第26話 競竜場
ドラガンから報告を受けた憲兵総監のヴォルゼルだったが、相手が大物過ぎるから、さすがにそちらは後回しだと競竜場内部の捜査を優先させた。
競竜場の捜査は、協会支部の鎮圧の後から既に行われている。
支部に競竜場の鍵束があり、その鍵で正面玄関を開け内部に突入。
各部屋の鍵を開け徹底的に調べている。
だが、ここまで何の成果も出ていない。
そこに一人の憲兵隊員が現れ耳打ちをした。
ヴォルゼルがご苦労と短く労うと、隊員はまた持ち場に戻って行った。
ヴォルゼルはドラガンとザレシエに、支部長が屋敷を出たそうだと話した。
今、尾行させているらしい。
行き先がわかった段階で拘束する予定だと、にやりと口元を歪めた。
ではその前に競竜場の方を見てきますと言って、ドラガンとザレシエは数名の隊員を引きつれ競竜場へと向かった。
競竜場の作りは、知っているロハティンのものとは大きく異なっている。
そもそもロハティンのような芝生の競技場が無く、その部分が海である。
その競技場もロハティンのものと比べると半分も無い。
その分観客席も狭い。
純粋に規模が小さいと言って良いだろう。
ザレシエは最初から、あちこちを見て周るのではなく捜査の本部になっている部屋に行き競技場の見取り図をじっと見つめていた。
ドラガンは、あちこちの部屋を見て周っていたが、特にこれといって不審な点を見つける事はできなかった。
先ほどの協会の事務所と異なり、たった一点の痕跡も発見できない。
ここでは無いのかも。
そういう考えがドラガンの中に過った。
ドラガンは一旦そこで捜査を止めてザレシエの下へと戻った。
どうやら憲兵隊も同様だったようで、どの隊員もその顔に手詰まりという雰囲気を醸している。
全ての部屋の捜索が終わりましたと一人の隊員が報告してきた。
それを受け憲兵隊の捜索班の班長のような人物が、うむと短く返答。
どうやらこちらはハズレのようだ。
本部となった部屋ではそんな事を言い合っていた。
だが一人ザレシエだけが見取り図をじっと見つめて思案し続けている。
そんなザレシエに一人の隊員が見取り図を片付けても構わないか聞いてきた。
「何かがおかしい……」
ザレシエはその隊員に指摘した。
観客席の下に部屋がある。
観客席は多数の観客がそこに立ち、その振動に耐えうるように、本来であればその下には空洞は作らないはずである。
なのにこの図によると、観客席は所々にある大きな柱のような区画で支えられている。
明かりも入らない部屋。
そのうちの一つは金庫部屋となっている。
その他は資料部屋と物置部屋。
何故このような作りになっているのか?
もしかしたら観客席の下、この点々とある部屋の下に地下があるのではないか?
ザレシエの推測を聞いたその場の全ての隊員が見取り図に釘付けになった。
無言で顔を見合わせ頷き合う。
皆をそこに集合させましょうと進言する隊員をザレシエは制止した。
「多くの者が立ち入り踏み荒らしてまうと、痕跡が見つかりづらくなってまうかもしれん」
部屋の数はそこまで多くは無い。
少数の者で捜索した方が見つかりやすいかもしれない。
ドラガンはザレシエの説明に納得して頷くと、どの部屋が怪しいと思うか尋ねた。
ザレシエは、向かって一番左、方角的に一番西の物置部屋を指さした。
さすがに憲兵隊は軍隊である。
ドラガンたちが物置小屋に向かうと、隊員が壁際にびっしりと整列して立っていた。
そんな隊員を横目に、ドラガンとザレシエ、数名の隊員が物置小屋へ走った。
その他の隊員も、数名という単位で他の部屋を捜索にかかった。
だが、さすがに憲兵隊がさんざん捜索した後。
そうそう怪しげな場所は見つからなかった。
諦めの雰囲気が漂った時に、隊員の一人が、くそっハズレかと言って地団駄を踏んだ。
その音にザレシエはピクリと眉を動かす。
人差し指を口に当て、しっと息を漏らし、周囲に静かにするように促した。
こんこんと床板を叩き違いを確認していく。
床板はどこも、この辺一帯の建築によく使われている、浜砂に山の粘土、炭を燃やした灰、貝殻などをすり潰した粉を混ぜ、水で混ぜ、叩いて硬く固めた『
その下が土であれば鈍い音がするはず。
どこの板も低く鈍い音がする。
だがその一部に、周囲に比べ、どこか高い音のする板がある。
何か音が響いている気がする。
その隣の板を剥がそうと、床板に敷かれた床布の一枚を剥がし、隊員に持ち上げてもらう。
よく見るとその床布も不自然な位置で切れ込みが入っている。
ザレシエとドラガンは顔を見合わせた。
この下に何かある。
ザレシエは周囲にそう叫んだ。
何故わざわざこの板の上に隊員が物を置いたのか。
偶然か、はたまた……
ザレシエは隊員たちを疑惑の目で見回している。
入口で様子を見ていた数人の隊員がやってきて、周囲の床布を剥がすと、その下の床板だけ薄い事がわかる。
しかも何度も開閉しているようで、周囲の床板とはこすれて削れて隙間ができている。
その床板を剥がすと下に階段が見つかったのだった。
ドラガンとザレシエは階段を降りて行こうとしたのだが、憲兵隊の隊員に危険だと制されてしまった。
憲兵隊の隊員が入口で待機していた隊員に目で合図。
待機していた隊員は数名を伴い、腰の剣を抜き慎重に階段を降りて行った。
暗い階段を降りる隊員の靴音が響いてくる。
隊員の靴音が鳴りやむと、今度はぐわっという悲鳴が聞こえ、鉄のぶつかりあう音と男性の悲鳴が鳴り響いてきた。
地下にはそれなりの人員が詰めていたらしい。
階段下から、増援をという声が聞こえた後、ぎゃあという断末魔の声が聞こえてきた。
先行した隊員は全て斬られてしまったらしく、それ以上、声も音も聞こえなくなってしまった。
階段入口で待機していた隊長らしき人物が、部屋の外の隊員に突入準備と叫んだ。
すると外で待機していた憲兵隊が一列になって、順々に部屋に入って来て階段を降りて行った。
無数の鉄のぶつかる音を響かせた後、階段下から制圧完了という叫び声が聞こえてくる。
「囚われた女性を多数発見!!!」
その声にドラガンとザレシエは顔を見合わせ、急いで階段を降りていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます