第13話 計算
ヴァーレンダー公とコロステン侯は騒然としている議会を後にした。
ボヤルカ辺境伯も後を追うように退出した。
翌日、ヴァーレンダー公の屋敷で執事に紅茶を淹れてもらい、三人は午後のひと時を過ごしていた。
「ボヤルカ辺境伯は、あれでどの程度がこちらに付くとお考えかな?」
コロステン侯が髭を触りながら尋ねた。
コロステン侯はヴァーレンダー公の妻アリーナの父である。
年齢は五十代で髪は砂色、背が高く、鼻の下に三日月型の髭を蓄えている。
武芸者としても有名で暇さえあれば近衛隊長と剣の稽古を行っている。
そのせいか、顔は精悍そのもので、声もどこか威圧的である。
「あの感じ、スラブータ侯はブラホダトネ公たちの説明をかなり訝しんだようですね。恐らくは後一押しといったところかと」
あの感じだとリュタリー辺境伯もこちら側と見て良い。
マーリナ侯は我らの『盟友』を旗印にしているようだから、先ほどの感じからしてこちら側と見て良いと思う。
エルフたちも同様の立場と聞くから、ベルベシュティ地区は完全にこちら側で纏まったということになる。
亡きドロバンツ族長の話によると、サファグンのヴラディチャスカ族長、ドワーフのティザセルメリ族長もエルフに同調していると聞く。
先の戦闘を考えるにユローヴェ辺境伯も同様の立場だろう。
「七諸侯、三部族。議会工作なら申し分ないのですが、それ以上をとなると、もう一押し欲しいところですな」
コロステン侯が鋭い目でヴァーレンダー公に言った。
侯爵九名、辺境伯十名。
十九名のうちの過半数の十名は確実に押さえてしまいたい。
残り四人。
できれば五部族も全て押さえきってしまいたいところではある。
「逆に完全に向こう側に付くのは誰になると考えるか?」
ヴァーレンダー公はコロステン侯とボヤルカ辺境伯、双方に尋ねた。
まず旗頭は国王レオニード三世。
そしてアバンハードの正規軍および近衛兵団。
ブラホダトネ公およびロハティン駐留軍。
宰相ホストメル侯、竜産協会理事オラーネ侯。
ブラホダトネ公の
オラーネ侯の閨閥キシュベール地区のベレストック辺境伯。
悔しいが権力と武力の要を押さえられてしまっている。
「恐らくですがソロク侯も向こう側かと。確か、ソロク侯の娘がホストメル侯の嫡男と結婚するとかしたとか」
コロステン侯がそこまで言うと、執事が来客だと報告に来た。
来客の名を聞き、三人は顔を見合わせた。
「恐らくは共闘の話かと思います。ここは胸襟をお開きになった方が得策かと」
ボヤルカ辺境伯の提案にヴァーレンダー公は大きく頷いた。
三人の元に客人が通された。
客人は二名。
マーリナ侯とユローヴェ辺境伯であった。
二人は席に着くと、執事が運んだ紅茶をひと啜りした。
「またアルシュタの紅茶は味が良くなりましたな。実に良い香りです」
マーリナ侯が褒めるとヴァーレンダー公はまんざらでもないという顔で微笑んだ。
「わざわざ訪ねて来てくれたという事は、期待しても良いという事なのかな?」
ヴァーレンダー公はそう言って、真顔でマーリナ侯の目をじっと見つめた。
「その前にヴァーレンダー公の真意がどこにあるかを確認しておきたくて。よもや公は大それた事を目論んでいるのではあるまいかと……」
マーリナ侯は『大それた事』という言葉で言を避けた。
だが、現王の廃位と自分の即位という事を指すのは言うまでも無かった。
「マーリナ侯。貴殿は先ほど、我が『盟友』に従うと言っていたな。であれば、あの者がこれまでどのような目に遭っているのか十分存じておろう。あの者の平穏な生活は、現体制では絶対に得られぬと私は考えるのだ」
ドラガンは仲間たちと平穏に暮らしたいと願っている。
だが、あの者の頭脳は国家において極めて重要な存在なのだ。
現に、これまで誰しもがなしえなかった毒沼の農地化という大事業をアルシュタで成し遂げた。
あの技術一つとっても各貴族垂涎の技術のはずである。
いつかはその智の泉も枯れるかもしれない。
だがその頃には、この大陸がどれだけの変貌を遂げるかわかったものではない。
「それだけの人物を冤罪で処刑? 冗談では無いよ。そんな事をしようとする側の者たちと天秤にかけ、どちらが国家にとって大事か。そんなもの比べるべくもないよ」
ヴァーレンダー公の決意の強さにマーリナ侯は息を呑んだ。
「どの程度の勝算というか、計算をされているのですか?」
「現状の計算ではまだこちらが不利だ。そなたたちがこちらについても、まだまだ……」
ヴァーレンダー公は伏し目がちに悔しそうに言った。
ボヤルカ辺境伯が先ほどの陣営の予想を説明した。
するとユローヴェ辺境伯はもう少しだけ旗色がわかっている者がいると言い出した。
「オスノヴァ侯もこちら側の人物です。侯もだいぶ彼の者を気に入っておるようですから。それと話を聞く限り、恐らくキシュベール地区のナザウィジフ辺境伯は向こう側かと」
ユローヴェ辺境伯の予測が正しければ、大陸西部の貴族で不明なのはスラブータ侯とドゥブノ辺境伯だけという事になる。
こちら側が五、向こう側が五、ブラホダトネ公を入れると向こうが六。
「東部の方はどうなのですか? 本来であればヴァーレンダー公の影響下のはずですが?」
マーリナ侯の問いかけがちくりと刺さるように痛む。
確かに本来であれば今回の件に直接関わりの無い大陸東部はヴァーレンダー公に従うはずなのだ。
だが、今のところ舅のコロステン侯以外旗色を明確にしていない。
これまで付き合いの深かったゼレムリャ侯ですらそれである。
「決定的な魅力のある何かがあれば良いのですが……」
コロステン侯が困り顔でヴァーレンダー公を見た。
そんなコロステン侯にヴァーレンダー公は、うちの家宰の案と言って提案をした。
「東街道を整備したいという提案が出ておるのだ。それとアルシュタに市場を作りたいと。それでゼレムリャ侯は釣れないだろうか?」
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