第29話 逮捕
一通り報告が終わるとラズルネ司令長官とベクテリー事務局長は椅子から立ち上がりヴァーレンダー公の前に進み出た。
責任をとって職を辞したいと考えると悲痛な顔で申告した。
「それは何か? お前たちもブシクと同じ事をしているという事か?」
ヴァーレンダー公の言葉にラズルネとベクテリーはびっくりして、滅相も無いと言って首を横に振った。
身内からこのような不届き者を出したという責任だと言うと、ヴァーレンダー公はギロリと二人を睨んだ。
「お前たちの部下や奴の部下の中に奴らの顧客はおらんだろうな?」
目の前の二人にドスの効いた低い声で尋ねた。
二人はすぐにその言葉の意図に気付いた。
現職の自分たちが責任を持って聖域の無い調査を行えという事である。
三長官が辞め新任の長官たちでは執行力に欠ける。
現職の自分たちであればこそ強力な執行力で調査が行えるという事である。
「さっそく帰りましたら徹底調査をさせます!」
二人は恐縮して深々と頭を下げた。
開拓担当のユリヴが沼地の開拓の件は今後どうなるのかとヴァーレンダー公に尋ねた。
ヴァーレンダー公も現状で一番の気掛かりな点がそれである。
総督府をあげた特別事業。
しかもユリヴの報告によると順調に良い結果が出ている。
数年後にはアルシュタの食料事情は劇的に変化しているかもしれないのであった。
だが今回、その最大の協力者ドラガンの仲間が害された。
ドラガンがこの件を理由に村に帰ると言い出しても引き留める術が無い。
ドラガンは沼の事業が気がかりだからと言って戻って来てくれたにすぎないのだから。
それをこういう形で、その善意を踏みにじった形になった。
何か良い案は無いか。
ヴァーレンダー公は一同の顔を見渡した。
だが全員周囲の者と目配せをし首を傾げただけで、たった一つの案も出なかった。
お手上げ、絶望的。
そんな言葉が飛び交った。
憲兵隊の詰所に連行されていったロゾバ資源管理部長の座っていた席を睨む者もいた。
結局その件については答えが出ず、一度持ち帰りそれぞれで思案するという事で、深夜に緊急で招集された会議は解散となった。
自室に戻ったヴァーレンダー公は精神的にかなり疲労していた。
統治というものは、かくも上手く進まないものなのかと大きくため息をつく。
ソファーに腰かけ天井を仰ぎ見ていると部屋に妻が入ってきた。
手には盆を持っている。
「少しお酒を入れて、一度お休みになられてはいかがですか? 疲れた頭では何も良い案は浮かびませんよ」
そう言って妻のアリーナはニコリと微笑んだ。
さすがに総督府である。
アリーナにも情報が入ってきたらしい。
酷い話もあったものねとアリーナは言った。
まるで自分が責められている気がして、ヴァーレンダー公は酒をくっとあおった。
「今日から暫くの間、わたくしが、あの方たちの元に参ろうと思いますけどいかがでしょう?」
アリーナの言葉にヴァーレンダー公は思わず酒を呑む手を止めた。
私が飛び込んで行って食卓を共にすれば、きっと彼らも簡単に帰るとは言えないはず、そう言ってアリーナは優しく微笑んだ。
あの方たちに興味もありますから。
誰かからの入れ知恵かとヴァーレンダー公は尋ねた。
アリーナは小さく首を横に振った。
アルシュタの大事、私も何か手伝えることは無いかと、ずっと家宰ロヴィーに申し出てはいたのだそうだ。
だがこれまで、お手を煩わせなくても問題はないと言われ続けていた。
今回の件を耳にして、ここが私の役割だと感じたのだそうだ。
彼らの下に行かせる事については、気苦労こそあれ恐らく何の危険もないであろう。
それによって彼らを引き留められるというなら最良の手にも思える。
問題は彼らから悪態をつかれ、病んでしまったりしないだろうかという点である。
だが総統府をあげての大事業が頓挫するか否かの瀬戸際である。
背に腹は代えられないかもしれない。
ヴァーレンダー公は妻の顔をじっと見て酒を一口口にした。
アリーナは少し首を傾げてニコリと微笑む。
「……すまぬな」
ヴァーレンダー公はアリーナから目を反らして謝罪した。
「あなたにできなくて、わたくしにできる事があるんですよ。こんな事滅多にある事じゃありません。きっと、あの方たちの心をここアルシュタに繋ぎとめてみせますよ」
一方その頃、憲兵隊の詰所は、ある意味戦場の様相を呈していた。
押収された資料は膨大であり、事務員たちは通常よりも何時間も前に出勤となり、その資料を全て精査していった。
竜産協会の支部の幹部を全員引き立てて来いとヴォルゼル憲兵総監が命じた事で、あっという間に拘束部屋は一杯となった。
さらに、発見された顧客名簿を元に顧客の屋敷に一斉に突入を敢行。
顧客の多くは資産家や国の重責にある官僚だった。
ロゾバ以外にもリーセ裁判長も顧客の一人であった。
先ほどの会議でロゾバが逮捕された時、一体どんな気持ちでいたのだろう。
また現職だけでなく、歴代の資源管理部長、裁判長も顧客の一人であった。
その中の人物名に憲兵隊に激震が走った。
前憲兵総監の名があったからである。
また前憲兵総監の部下だった人事部長の名もあった。
この二人はどうやら憲兵隊から情報が洩れていたようで、逃亡用の荷物を纏めているところに突入され逮捕された。
買われた女性の一部は惨い姿で監禁されていたところを発見された。
女性たちは麻薬と媚薬でほぼ例外なく精神が壊されていて廃人となっていた。
被害者の女性たちをどうするか、扱いが非常に難しいところであった。
この状態で家族の下に戻してしまって果たして良いものかどうか。
競竜場の地下に拘束されていた女性たちは、そこまで精神は壊されてはいなかった。
だが長い時間をかけて暴力で支配されていたらしい。
どの娘も酷く怯えていて、助かったんだよと隊員が言っても、何度もごめんなさいと謝り続けたり、手足をばたばたさせて何とか逃げようとしたりした。
ヴォルゼルは、被害にあった女性たちの惨状を見て一つの決断を下した。
昼過ぎ総督府を訪れ、その決断の許可を総督に取り付けたのだった。
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