第6話 酒宴
エモーナ村は辺境伯とのひと悶着で空き家が多い。
それ以前に夜逃げした人たちの空き家は風化して現在は更地になっている。
空き家は古いものは取り壊され、比較的新しいものは万事屋が管理し、イリーナが窓口となり無償で貸したり冒険者の宿舎として利用している。
イリーナは何気に事務能力が高く、持ち込まれた依頼に対し過去の依頼内容を参考に必要人数を把握し適正な値段を提示している。
これまではそういった事は冒険者側が判断していた。
だがイリーナが間に入った事で報酬が安いのに厳しかったとか、明らかに報酬が高すぎるなどといったことがほぼ無くなった。
もはやすっかり万事屋の大黒柱のような存在になっている。
今回アルシュタから来た六人のうち、プラマンタの婚約者ニキ以外は当面は冒険者に登録し、万事屋から依頼を受けて生計を立てることになった。
五人はガチガチに緊張し万事屋へと向かった。
そもそも五人の中で冒険者の経験があるのはイボットのみである。
そのイボットが、散々に過去の万事屋での出来事を残り四人に吹いたのである。
万事屋の主人に腕前を見せろと言われぼこぼこにしごかれた話や、仕事が欲しいと言っても実績が無いと言われ仕事が貰えず、万事屋から金を借り、それを返す為に仕事をやらされていたなど。
ベアトリスがクスクス笑って、うちはそんな事しないと言ったのだが、イボットは真顔で覚悟しろと脅し続けた。
だが受付に入ってイボットは面食らった。
普通万事屋といえば完全な男所帯で、小汚い料理屋にこれまたぼろい窓口と相場は決まっている。
なんなら大昔に誰かがこぼした酒のつまみがカピカピになって床に落ちているものである。
例え女性冒険者がいても、彼女たちも依頼中はその辺で寝泊まりする事が多く全く気にしない。
それがどうだ。
ここの万事屋は非常に掃除が行き届いている。
およそ万事屋とは思えないほど非常に清潔に保たれているのである。
窓辺には花まで生けてある。
しかもどこか良い匂いまでしている。
ベアトリスの話だと、確かにイリーナとベアトリスが来た時はイボットの言うような感じだったらしい。
エニサラもすっかりその雰囲気に馴染んでしまっており、それを不思議とも感じていなかった。
そんなエニサラをイリーナは叱った。
「仕事柄、冒険中そう言った事に無頓着になりがちなんはやむを得ない。だけど帰ってきたらちゃんと気持ちを切り替えなさい!」
イリーナに叱られたのはいつ以来だろうとエニサラはしゅんとした。
そこからイリーナ、ベアトリス、エニサラ、万事屋の主人の奥さんの四人で徹底して事務所を綺麗にした。
すると近隣の村から、最初に女性冒険者が所属替えを希望してきた。
万事屋の主人はかなり戸惑った。
だが、女性冒険者たちから、受け入れてくれないなら冒険者を辞めると言われ、渋々受け入れる事にした。
すると今度は近隣の村からも依頼者が来るようになった。
他の村の万事屋では冒険者の数が少なく、いつ依頼をこなしてくれるかわからないからという理由だった。
結局、周辺の村は万事屋を廃業。
エモーナ村の万事屋に吸収される事になったのだった。
五人の登録が済むと次は実力の検査だった。
さすがに、イボット、アテニツァ、クレニケの三人は武芸に覚えがあり余裕であった。
問題はセイレーンの二人。
それでも力自慢のエピタリオンはまだマシであった。
プラマンタは酷かった。
結局イボットが事前に言ったようにプラマンタはボコボコにしごかれた。
その夜、エモーナ村のサファグンの居住区にある食堂でドラガンたちの慰労会とアテニツァたちの歓迎会が派手に行われた。
その中でドラガンがレシアと結婚したことが報告された。
慰労会には祝賀会まで追加になり大盛り上がりになった。
現在、エモーナ村の村長はポーレの父アレクサンドルが務めている。
アレクサンドルはビールを呑みながら、気が付いたらエモーナ村は非常に大きくなったとドラガンに言った。
村の面積は変わってはいない。
人口も増えたとはいえそこまでではない。
周辺の村々との結びつきが非常に強くなったというのだ。
例えばエモーナ村にあった漆工房は隣村の立派な建物を改築しそこに移った。
港は各村にあるが市場はこれも別の村に集約された。
エモーナ村にはその分大きな万事屋ができた。
こうした協力合併のおかげで、より大きな規模で色々な事ができるようになったのだそうだ。
「このビールの醸造所なんて規模が四倍になったんだぞ。元々味に定評のあった醸造所が大きくなったからな。来年の開封日が楽しみで仕方がない」
これで大増税さえなければ。
皆、言う事はそれであった。
ドラガンとポーレが座っている卓に、お久しぶりですと言ってバルタとボロヴァンがやってきた。
バルタはどうやらあまり酒が強くないようで顔を真っ赤にしている。
「話はマーリナ侯から伺いました。色々と大変でしたね」
ドラガンの労いにバルタは苦笑いした。
ボロヴァンもやるせないという表情をしている。
「我々も悪かったのです。あまりにもビタリー様の心情を蔑ろにしてしまっていたんです。『私も貴族だ』と言われた時、正直がっかりしました。ビタリー様も私たちと同じ景色を見てくれていると思ってましたので」
貴族は所詮貴族、領民を自分のために金を吐き出す壺としか思っていない。
我々にも生活がある事をご存知無いのだ。
そう言ってバルタは酒を一気にあおった。
「このエモーナ村とその周辺の取り組みは非常に学びがあるとボロヴァンと言い合っていました」
各施設の規模が大きくなればより大きな仕事ができるようになる。
そうなればより大きな取引ができるようになる。
より多くの税を生むようになる。
それをドゥブノ辺境伯領全体に広げていければ。
無念ですと言ってバルタはまた酒を呑んだ。
ポーレから飲みすぎだと注意され、バルタはぽろりと涙を流し口元を押さえ筏の端に駆けて行った。
「実際ドゥブノ辺境伯領の経済は明らかに上向いとったんじゃ。急上昇じゃった言うてもええ。あのまま行きゃあ、げに数年でビタリー様もそれなりに裕福な生活ができたはずじゃったのに……」
『大馬鹿野郎』
ボロヴァンはそう言ってビタリーをなじった。
バルタ様がどれだけ苦労されていたか知らないで。
バルタ様がどれだけドゥブノ辺境伯領の皆の事を考えていたか知らないで。
バルタ様がどれだけビタリー様の事を考えていたか知らないで。
ボロヴァンはポロポロと涙を流しながら椰子酒を飲み干した。
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