第25話 竜産協会

「僕も行きます」


 ドラガンは家宰ロヴィーにそう進言した。

だがロヴィーは眉をひそめ危険すぎると許可しなかった。

ザレシエも行くと言ったが首を横に振られてしまった。


 憲兵総監のヴォルゼルは、ここに来るまでに、どうやらドラガンたちの話を聞いてきたらしい。

二人くらいなら守り通してみせると、いかつい髭面をロヴィーに向けた。



 ヴォルゼルはロヴィーに連絡の中継を頼むと、新たに招集した憲兵隊員と共に競竜場へと向かった。

ドラガンもベアトリスとレシアをアルディノに任せ、ザレシエと競竜場へ向かった。

ドラガンとザレシエには、それぞれ憲兵隊員の中でも、かなり屈強そうな隊員が護衛に付く事になった。



 競竜場の前に集合すると、まず隊員数名で隣接する竜産協会の事務所を訪ねた。

事務所から建物の警備をしている者が顔を出すと、隊員は御用改めだと通告した。

警備員は焦って、支部長に連絡をするので暫くお待ちいただきたいと、隊員が建物に入るのを妨げた。

すると隊員たちは剣を抜き、歯向かうのであれば斬ると脅した。


 警備員は腰を抜かし大声で皆来てくれと怒鳴った。

すると、奥から警備員がわらわらと出てきた。

皆腰に剣を帯びている。


 何の御用改めであるかと、警備員でもひと際年配の者が凄んだ。

隊員は、誘拐の捜査である、内部を改めさせてもらいたいと申し出た。


「ここは竜産協会の管理でありアルシュタの関わって良い場所ではない!」


 警備員は腰の剣に手をかけて再度凄んだ。


「ここアルシュタに総督府の権限の及ばぬ場所なぞ無い!」


 隊員は外の憲兵隊に聞こえるように大声で一喝。


 待機していたヴォルゼルは、やはり力づくかと呟いた。

それが聞こえた副官は小隊長に指で合図を送った。

小隊長は一隊を率いて事務所へ向かって行く。


 複数の金属のぶつかる音が聞こえてくる。

ヴォルゼルはザレシエの顔を見てニヤリと口元を歪め、当たりのようですなと言ってクスリと笑った。


「競竜場も強制執行しろ!」


 そうヴォルゼルが命じると、本体の幾人かを除き、憲兵隊員が一斉に競竜場へ突入を開始。


 暫くすると事務所の方から隊員がやって来て、鎮圧が完了したと報告してきた。

ヴォルゼルは短くご苦労と言うと、隊員は引き続き捜査に移りますと述べ戻って行った。


 ドラガンとザレシエも隊員を追って事務所へ向かった。

中々に激しい攻防があったようで、何人かの警備員の死体が散乱している。

隊員にも何人か負傷者が出たようで、建物の外で看護を受けている。



 事務所は四階建て。

それなりに広い事務所でロハティンの事務所同様一部署で一部屋という感じの作りになっている。

ザレシエは一階の各部屋を注意深く探っている。


 ドラガンは、まず警備員の控室に向かった。

すると討ち漏らしの警備員が、ドラガン目掛けて短剣を突き立ててきた。

護衛の憲兵隊員がドラガンの前に立つと、剣も抜かず、短剣を持った警備員の腕を掴む。

次にその頭を鷲掴みにすると頭を無理やり下げさせ、顔面を思い切り膝で蹴った。

声も出せずふがふがと変な音を立てている警備員の腹部を、憲兵隊員は思い切り踏みつけた。

憲兵隊員は表情一つ変えずドラガンの顔を見て、気にせず捜査をお続けくださいと促した。


 こっちの人の方がよほど怖い。

そう感じながら捜査を再開しようとしたドラガンの視界に一枚の紙が目に入った。

焦ってその紙を手に取ると、間違いなくペティアの描いた絵であった。

憲兵隊員にその旨を伝えると、間違いないのですかと聞いてきた。

絵の事はいまいちよくわからないが、船の中で見たペティアの絵に雰囲気がよく似ている。


 そこから隊員間で何かしらの情報のやりとりがあったらしく、一斉に絵の捜索が始まった。

だが結局、警備員の控室周辺以外からは何も出て来なかった。


 ドラガンは少し考え最上階の支部長室に入った。

支部長室は、大きな机と接客用と思わしき大きなソファーが二つ置かれているだけの質素な部屋であった。

机を調べようと袖机の引き出しを開けようとしたが鍵がかかっている。

すると憲兵隊員が剣を抜き引き出しの隙間に剣を突き立て差し込んだ。


 引き出しの中の書類をパラパラと見ていったが、決算の報告書や顧客情報といった、これといって特に問題にもならない書類しか出てこない。

だが一番下の引き出しから鍵のかかった平べったい箱が出てきた。

憲兵隊員がまたもやそれを剣でこじ開けた。


 そこから出てきた書類にドラガンは戦慄を覚えた。

人の名前、種族、年齢、推定金額、容姿評価が書かれている。

一枚二枚などという枚数では無い。

何十枚という枚数だったのだ。

中には『破損』や『故障』『破棄』などと書かれた書面もある。

半数は『売約』と書かれているが、何も書かれていない書面も多数ある。


 値段を見ると人間は比較的高額、サファグンはかなりの高額、セイレーンはそこそこ、トロルはかなり格安に設定されている。

その紙束から一枚、真新しい書類がこぼれ落ちる。

それを拾い上げると名前にペティア・ムグリジュと書かれていたのだった。

値段はパラパラと見た他の娘たちより各段に高い。

容姿評価は最高級、さらに『売約』となっている。


 『売約』の文字にドラガンは再度戦慄が走った。

今日の今日で早くも売約。

つまりは、この書面が作られたのは昨日より前という事になるだろう。

という事は、売る事が決まってから誘拐したという事になる。


 それを憲兵隊員に話すと、憲兵隊員はかなり驚いた顔をし総監に報告しましょうと言った。

ドラガンはザレシエにもその事を話した。

ザレシエは何度も頷くと少し考え込んだ。


「だとするとペティアさんは、今、監禁場所にいるか売却先にいるかいう事になるんでしょうね」


 そう指摘されドラガンは書面を注意深く見る。

売却先に記載がある。

そこに書かれた『ルスラン・ブシク』という名前をドラガンが読み上げると、周囲から動揺の声が起こった。

ヴォルゼルにどうしたのかと尋ねると、ヴォルゼルはかなり言いよどんだ。


「その方は、海軍軍令部総長様です」

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