第14話 潮流

 次に議会が開かれたのは五日後のことであった。


 その間、ヴァーレンダー公は自分たちの陣営と考えられる貴族を招き意見交換と情報交換を頻繁に行っていた。

特に目をかけたのはオスノヴァ侯。


 元々オスノヴァ侯は漆箱の一件からドラガン・カーリクに興味を持っている。

堅物で有名なマーリナ侯がぞっこんと聞き、なおさら興味を持った。


 大陸西部の動脈ともいえる西街道は、実はオスノヴァ侯爵領まで届いていない。

マーリナ侯爵領の手前サモティノ地区の途中で止まってしまっている。

それでもマーリナ侯は、自分たちで粗末な道を作って接続したが、オスノヴァ侯はそういうわけにいかなかった。


 マーリナ侯は、それを哀れみオスノヴァ侯爵領と自領を街道で繋いではいる。

だが、獣道よりはマシという粗末なもので、途中に毒の沼が横たわっているせいで大きく蛇行しており、とりあえず通してみたという程度の代物である。


 大陸西部は西街道の恩恵で大陸東部に比べれると各段に経済状況が良い。

その中にあって、王都アバンハード、西府ロハティンから遠く離れたオスノヴァ侯爵領だけが異常に貧しい。

せめてアルシュタと道が接続できればと考えているのだが、暴れ川オスノヴァ川を前にその夢はかなり儚いものとなっている。




「あの者に話をしたら、オスノヴァ川に橋が架けられたりしないのだろうか?」


 議会の開会前に雑談という形でユローヴェ辺境伯とオスノヴァ侯が話をしていた。

マーリナ侯も話に混ざり、あの者なら何かしら考えてくれるかもしれんと、わいわいと言い合っていた。


 そこにヴァーレンダー公とコロステン侯が入室してきた。

話を聞くとヴァーレンダー公は、もし橋が架けれそうというならアルシュタからも金を出すと言ってくれた。

お互いの経済発展のためだから当たり前ではないかと言ってヴァーレンダー公は高笑いした。


 もしそれができたら街道も整備しアルシュタにも大きな市場を作ろう。

ヴァーレンダー公がそう言うと、コロステン侯は夢が膨らむと言って嬉しそうにした。



 それを聞いて心を動かされている者が二人いた。

ゼレムリャ侯とソロク侯である。



 ゼレムリャ侯は焦っていた。

ゼレムリャ侯は、今回の一件に対し最後まで中立を貫こうと考えていた。

ヴァーレンダー公に賛同する者は多いのはゼレムリャ侯も気づいてはいる。

ヴァーレンダー公とは遠縁ではあるが血縁がある。

それでもブラホダトネ公たちに敵うとは思えなかったのである。


 だが、もしオスノヴァ川に橋がかかりアルシュタに大市場ができれば、アルシュタ経済圏が構築されることになるだろう。

恐らくはサモティノ地区、マーリナ侯爵領、オスノヴァ侯爵領、コロステン侯爵領がそこを利用することになる。

今のままではその街道もコロステン侯爵領で止められるのが目に見えている。

自分の決断は後世に至るまで非難され続ける事になるだろう。



 一方のソロク侯は本当にブラホダトネ公たちに付いていて大丈夫なのだろうかと悩んでいた。

ソロク侯爵領のすぐ隣に竜産協会の運営する生産牧場ホドヴァティ村がある。

当然ソロク侯の耳にも彼らが行っている麻薬精製の噂は入っている。


 そして比較的彼らの近くにいるがばかりに彼らがグレムリンを使ってアルシュタで好き放題していた事も知ってしまっている。

これまでは自分たちの領土で同様の事をされたらかなわないと怯えて彼らに付き従っていた。


 だが先日それが白日の下にさらされた。

組織は壊滅させられ悪事の実態はヴァーレンダー公の耳に入っている。

当然今後それについても議会で糾弾していくつもりだろう。


