第28話 救出

 階段を降りた先にも通路があった。

通路の先を進んで行くと、どんどんバナナのような匂いが強くなっていく。

一番奥に重そうな扉がある。


 どうやら鍵はかかっていないらしい。

憲兵隊員が扉を開けると、強烈なバナナのような匂いが鼻腔を襲う。

何の匂いだとドラガンとザレシエは言い合った。

すると隊員の一人が媚薬の匂いと教えてくれた。


 部屋には何本も蝋燭が灯され、そのうちの一本がお皿の上で何やら薬品のようなものを温めているのが見える。

部屋に入り奥を見ると、ひとりの女性が裸にされ台の上に手足を枷にはめられた状態で寝かされていた。


 その豊満な体には、毛の代わりにサファグン特有の鱗が生えている。


「ペティア!!!」


 ドラガンとザレシエは、すぐにそう叫んだ。

だがペティアは完全に意識が朦朧としてしまっている。

目は映ろ、口から涎を垂れ流しており、息遣いが荒い。

所々鞭で打たれたようで細く腫れあがっている。


 ドラガンはすぐに枷を外そうとしたが、枷に刺さった釘が錆びていて中々外せない。

すると隊員が剣を抜き、枷についた鎖に切りつけ砕いてくれた。


 ペティアの身が自由になったのを確認すると、別の憲兵隊員が皮鎧の上にまとっていたローブを脱ぎ、ペティアに着せてくれた。


 すると、隊員の一人がこれは媚薬だけじゃないと叫んだ。

蝋燭の上の皿をどけると、ドラガンとザレシエに、その女性を連れ早くこの場を離れてくださいと指示した。

ペティアの体重は軽いとは言えど完全に脱力した状態で、抱えて移動するのは非常に厳しいものがある。

すると隊員の一人が腰に携えていたロープをペティアに巻き、ドラガンに背負わせるような形で編んでいった。


 ペティアと共に部屋から出ようとしたドラガンだったが、眩暈を起こしその場に倒れてしまった。

隣でザレシエも壁にもたれかけ座り込んでしまっている。


 結局、突入した憲兵隊員は、ペティア、ドラガン、ザレシエを抱えて一旦外に出る事となった。




 三人は憲兵隊員によって宿泊所へと担ぎ込まれていった。

ペティアについては、それなりに皆覚悟してた部分があった。

だが救出に向かったドラガンとザレシエまで倒れてしまっている。

その光景にアルディノたちは息を飲んだ。


 三人をそれぞれの部屋に寝かせると家宰ロヴィーは、憲兵隊員たちに何があったか尋ねた。


「大量の媚薬とそれ以上に大量の麻薬を嗅い込んだんです。我々は口元を布で覆っていたので大事ありませんでしたが、お二方はそうでは無く。それを長時間吸い込んだあの女性は……できれば早急に医師に診せた方が良いかと思います」


 ロヴィーはその報告に青ざめてしまった。

最も起きてはならぬ事が起きたと感じた。


 ドラガンたちは、ここアルシュタの賓客である。

その賓客を国家の重鎮が闇組織から購入し玩具にしようとしていただなんて。

これが世に広まればヴァーレンダー公の評価はガタ落ちである。


 クレピーに何か状況が変わり次第連絡をよこせと言って、ロヴィーは急いで総督府へと向かった。



 ヴァーレンダー公は報告を聞くと頭を抱えてしまった。


 ブシク軍令部総長がペティアに目を付けたのは、恐らく彼女たちがやってきて数日後の晩餐会の時であろう。

あの時ペティアは、あまり人が寄り付かなかった海軍上層部の席で酌をしていた。

特にラズルネ司令長官と嬉しそうに話をしていたのを覚えている。

よもやあの時、ブシクが目の前の女性を玩具にしてやろうなどと考えていたとは。


 全てを投げ出して村に帰るとドラガンが言い出しはしないだろうか、そうヴァーレンダー公はロヴィーに尋ねた。

ヴァーレンダー公は事件を目にしたドラガンの雰囲気が知りたかった。

だがロヴィーの報告は予想の遥か彼方のものであった。

救出の段階でドラガンも麻薬を吸い込み、今倒れてしまっている。

ヴァーレンダー公は言葉を失った。


 絶望的。

ヴァーレンダー公はそう感じた。


 すぐに都市の重鎮を呼び集めるようにロヴィーに命じた。

多くの者は寝ているだろうから明日一番で良いのではとロヴィーは進言。

だがヴァーレンダー公は頭を振った。


「寝ていても叩き起こせ! 一大事が起きたとわかるだろう!」


 ヴァーレンダー公はそう怒鳴って机を思い切り叩いた。




 それから数時間して、重鎮たちが続々と総督府に集まってきた。

時刻は日付を超えて二時間が経過している。

皆寝ていたところを叩き起こされ欠伸をしながらの登庁だった。

露骨に不機嫌な顔をしている者もいる。

だが大会議室に入り、ヴァーレンダー公の執事たちから事情を聞くと一瞬で目が覚めた。


 事件のほんの触りを聞いただけで、ラズルネ総司令官とベクテリー事務局長は冷や汗が止まらなかった。

開拓担当のユリヴは激怒し、ベクテリー事務局長に掴みかかろうとし周囲の者に取り押さえられた。


 そんな雰囲気の中、ヴァーレンダー公が会議室に現れた。

怒りで完全に表情が消えてしまっている。

ヴァーレンダー公が不機嫌そうに椅子に座ると、全員立ち上がり頭を下げた。


 そこに遅れてヴォルゼル憲兵総監が入室してきた。

ヴァーレンダー公はヴォルゼルに夜遅くまでご苦労であったと労った。



 ヴァーレンダー公に促され、ヴォルゼルがここまででわかった事を報告した。


 これまでアルシュタでは何十年も前から若い女性が忽然と姿を消すという『神隠し』という事件が起こっている。


 主に被害に遭っていたのは旅行者。

それと移住してきた者。

それ以外にも街で評判の美少女など。


 当然、これまでも必死に捜査を続けてきていた。

だがここまで何の痕跡も見つける事ができなかった。

誘拐されたと思しき場所を捜査しても遺留品一つ見つかっていなかった。


 殺害されたと考え、遺体の捜索範囲を森や山まで広げたりもしたが何も出なかった。

それもそのはず。

遺体は競竜場の地下の監禁場所で処理され海に捨てられていたのだ。


 調査の結果、竜産協会がかなり以前から人身売買を繰り返していた事が判明した。

競竜場の地下の監禁場所に古いイヤリングが落ちており、それが何十年も昔に失踪したと申告のあった少女の遺留品という事がわかったのである。


 ブシクはどうやらかなり太い客であったらしい。

家人の話によるとブシクは、女性を性的に乱暴する趣味があったらしい。

行為の前に強力な媚薬と吸引麻薬を蝋燭で焚き、それを吸わせる事で理性を飛ばすという事をしていた。

ブシクの妻もこの事は知っていたようだが、趣味は趣味と割り切っていたのだそうだ。



 そこまで報告するとヴォルゼルは資源管理部長ロゾバの顔を睨んだ。

これまで竜産協会に捜査に入ろうとすると、毎回資源管理部から猛抗議を受けそれ以上の捜査ができなかったと部下から報告を受けている。

現在、ロゾバの自宅と資源管理部へ立ち入って調査を行っているとヴォルゼルは報告した。


 ロゾバは顔面蒼白となり、がたっと音を立て椅子から勢いよく立ち上がった。

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