第23話 商売

 翌日朝から、ドラガンはロマンに付き添って店番をする事になった。

その間ラスコッドとマイオリーは万事屋に通い、近隣での危険生物の狩りの依頼を探している。

父セルゲイは竜の世話をして午後からは倉庫の整理、たまにロマンの代わりに店番をしている。


 商店はかなり露店に近い作りになっている。

表に賞品をいくつか陳列しお客様の目を引かせる。

お客様が興味を示したら店の奥から別の商品を出して見比べてもらう。

その後値段交渉に入る。

店主と馴染みになっていれば、交渉せずとも店主の方から、値引きした値段を言ってくれる。

基本的には値段は生産者側の希望価格である。

だが、買い手側にもその値段が妥当かどうかという判断がある。

生産者の希望価格以上の値段で買って貰えるように、いかに賞品を褒めるかが店主の腕の見せ所となる。


 つまり売る為には、まずはお客様の目を引く必要があるのだ。

そこでロマンはドラガンを店の外に立たせたのである。

特に客引きをしなくて良いから、そこに立って僕と話をしていろと指示した。


 市場でも、客寄せ用の売り子を用意するというのは、ちょくちょく行われることである。

多くの場合店主の娘なんかが利用される。

店主が若い場合には新妻がその役を担ったりする。

おじさんがだみ声で客引きをするよりは当然そちらの方がお客様の目を引く事ができるのだ。


 問題は客引きの滞在費がそれに見合うかどうかである。

大抵のお父さんたちは、行商中ずっと娘のわがままに付き合わされるのはちょっとと考えるし、あれが欲しい、これが欲しいとねだられ大損と考える。

夫ならなおさらである。

そもそも危険な行商にかわいい娘を連れてくるなんてとも考える。

それでも売り子を連れてくるというのは連続して売上が低下した時などである。


 店は十日間開かれるのだが、品揃えが最も良いのは初日から三日で、そこから徐々に商品は薄くなっていく。

ロハティンの市民も当然それを見越して市場を見て周る。

つまり実質その三日が勝負なのである。


 開店初日、ベレメンド村の店先には人がたかっていた。

予想以上の売上にロマンはほくほくであった。

ロハティンの奥様方は、ドラガンにどれが良いと思うなどと尋ねていた。

ドラガンも思った以上に賞品紹介が上手く、こっちはここの部分にこだわりを感じるだの、こっちはこの部分の加工が難しいなどと言って購入者の購買欲に訴えかけていた。

若い女性には別の物が似合うなどとも言い出し、普段売れ残り気味の装飾品が飛ぶように売れた。




 その日の夜、あまりの盛況っぷりにキシュベール地区の別の村の人たちから羨ましがられた。

次回はうちも村の若いのを売り子に連れて来ないとと、皆、大賑わいだった。

普通売り子は若い娘と相場が決まっている。

それを若い男を立たせてご婦人の心を掴むとは。

ベレメンド村さんも考えたもんだと、ロマンは他の店主たちに囲まれていた。

ロマンも、まんざらでもないという顔でビールをあおっている。


 ドラガンは他の村の冒険者にラスコッドたちの姿が見えないが知っているかと尋ねた。

ラスコッドは、どうやら万事屋で危険生物の討伐隊の募集があったらしく、それに参加しているらしい。

マイオリーの姿は見ていないが、どうせ競竜場きょうりゅうじょう通いだろうと冒険者たちは笑い合っている。


 競竜場?


 冒険者たちの説明によると、ここロハティンには『競竜場』という、どの竜が一番速く走れるかを競ってる場所があるらしい。

竜産協会の直営で、場所は南街の港の奥。

そこに大きな建物がある。

一応名目は『軍竜の品評会場』という事になってる。

だがその『軍竜の品評』が一般に広く公開されているのだ。


「そんなとこに行って何してるんだろ?」


 ドラガンの素朴な疑問に、冒険者たちは顔を見合わせ一斉に笑い出した。

何かおかしな事を言ったかなという顔をするドラガンに冒険者たちは大爆笑だった。


「賭けるんだよ! どの竜が一番速いか」


 冒険者はそう言ってドラガンの背をパンパン叩いて、純粋で羨ましいと言い出した。

拗ねた顔をするドラガンに冒険者たちも少しやりすぎたと感じたようで、すまんすまんと言って慰めた。


「坊主も休息日に連れてってもらったどうだ? 何なら俺が連れて行ってやっても良いぞ? 『初心者の強運』って言葉もあるしな。十頭以上の竜が一斉に走る姿は圧巻だぞ!」


 冒険者たちに誘われドラガンは困り顔で父やロマンの姿を見た。

だが二人とも完全に商人仲間と盛り上がっており、ドラガンの事など忘れているかのようだった。

 

「賭けるかどうかはともかく一度見てみたいです!」


 そう言ってドラガンはお茶を濁した。




 行商は十日間行われるが、条例で五日目は一日閉店しなければならない事になっている。


 これは何年か前に起きた問題に対する対処である。

ロハティンの商工会から、行商たちが遊戯場にあまり金を落としていかないと苦情が出たのである。

確かにマイオリーのように積極的に遊戯場に通う者もいることはいる。

だが行商隊の大半は朝から晩まで商売をして、自前の宿で寝泊まりし、食事にだけ市場を利用しているのが現状である。

当時、行商の中には自分たちの商品を使って自炊をしている者すらいた。


 行商の日程は十日と決められているのにも関わらず、そのうちの一日を休みにするなど冗談では無い。

そう言って各地区の代表がロハティン総督府に来て抵抗した。

だがロハティン総督は、これは行商の商売のためだと説得した。

このまま行商隊に対する市民感情が悪化すれば、いづれ不買の動きが出てきてしまう。

そうなればその損失は一日の売上など比べ物にならないものになるだろう。

逆にここで休みを満喫し市民と馴染みになれば、良い商品情報を得て市場に足を運ぼうという人も出るだろう。

我々ロハティン総督府としては、できることなら円滑に商売が行く事を望みたい。

市場の利用料が固定である以上、売上が減れば相対的に利用料が高額に感じる事になってしまうのだから。


 どの地区の代表も持ち帰り検討すると言った。

だがこのロハティン総督の言葉は、行商隊の面々には簡単に理解できた。

総督の意見の方が正しい。

こうしてどこの地区も五日目に休息日が指定される事になったのだった。



「明日休息日なんだが、ドラガンは何かしたい事ってあるの?」


 ロマンはもはやそこまでロハティンの街には目新しさを感じてはおらず、一日市場を見て周りアリサへの贈物を探そうかなどと考えていた。

だがそんなロマンに、ドラガンは競竜場に行きたいと即答だった。


「競竜場かあ。そうだなあ。確かにここに来たら一度は見ておきたい場所ではあるかもな」


 ロマンも初めてロハティンに来た時に、セルゲイや冒険者、他の村の行商たちから、ロハティンに行ったら競竜場を見ずに帰るななどと言われていた。

実際、初めて行った時は壮観だと感動を覚えた。

それからというもの、何度も足を運んだし竜券りゅうけんも買っている。

……儲かった事は無いが。


「まあ僕から小遣いも出せるし、ちょっと遊びに行ってみよっか」


 ロマンがドラガンと話していると、セルゲイも良いねえと言って乗ってきた。

そこにマイオリーがやってきて俺も行くと言い出した。

マイオリーが競竜について熱く語っていると、ラスコッドが討伐隊から帰還したらしく酒場にやってきた。

ラスコッドも競竜は嫌いじゃないらしい。

明日が楽しみだと言ってビールをあおった。



「ところで、その……少し都合してもらえないかな?」


 マイオリーは非常にバツの悪そうな顔をして、指で輪を作ってロマンの顔を見つめた。


「マイオリーさんは今まで何やってたんですか?」


 ロマンとしても、店の売上に協力してくれているなら喜んで金も貸す。

なんならドラガンのように特別手当だって弾む。

だがこれまで店はおろか、夜の酒場ですら姿を見かけなかったのだ。


「万事屋に行ったんだが……その……討伐隊の誘いが無くてな」


 嘘つけ、ずっと競竜場通いだったくせに、そうラスコッドから指摘が入った。

ロマンは非常に冷たい目でマイオリーを見た。


「大丈夫。ちゃんと勝って返すから」


 そう言ってマイオリーはロマンを拝んだ。

だがロマンは、そういう事を言う人が実際に勝ったという話をついぞ聞いた事が無かった。


「ドラガンは競竜場初めてなんだろ? 俺が案内してやるよ! 子守り賃だと思ってさ」


 マイオリーはニヤリとして、果汁水を飲んでいるドラガンの肩に手を回した。

一から教えてやると言われドラガンもまんざらではない顔をする。


「俺は今日まで身銭を切って情報収集してきたんだよ。その情報料を……その、一部だけ……」


 マイオリーが『情報収集』という言葉を使った事に一同は大爆笑だった。

その巧みな表現の仕方にロマンも笑い出してしまった。

ドラガンは最初から笑いっぱなしだった。

やむを得ない、ただし護衛費の前渡しとして、ロマンは銀貨を四枚貸す事にしたのだった。

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