 これまでは彼らから離脱する理由が無かった。

だがソロク川に橋が架けられるとなれば話は別である。

そうなれば王都アバンハードと陸続きになる。

交易で栄える事ができるようなる。


 これまで、王都アバンハードは川のすぐ向こうに見えているのに交易の手段が船だったのだ。

それを理由に寝返る事はできるかもしれない。


 いや、ここは彼らの信用を得る為に決定的な何かを掴んで寝返らねばならない。

そう考えていた。




 こうして様々な思惑の中、議会が再開される事になった。


 最初に前回の続きとして、宰相のホストメル侯から調査の結果の報告があった。

ホストメル侯は額の汗を何度も拭いた。


「工相に確認をとったところ、ユローヴェ辺境伯領への武力侵攻は確認できなかった」


 確かに大勢を率いて凶悪犯の捕縛には向かった。

だがそれは、その凶悪犯が各地で仲間を募り賊徒となっており、賊徒の討伐であれば適当な人数だったと判断している。

マロリタ侯には、賊徒の捕縛の協力をお願いしただけの話という事だった。


 だが、ユローヴェ辺境伯に誤解され奇襲を受ける事になり、やむをえず撤退を余儀なくされた。

その賠償をユローヴェ辺境伯とサファグンに請求したい。

またドゥブノ辺境伯には一日も早く賊徒共の討伐をなしていただきたい。


 宰相からの報告を受け、国王レオニード三世は満足そうにうんうんと頷いている。


 ユローヴェ辺境伯は怒り心頭と言う表情でホストメル侯を睨んでいる。

ドゥブノ辺境伯は怯えた顔で目を見開いて俯いている。

ブラホダトネ公とマロリタ侯は口元を歪め勝ち誇ったような顔をしている。


「四日もかけて、やっと考え付いた言い訳がそれか? 街道警備隊には貴族の領土で活動する権限は無いはずだろう。 ユローヴェ辺境伯が誤解? 領内で略奪をしている『賊』がいれば、どの貴族だって討伐するだろう」


 ヴァーレンダー公は立ち上がりホストメル侯を睨みつけ、どうなんだと問い詰めた。


 ホストメル侯は怯み口をぱくぱくと開閉し続けている。


「黙れ! ヴァーレンダー公! 街道の治安維持を受け持つ警備隊を『賊』扱いとは何たる非礼。公爵たるものの発言とはとても思えぬ」


 ブラホダトネ公が立ち上がり、ヴァーレンダー公を指差し糾弾。

ブラホダトネ公が国王の方を向き何かを言おうとした。

ヴァーレンダー公の爵位剥奪でも要請しようとしたのだろう。


 ところが思わぬ人物が立ちあがった。


「先代国王の崩御の後、ボヤルカ辺境伯の竜車を街道警備隊が我が領内で襲っています。家宰の話では、警備隊に扮したロハティンの公安のようだったと聞きました。それについて殿下の見解を伺いたいのですが」


 スラブータ侯の指摘に、ブラホダトネ公はあまりにも驚きすぎて完全に言葉を失った。

昼間に死霊でも見たかのような目でスラブータ侯を見ている。


 先ほどのヴァーレンダー公の『街道警備隊に貴族領内で活動する権限は無い』という指摘に対し、別件の報告が出てきてしまったのだ。

しかもそれを公安が変装してとなると、ブラホダトネ公が行わせたという事になってしまう。


「違う、違うんだスラブータ侯! 貴殿の家宰は何か勘違いをしておるのだ。賊だよ、賊。ヴィシュネヴィ山の賊が公安を貶めようとそんな事をしたのだろう。これは由々しき問題だ。大規模な討伐が必要であるな」


 必死の言い訳だったが、スラブータ侯はがっかりした目でブラホダトネ公を見つめた。

これでスラブータ侯は完全にブラホダトネ公から離れたとヴァーレンダー公は確信した。

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