第11話 議会
ドラガンたちがエモーナ村に帰ってから一月ほどが経過した。
木々は葉を黄や赤に変色させ、これから多くの生き物にとって厳しい季節が訪れる事を知らせている。
緑から黄や赤に変色した山の麓では広大な小麦畑が黄金色に染まり、実りの季節を迎えたことを報告し村民たちを歓喜させている。
普段農業に従事していない者も、この時期には畑に出向き収穫の手伝いを行っている。
ドラガンとレシアも、ポーレ、バルタ、ベアトリス、イリーナ、ニキ、アサナシアを引きつれてマチシェニの畑の収穫を手伝いに向かった。
マチシェニは非常に教え方が上手で、農作業などこれまで一切やった事の無いニキやアサナシアもすぐに仕事に慣れた。
ちょうど数日かけて小麦畑の小麦を刈り終えた日の事だった。
次の作業の説明を受けているところに、エレオノラを抱いたアリサがポーレとドラガンを呼びに来た。
ポーレとドラガンはバルタを呼びポーレ宅へと向かった。
そこで待っていたのはユローヴェ辺境伯の執事カホフカであった。
早急に会談したいことがあるとユローヴェ辺境伯が言ってるとカホフカは知らせた。
早急にと聞いてドラガンはかなり嫌な顔をした。
遅れてやってきたザレシエもカホフカを見て嫌な顔をした。
早急にという事は、これから急いでユローヴェ辺境伯の屋敷に向かうということである。
目の前の執事は竜車の運転が荒いのだ。
「急いで向かうんは良いやけど、その……竜車の運転は慎重に頼むで」
引きつった顔でザレシエが言うと、カホフカは心得ていますと良い笑顔で胸を叩いた。
ドラガンは二度目であり覚悟していたのもあり、具合が悪くなった程度で済んだ。
ザレシエは目が回ると足元をふらつかせている。
ポーレとバルタは降りて早々嘔吐した。
「おお、早かったな。どうした? 心なしか顔色が悪いぞ?」
ユローヴェ辺境伯の家宰トロクンは、ポーレたちの顔を見てそう感想を述べた。
あの執事は運転が荒いとポーレとザレシエが苦情を言うと、トロクンは忘れてたと言って笑い出した。
いつもの応接室にドラガンたちは通された。
待っている間に執事がお茶とお茶菓子を持ってくる。
暫く待つとユローヴェ辺境伯とトロクンが入室してきた。
「おお。ポーレ、カーリク、ザレシエ、ずいぶんと久々だな。元気にしておったか? バルタも色々とご苦労であったな」
ユローヴェ辺境伯が人の良い笑顔で四人を見ると、四人は微笑んで小さくお辞儀をした。
そのユローヴェ辺境伯の表情で、議会の方はかなり手応えがあったのだろうとポーレたちは察した。
やはりというか、議会はマロリタ侯がドゥブノ辺境伯ビタリーを糾弾する事から始まったらしい。
ビタリーは家宰のバルタがやった事と罪を擦り付け、すでに家宰の任を解いたので、それで許していただきたいと訴えた。
だがマロリタ侯の訴えの方に多くの貴族が賛同し、ビタリーの相続は認めない、現ドゥブノ辺境伯家はお取り潰しという意見が多く出た。
すると宰相のホストメル侯が、採決も取らずに現ドゥブノ辺境伯家の取り潰しを宣言した。
そして新たな辺境伯には、マロリタ侯の親族である伯爵を就かせようと思うと提案した。
ブラホダトネ公とオラーネ侯がすぐに賛同。
次いでキシュベール地区のベレストック辺境伯が賛同した。
国王も頷いている。
流れは一気に取り潰しで進むかに見えた。
だがヴァーレンダー公が立ち上がった。
「ホストメル侯に聞く。ドゥブノ辺境伯の件は、今、議題に上がったばかりのはずである。何故、後任の人事まで決定されているのか? よもやとは思うが全てそなたの仕組んだ事ではあるまいな?」
反論を述べたのがヴァーレンダー公だった事に議会がどよめいた。
