第27話 ブシク総長

 観客席の下は巨大な人身売買の為の倉庫であった。

無数の檻が作られている。


 入口の狭さからして、ここが動物の檻とは考えにくい。

だとするとこの場所は、競竜場を作った時点でこのような商売を行う目的で作られた場所という事になる。

つまり何十年も前から女性を誘拐し売却するという行為が、綿々と行われ続けてきたという事になるであろう。


 倉庫の奥には人が一人屈んで通れるくらいの通路があり、その奥からは潮騒が聞こえて来る。

壁には鎖に繋がれた枷がいくつも付いている。

そのうちの一つに白骨化した腕が挟まっている。


 檻に囚われた女性の多くは人間で、その半数程度のセイレーンがいる。

人数は少ないがトロルもいる。

全員衣類は身に付けておらず、石畳に力無く横たわっている。

年齢はまちまちではあった。

中にはまだ学生と思しき年齢の者もいる。


 扉の付いた部屋があり、その扉を開けた隊員は吐き気をもよおし口元を押さえた。

ドラガンとザレシエが中を覗くと、数人の枷に繋がれた女性が性的な責めを受け苦痛に顔を歪めていた。

何か薬を使われたのか涎を垂らし恍惚とした顔をしている者もいる。

ドラガンとザレシエは顔を背け、その場を離れた。



 一通り見まわしたが、結局ペティアの姿はどこにも無かった。


 ドラガンとザレシエは監禁場所を後にし、競竜場を出てヴォルゼル憲兵総監の下へと向かった。

ヴォルゼルは既に隊員から報告を受けていたようで、ドラガンたちを見ると、まさか大昔から問題になっていた『神隠し事件』がこのような内容であったとはと、ため息交じりに言った。


 まだ終わっていませんとドラガンが言うと、ヴォルゼルはうむと頷いた。


 あの後、竜産協会の支部長スサニノが向かった先、それは軍令部総長ブシクの屋敷だったらしい。

スサニノは建物を訪れる寸前に拘束され、現在は憲兵隊の詰所で尋問を受けている。


 現在ブシクの屋敷には、竜産協会の事務所を捜索していた隊員の半数を向かわせ密かに包囲している。

ドラガンが見つけた人身売買のリストによるとブシクは、かなりの『お得意様』だったらしい。

以前から何度も女性を竜産協会から購入していた形跡がある。




 海軍軍令部総長――


 アルシュタ海軍はキマリア王国の正規海軍という位置付けになっている。

総責任者はアルシュタ総督。


 海軍の組織は大きく、司令部、軍令部、事務局に別れている。

司令部は実際に軍の行動を司り、事務局は予算編成など事務作業全般を司っている。

軍令部は兵員の人事および作戦立案を担当している。


 それぞれの長、司令長官、軍令部総長、事務局長は各組織の最高のポストとなっている。

難破しているドラガンたちを、訓練の一環として捜索したラズルネ司令長官が司令部のトップである。



 ドラガンとザレシエはヴォルゼルたちと共にブシクの屋敷へ急行した。

ここまでの捜査で、既に日付が変わりそうな時刻になってしまっている。


 憲兵隊員たちは、未だに屋敷を隠れて取り囲んで様子を見ていると言う状況だった。

それは到着したヴォルゼルも同様だった。

相手は軍のトップである。

ある意味、この街のナンバースリーなのだ。

もう一押しが欲しいところである。


 そこに家宰ロヴィーから一通の書面が届けられた。

それを見たヴォルゼルは、なるほどと何かを納得し、副官と二人でブシクの屋敷へ向かった。


 ロヴィーからの手紙はドラガンに手渡された。

中を見てみると、軍令部総長の姪をドラガンに娶らせようと思うから、夜分ではあるが密談をして欲しいと書かれていたのだった。

これをドラガンに見せるという事は、ヴォルゼルも、ここまでで何かしらドラガンに対し感じるところがあったという事だろう。



 ヴォルゼルは屋敷に入ると応接間に通された。

応接間までの廊下の途中で、鼻腔をくすぐるバナナのようなどこか甘い匂いを感じた気がする。


 応接間に入っても茶ひとつ出されずヴォルゼルは、かなり待たされる事になる。

やっと茶を持ってきた執事の男性にヴォルゼルは、中々ブシクが現れないがどうされたのかと尋ねた。

執事は一瞬表情を強張らせ、お休みになられるところだったので別の執事が呼びに行っていますと回答。

ヴォルゼルは、表面上はなるほどと返答したのが、起きているなら何故こんなに待たされねばならぬのかと指摘したい衝動にかられた。

だが、それをこの執事に言ったところで詮無い事であろう。


 暫くすると寝巻を身にまとったブシクが応接間に現れた。

入って来る際、廊下で感じたあのバナナのような匂いを感じた気がする。

顔が心なしか火照っているようにも見える。


 ブシクはソファーに腰かけると、こんな夜分にどんな御用かと面倒そうに言った。

夜分に来たという事は表には出せない密談に決まっている。

それにすら気付けないとは、余程思考が別の事に支配され余裕が無いという事だろう。


 総督からの密命だと言って、先ほどのドラガンの嫁の話をブシクにする。

するとブシクは、あんな小僧に入れ込んで総督閣下にも困ったものだと言い出した。

この段階でヴォルゼルは、ブシクが『クロ』だと感じた。


 ではこの話は無かったという事で報告しておくと言ってヴォルゼルは席を立った。

お待ちくださいというブシクの制止も聞かずヴォルゼルは部屋を後にした。

そして先ほど感じたバナナのような匂いを漂わせた扉の前に立った。


 追って来たブシクが、まあそう短絡的にならず、もう少し話をしましょうとヴォルゼルに言う。

その顔は明らかに焦っている。


 ヴォルゼルはブシクを無視し、そのドアを開けようとしたのだが鍵がかかっている。

見るとこちら側から鍵がかかるような鍵穴がある。

家の中で外から鍵がかかる部屋といえば座敷牢という事になるだろう。


 無理やりこじ開けようとするとブシクは、何をする気だと言ってヴォルゼルを押さえつけた。

すると随行していた副官が屋敷を飛び出し、大声で突入と叫んだ。


 待機していた憲兵隊員は一斉にブシクの屋敷に突入。

ブシクはその場で縛り上げられ、執事や家族も縛り上げられた。


 ドラガンとザレシエも一緒に屋敷に突入した。

入ってすぐにヴォルゼル同様、バナナのような匂いのする扉が気になった。


 鍵のかかった扉の鍵は、一通り屋敷内を探したのだが見つからず、無理やりこじ開ける事になった。

扉が開くとその先の通路から、より強いバナナのような匂いが漂ってくる。


 その先に階段がある。

ドラガンとザレシエは憲兵隊員に続いて、その先へと歩を進めて行った。

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