第12話 新事実

「ヴァーレンダー公。宰相が確認すると言っているのだ。そうあちこちに嚙みつかず確認の結果を待ってはどうか」


 国王レオニード三世がヴァーレンダー公を窘めた。

国王の一言でそれまで興奮して起立してた貴族たちは着席した。


 父殺しが偉そうに。

ヴァーレンダー公は内心そう蔑んで国王を睨みながら着席した。


「次回の議会は確認が済んでからとなりますので追って連絡いたします。では本日の議会はこの辺で閉会させてください」


 宰相ホストメル侯が貴族たちに案内すると幾人かの貴族から拍手が聞こえた。


「皆の衆、特に先ほど宰相に異を唱えた方々。グレムリンに寝首を掻かれぬよう戸締りと護衛を厳重にな。諸君たちもスラブータ侯のようにこそこそ粛清されるのは嫌であろう?」


 ヴァーレンダー公が大声で忠告すると議会はざわついた。


 スラブータ侯の件は出席者で知らぬ者はほとんどいないだろう。

ただし公式発表は行方不明となっている。

だがヴァーレンダー公は今それを『粛清』と言った。


「いい加減にしないかヴァーレンダー公! ここは神聖な議会であるぞ!」


 レオニード三世が激昂し机を叩いた。


「これは失礼。以前私の屋敷に救いを求めてきた宮廷警備隊を、深夜にグレムリンを寄こされて暗殺されていましてな。それで注意を喚起したまで。議会を汚したなど滅相も無い事ですよ」


 レオニード三世はヴァーレンダー公を鬼の形相で睨んだ。

まるで歯ぎしりの音が聞こえてきそうであった。

ホストメル侯から退室を促されると、レオニード三世は真っ赤な顔で議会から退出した。


 続けてホストメル侯が退室すると、それを追うようにオラーネ侯、マロリタ侯、ベレストック辺境伯が退出していった。

だが他の貴族はなかなか退出しなかった。

特に侯爵は全く退出しなかった。



 ヴァーレンダー公がコロステン侯と退出しようとすると一人の貴族が立ちはだかった。


「ヴァーレンダー公、お聞かせください。先ほど言っていた我が祖父の件は真なのですか?」


 スラブータ侯セルヒーは完全に動揺していて、わなわなと肩を震わせている。

そんなスラブータ侯に、ヴァーレンダー公は真偽は定かではないと言った。


「だが、先ほども言ったが、我が屋敷に救いを求めてきた宮廷警備隊が暗殺された。彼の者が私に報告した内容は残念ながら今はまだ口外する事はできぬ。ただそなたの祖父君だけでなく、他にも粛清された者がいる」


 その後、ここから西に飛ばしたセイレーンの多くが途中で姿を消した。

そもそも薄汚い『闇夜の悪魔』グレムリンを使役している時点でまともではない。


 ヴァーレンダー公の話は筋が通っているとスラブータ侯は感じた。

そもそもスラブータ侯も薄々そうではないかと思ってはいた。

だが信じたくはなかった。


「ホストメル侯は私の祖父を殺害したのはリュタリー辺境伯だと……何かを合同で行おうとして、いがみ合う事になって犯行におよんだらしいと。現に祖父が行方不明になりその直後にアバンハードに入ったと……」


 執事たちもホストメル侯に騙されるなと言っていた。

だがホストメル侯は侯爵領の立て直しに必要な資金だとお金を置いて行ってくれた。

ブラホダトネ公もセルヒーが後を継いでから何かと相談にのってくれている。

だからホストメル侯がつまらぬ嘘をつくはずがないとスラブータ侯は周囲に言っていたのだ。


「確かにリュタリー辺境伯がアバンハードに到着する前に、あなたの祖父君はアバンハード発った。だがリュタリー辺境伯はあなたの祖父には街道で会わなかったそうですよ。それと私たちがやろうとしていたのはロハティンの市場潰しです」


 ボヤルカ辺境伯が憐れむような目をして諭すように言った。

しかも私たちもオラーネ侯爵領で何者かの襲撃を受けている。

そこから総合的に判断すれば、どちらが真かは明白だと思うと畳みかけるように言った。


 確かにボヤルカ辺境伯の言う事が正しくて、祖父がやろうとしていた事がそれなら、ブラホダトネ公たちが祖父を害する理由は十分である。


「私の祖父も恐らくは毒殺です。主治医がそう言っていました。どうやらアバンハードで薬の中に毒を混ぜられたらしいと……」


 多くの者が声の主に注目した。

声の主はリュタリー辺境伯マクシム。

マクシムの頬には一筋の涙が伝っている。


「しかも私が用意した継承の対立候補である叔父に、ブラホダトネ公は、しつこいくらいに何度も私の暗殺を勧誘してきたんだそうです」


 マクシムは強く拳を握りしめ肩を震わせている 


「そんな……ブラホダトネ公はマクシム卿は自分の祖父を毒殺した野心家だと……」


 自分がこれまで信じていた人たちは自分を欺いていた人たちで、自分が憎んでいた人たちが祖父の仲間だっただなんて。

スラブータ侯はその場にへたり込んだ。


「ボヤルカ辺境伯、あなたにお聞きしたい。あなたたちは何故ロハティンの市場を潰そうとしたのですか?」


 スラブータ侯は震える声でボヤルカ辺境伯に尋ねた。


「ロハティンがやりたい放題やれるのはキシュベール、ベルベシュティ、サモティノ三地区の経済を人質に取っているからです。それをエルフのドロバンツ族長が別の場所に市場を作る事で経済の保全を図ろうと……」


 その新市場『ゾロテ・キッツェ』はスラブータ侯爵領につくられる予定であったとボヤルカ辺境伯は述べた。


 完全に話は通った。

ブラホダトネ公はその目論見を潰そうとホストメル侯、オラーネ侯の力を借りたのだ。

そこで祖父とリュタリー辺境伯を粛清した。


「待ってください。もしあなた方がおっしゃっているのが真実だとしたら、先王……」


 そこまで言うとコロステン侯がしっと言って口元に指を当てた。


「それ以上の詮索は今は止めておいた方が良い。それと先ほどヴァーレンダー公が言っていたように戸締りを厳重に、護衛もしっかり立てるように」


 コロステン侯が忠告するとスラブータ侯は震え出した。


「何ならうちの屋敷で寝泊まりせよ。我が『盟友』が良い護衛を見つけ出してくれたのでな。おかげで私は安心して眠れておる」


 ヴァーレンダー公はスラブータ侯に向かって笑いかけた。



「どうやら重大なお覚悟ができたようですな。『盟友』と何か約束でもなさいましたかな?」


 マーリナ侯がヴァーレンダー公に微笑みかけた。


「したと言ったら同士になってくれるのかな?」


 ヴァーレンダー公は、そう言ってにやりと口角を上げた。


「私はどのような事があっても彼の者の味方になると約しました。彼の者が殿下に付けというなら喜んで従いましょう」


 マーリナ侯の発言にヴァーレンダー公は眉をひそめた。


「おやおや。貴族ともあろう者が国王ではなく一市民の命を聞くとはな」


 ヴァーレンダー公の冗談にマーリナ侯は高笑いした。


「それは殿下も同じでしょう。すっかり彼の者に虜のようですからな」


 二人は鼻で笑った後で高笑いをした。

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