなかったさ!」
「しかし……しかし……」
ザレシエは膝から崩れ落ち四つん這いになって泣き出した。
ドラガンも隣にしゃがみ込み、ザレシエの背を叩いて慰める。
「おかげで危機を乗り越えられたんだ。ザレシエは命の恩人だよ。ありがとう!」
「やむを得ないこととはいえ、荷物まで持たせるやなんて……」
「命が助かったんだ。謝ることなんて何もない。さあ立って。せっかく助かったんだ。やつらが来る前にサモティノ地区に向かおう!」
エニサラもアリサに頭を撫でられ、良い演技だったよと褒められている。
エニサラは子供のようにアリサに抱き着き、服にしがみついて泣いている。
サモティノ地区までは歩くとまだ数日かかる。
その間一行は海岸の砂浜で野宿することにした。
冬のこの時期の砂浜は夜中は異常な寒さになるのだが、残り数日の辛抱だと励ましあった。
こうしてついに、一行の目の前にサモティノ地区が姿を現したのだった。
キシュベール地区は山の先にあるため、山を登ると眼下に広がっているように見える。
ベルベシュティ地区は森の中なので、近づいても全貌は見えない。
サモティノ地区は漁村の集まりである。
ギザギザした海岸沿いに張り付くように、横に長く村が連なっている。
近海には無数の船が漂っており、それぞれが漁業に従事している。
近場ではサファグンと思しき人たちが素潜りで海産物を採取している。
ベルベシュティ地区から来た四人はその光景に、完全に別世界だと目を輝かせた。
サモティノ地区は平坦な土地にあるため、目に見えても、そこまでの道はまだまだ遠い。
そこから半日ほど進み、やっとサモティノ地区に入ったのだった。
地区にはベスメルチャ連峰から流れる細い川が何本も通っており海に注がれている。
その川の水を利用し小麦を生産している。
サモティノ地区は小麦の栽培が非常に盛んで『キンメリア大陸の穀倉』と呼ばれている。
街道から見ると、まずこの一面の小麦畑が手前に広がって見える。
収穫時期には黄金色に輝いて見えるため『黄金郷』とも呼ばれている。
その一面の小麦畑の先に建物群が見えるのだが、陸に家が建てられているところは人間の居住区となっている。
サファグンの居住区は、海の上に筏を並べその上に家を建てているのである。
近くの村でポーレのいるエモーナ村の場所を訪ねた。
サモティノ地区に入ってからは、冒険者一行ではなくアリサが五人の主人ということにした。
アリサがエモーナ村に恋人を追ってやってきて、それを他の五人が護衛してきたということにしたのである。
その為この時も、エニサラが聞きに行き、それをアリサに報告するという形式を取った。
話によるとエモーナ村は、サモティノ地区の中でもかなり東の端にあるらしい。
サモティノ地区の中では小麦畑が狭く魚介の生息数も少なく、かなり貧しい部類の村らしい。
そんなところに嫁ごうとするなんて、あんたの主人も大変だなあと、エニサラが場所を聞いたおじさんは言っていた。
サモティノ地区は東西に非常に長く、一行が最初に立ち寄ったのは、かなり西に位置する村だった。
エモーナ村は地区でも東の端の方ということなので、そこからかなり歩くことになる。
サモティノ地区に着いたのは昼すぎで、途中街道から南に外れた場所で野営し、エモーナ村に着いたの翌日のそれも夜もどっぷりと更けた後であった。
「ここがエモーナ村……」
一行はこれまで見てきた村々に比べ、あからさまに寂れた村の様子に言葉を失った。
家は地区の西部に比べるとボロボロで、道もろくに整備されていない。
所々雨水が溜まっており、どこか魚の腐ったような匂いが漂っている。
村に入り宿を探そうとしたが人一人歩いていない。
恐らくは宿屋はおろか食事処も酒場も無いということなのだろう。
六人は、どうしたもんかと言い合った。
この状況で偶然家から出てきた人に何かを訪ねるのは、あまりにも不審すぎるだろう。
朝になれば人も活動するだろうから、どこかで朝を待つしか無いのではないか、そう言い合っていた。
するとドラガンが何かを思い出したように手をポンと叩いた。
「そういえば、ポーレさんって造船所の営業だって言ってなかったっけ?」
「ああ、言ってたかも。だから材木の買い付けに来たとかなんとか……」
アリサも思い出したようで、ドラガンを指差した。
「じゃあさ、海岸線の方に行けば作業場があるかもしれないよね!」
「そうね! 船を造るんだから、それなりに大きなのがあるかもね!」
ドラガンとアリサは四人を村の外に残し、二人で村の奥、海岸沿いまで様子を見に行った。
ドラガンの予想は当たっており、海岸沿いに少し大きめの建物を見つけた。
看板が打ちつけてあり、暗闇でよく見えなかったが『ポーレ造船』と書かれているように見える。
建物は海岸側の壁が無く、中に台車が置かれている。
だが人の気配は無い。
周囲には松脂の独特な匂いが漂っている。
砂浜から海上に漂うサファグンの居住区を眺め見る。
夜空は黒く広く、星が美しく瞬いている。
波の音が、繰り返し繰り返し騒めいている。
サファグンの居住区は、無数の筏が組まれていて結ばれている。
その上の小屋が波に揺られ、無数の光がゆらゆらと揺れている。
人間の居住区と異なり、サファグンたち居住区は生活の気配が感じられる。
その筏群から一人の人物が砂浜に降りた。
暗がりで顔がよくわからない。
その人影は徐々に人間の居住区の方に歩いて来る。
その人影は、こちらに気が付くと一度足を止めた。
何かを確認すると、砂浜をゆっくりとこちらに向かってきた。
「アリサ、ドラガン、よくここまでたどり着けたね。ようこそエモーナ村へ」
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