「宰相としては、かような案件を事前に察知し、人事を決めておくは至極当たり前の事。下衆の勘ぐりは止していただきたい。それと、殿下は公爵という発言力を良くお考えになってから発言いただきたいですね」
ホストメル侯は毅然と反論した。
だが、その表情は何かに怯えた風であり声もどこか震えているように感じられる。
「なるほど。ならば重ねて宰相に問う。街道警備隊、そなたの内閣の工相の管轄であったな。昨今、その街道警備隊の無法をやたらと耳にするが、それについて釈明を聞かせていただけるかな?」
通常、議会に出席するのは伯爵以上で、内閣の大臣を務める子爵以下は出席を許されていない。
その為、内政で問題があればその説明は宰相が行わなければならないのである。
「お時間をいただきたい。まずは事実関係をしかと確かめる必要がある事ゆえ」
おどおどした態度でホストメル侯が答弁すると議会はざわついた。
「そなたは先ほど何と申したのだ! 事前に察知し対応を決めておくは至極当たり前の事だと申したではないか!」
ヴァーレンダー公の指摘に、そうだそうだという声があがった。
それでもホストメル侯は確認が必要な事と返答した。
「聞けば街道警備隊は、マロリタ侯を誘ってサモティノ地区へ侵攻し略奪を働いたというでは無いか。結果は無残な大敗北だったと聞くがな。それほどの大事件が宰相のそなたの耳に入っておらんはずがなかろう!」
ヴァーレンダー公の指摘にホストメル侯は完全に当初の勢いを失い、確認をさせて欲しいと呟いた。
「いい加減にしないかヴァーレンダー公。サモティノ地区は大罪人を匿っていたというでは無いか。むしろ大罪人に協力したサファグンとユローヴェ辺境伯の罪を問うべきであろう」
ブラホダトネ公が狼狽えているホストメル侯に代わりヴァーレンダー公を糾弾した。
「ほう。一人の大罪人を確保するに街道警備隊の半数以上を投入せねばならんのか。で、どんな者なのだ、その大罪人というのは?」
ヴァーレンダー公は蔑むような見下すような目でブラホダトネ公を見た。
「知らぬならよく覚えておけ! 我がロハティンで竜を盗み、金欲しさに仲間の行商を殺害し、街道で追剥をし、その上、逃亡をし続けている者だ。名はドラガン・カーリク!」
ブラホダトネ公が名を叫ぶと、議会は静まり返った。
だがヴァーレンダー公は鼻で笑った。
「大した罪じゃないな。少なくとも街道警備隊の半数を投入するほどの罪には、とてもではないが思えぬ。賛同して軍を出したマロリタ侯も、その判断を疑うよ。試みに問うが、その罪状は誰から聞いたのだね?」
ヴァーレンダー公が余裕たっぷりに、ブラホダトネ公を問い詰めると議会は騒然とし始めた。
「誰って公安からに決まっているではないか! それと竜産協会ロハティン支部からも全く同じ説明を受けている。公安のちゃんとした取調の結果だ! 異論はあるまい!」
ブラホダトネ公は激昂し立ち上がって、ヴァーレンダー公を指差した。
それもヴァーレンダー公は鼻で笑った。
「サファグンの代表。この者はこう申しているが、君たちはどう考える? 何と言ったか……何年か前に公安に処刑された娘がいただろう?」
ヴァーレンダー公に指名を受け、三人のサファグンが立ち上がった。
「リュドミラ・アルサ。ただ噂を話していただけで、酷い拷問を受け、惨い処刑を受けたそうです。噂をする事が何で拷問と刑死になるのか教えていただきたい」
サファグンの一人が涙ながらに訴えた。
そのサファグンの姿を見てマーリナ侯など幾人かの貴族が立ちあがり、責めるような目でブラホダトネ公を見た。
怨嗟の雰囲気を感じブラホダトネ公は言葉を詰まらせ椅子にへたり込んでしまった。
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