第10話 造船所
ペティアもドラガンの描いた絵を見て、何これと首を傾げた。
ドラガンから説明を受けたが、それでも意味がわからなかった。
唯一理解しているらしいザレシエが、ペティアに、説明に使う絵を描いて欲しいと頼んだ。
私はプロだからタダじゃないとペティアが言うと、ポーレは、ちゃんと予算から出すと言って顔を引きつらせた。
三人はペティアを連れ二つ隣の村にある造船所へと向かった。
周辺の村々の造船所が集まり、かなり立派な造船所となっている。
だがよく見ると陸に上げられている船は一艘もいない。
小舟ですら浅瀬に浮かんでいる。
ポーレの姿を見ると造船所の工員たちが集まって来た。
ポーレが現状の問題を説明して欲しいとお願いすると、工員たちは思い思いに愚痴を言い始めた。
話を整理すると、どうやら船が陸に上げられないので、あの状態で作業をしているらしい。
海水の中での作業になる為、非常に重労働なのだそうだ。
暫く作業をしていると足がふやけてくる。
そうなると些細な事で大きく切り傷を作る事になる。
海でできた傷は比較的治りが早いとは言え、傷が深くなると休業を余儀なくされる。
さらに船底の作業が非常にやりづらい。
もし船底を損傷していても、まともに検査ができないのだそうだ。
そんな工員たちの話には全く興味が無いという感じで、ペティアは一人造船所の絵をさらさらと描いている。
工員たちはどうにもペティアが気になるらしい。
多少冷たい感じは受けるものの、美女が絵を描いているという光景はそれ自体が絵になる光景である。
工員たちが鼻の下をのばして近寄って絵を覗きこんだ。
だが工員たちは潮が引くようにペティアから距離を取った。
どうやらペティアが低い声で死にたいのかと呟いたらしい。
ポーレからアルディノの新妻だと聞かされると、工員たちは、これで少しはアルディノもやんちゃも治るだろうと言って笑い合った。
ある程度絵が描けるとペティアはドラガンとザレシエを呼んだ。
ドラガンは船揚げ場を走り回り、この辺にこう、この辺にこうと身振り手振りでペティアに説明していった。
どうにも伝わらないと感じると、持って来た絵を見せ、これを設置すると説明した。
ドラガンの絵がわからなかった最大の原因は、サイズの異なる部品を全て同じ大きさで書いてあり、各々のサイズの違いが一目でわからない事であった。
ザレシエは最初の説明でそれに気付いたらしい。
だから絵に描いてもらえればすぐにわかると言ったのだ。
ある程度スケッチが描けるとペティアは軽く色を塗っていった。
その辺りまでいくと、工員たちにもポーレたちが何をしようとしているかわかってきたらしい。
船に車輪を付けて陸に引き上げる。
なるほど、これなら少ない労力で大きな船も引き上げができるかもしれない。
だがその絵を見た工員の一人が難色を示した。
「これ、もしかして鉄で作るつもりなのか? だとしたら、この絵からすると相当な大きさの物だよな? こんなのキシュベール地区じゃないと、それも恐らくドワーフじゃないと無理だぜ?」
それと、仮に作って貰ったとしてどうやって運ぶつもりなのか。
さらに、キシュベール地区は人間とドワーフがあまり仲が良くなく、人間たちの依頼を中々受けてはくれない。
ましてや他所の人間ならなおさらである。
サモティノ地区でも、キシュベール地区のドワーフに製作依頼をする事があるが個々人での依頼は無く、辺境伯かサファグンの族長経由での依頼となっている。
翌日、ポーレは近隣の村の鍛冶屋に行き、ペティアの描いた絵を見せ、作れないだろうかと相談した。
だが造船所の工員たちが憂慮したように、返答は芳しいものではなかった。
鍛冶屋の話によると、キシュベール地区、ベルベシュティ地区、サモティノ地区は、それぞれ金属加工の仕方が違うらしい。
サモティノ地区では細長い棒をハンマーで叩いて成型している。
熱しては叩き熱しては叩きの繰り返しである。
ベルベシュティ地区は、ドロドロに溶けた鉄を石のローラーで引き延ばして薄い鉄板を作り、それをハンマーで叩き徐々に目指す形に成型していく。
キシュベール地区は最初に型を作り、そこに溶けた鉄を流し入れていく。
今回の求められている鉄製部品は三つ。
大きさの異なる二つの滑車がくっついた物、車輪が軸で繋がった物、その車輪に敷く棒。
残念ながらどれも型を作って流し入れるという方法じゃないと極めて困難だろうという事であった。
夜、ポーレは村の頭脳と思われる人物をサファグンの飲食街に集めた。
参加者はポーレの他に、ドラガン、ザレシエ、バルタ、ボロヴァン、アルディノ、プラマンタ、コウト。
まずポーレは、これを見て欲しいと言って例のペティアの絵を見せた。
絵を見て最初に口を開いたのはアルディノだった。
あんな場所で鉄を使って錆びて使い物にならなくなったりはしないのか?
この絵によると、鉄の敷棒の端は完全に海水に漬かってしまっている。
それについてはコウトが回答した。
鉄は錆びるという印象が強いが、実は常に使い続けるとあまり錆びない。
使わずに放置するから簡単に錆びるのだ。
一番わかりやすい例は包丁だろう。
なるほどと一同は納得した。
次に意見を述べたのはボロヴァン。
どう考えても特注品だから値段が高くなる。
ここまでの輸送費などを考えれば、大赤字だったりしないのか?
実はそれについては、この絵を見て既にポーレにはある考えが浮かんでいた。
「うちだけで製作依頼したらそれは高いと思うよ。それこそ大赤字だと思う。だけど、サモティノ地区全体で見たらどうかな? それと大量の船を扱ってる大都市があるよね。あそこに売り込んだらどうだろう?」
軍船を多数扱う『海府アルシュタ』。
確かにアルシュタでも採用となれば、敷棒の数はかなりの本数になるだろう。
もちろん車輪も。
さらに定期購入という事になれば、制作費も安くできるかもしれない。
「ポーレ造船所が中継販売って事にすればさ、アルシュタやサモティノ地区への販売で村も潤ったりするかもよ?」
つまりキシュベール地区からエモーナ村への定期便を運航できるという事である。
竜を購入し大型輸送船で運行すれば、鉄の棒くらい、それほど苦もなく搬送できるだろう。
最初は鉄部品を運搬しながら、ゆくゆくは、お互いの生産物を行商のように売買するなんて事もやれるかもしれない。
それ以上は部品に関しての懸念事項は出なかった。
最終的な問題は、やはりキシュベール地区のドワーフにどうやって交渉するかであった。
何も無ければドラガンかアリサが行うのが最適だろう。
だがベレメンド村の事を考えたら、二人にキシュベール地区に行ってもらうのは死んでこいと言ってるようなものである。
ユローヴェ辺境伯かヴラディチャスカ族長に口添えを頼むしかない。
それがバルタの意見だった。
だが、残念ながらユローヴェ辺境伯は秋の議会への参加で王都アバンハードに行っていて不在である。
「二人のうち、どちらが適材だと思っているんだ?」
ポーレはビールを机に置きバルタに尋ねた。
「確率を考えれば断然ヴラディチャスカ族長です。むしろユローヴェ辺境伯の口添えだけでは断られるかもしれない。ただ、後々の事を考えると、ユローヴェ辺境伯にも話はしておいた方が良いでしょうね」
ようは二人の口添えがあれば、ドワーフのティザセルメリ族長も断り切れないだろうという事である。
ひとまずはヴラディチャスカ族長に話を持って行く。
実際に動くのはユローヴェ辺境伯が戻ってきてからという事で会議は終了した。
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