第22話 西府

 ビフォルカティアの休憩所を発し街道を北上していくと、ベルベシュティの森が街道を包み込んだ。

陽の光を木々が覆い隠し舗装された道を暗く染めている。

見渡す限りの鬱蒼とした木々にキシュベール地区の行商隊は少し緊張を強めた。


 暫くベルベシュティ地区の竜車に続いて森林を進んでいくと、突然森が切れ周囲が明るくなる。

外をちらりと覗くと、まだかなり距離があるにも関わらずロハティンの街が見えてきたのだった。



 ロハティンの街はいくつかの区画に別れており、東西の大通りを境に北町と南町に別れている。

街の中央には総督府があり、街の統治の一切を取仕切っている。

総督府内には議会もあり、各区画から選挙によって議員を選出し議会を運営している。


 総督府の周囲には官僚たちの役所がある。

総督府の隣には南北への通りもあり、それぞれ北町、南町の中央付近に治安を司る『屯所とんしょ』と、ロハティン軍が駐留する『鎮台ちんだい』が置かれている。


 ロハティンで圧倒的に犯罪の発生確率が高いのは市場のある『横貫おうかん通り』である。

窃盗や盗難は頻繁に発生するし詐欺事件も発生する。

それを全て行商人の自己責任にしていたら行商隊は来なくなってしまう。

その為、南北の屯所とは別に、総督府から通りを挟んだすぐ東に『公安事務所』が置かれている。

この公安事務所の警察官が、終日通りを巡回しており、揉め事があると公安事務所へ連れて行き問題解決をしている。


 ただ、それでも人ごみに紛れ窃盗犯に逃げられたりもする。

その為、見せしめの意味も込め罪に対する罰は比較的重めに設定されており、公開処刑も度々行われる。

こうする事で、多少なりとも安心感を得てもらおうとしているのである。



 横貫通りには、中央に竜車の通る専用の溝が掘られている。

歩行者もそこは極力避けて歩いてくれるので、安心して竜車を乗り入れられるようになっている。


 ドラガンたちの竜車は、ロハティンに入るとそのまま横貫通りを走り、総督府前の中央広場を抜け北西の区画へと向かった。

商店の前で商品を降ろすと、市場の奥に隣接された住居へと竜車を運び入れた。

住居には竜舎が併設されており、竜を荷車から開放し綺麗に手入れをし竜舎へと収めた。


 セルゲイが竜の手入れをしている間、ロマン、ラスコッド、ドラガンの三人は商品を商店の中の倉庫へと運び込んだ。

マイオリーにはその間宿泊所の掃除をしてもらった。


 この辺りの役割分担は毎回の事なので、特に誰かが指示をするでもなく、各々がいつもの滞在準備として行っている。

ドラガンがいる分、倉庫の整理は早めに終わり遅れ気味な宿泊所の掃除を手伝った。

それでもやはり一人人が多いと作業というものはかなり早く終わるものらしく、いつも一番早く作業の終わるセルゲイの竜舎の作業がもっとも遅くまでかかった。



 作業が終わると五人は、横貫通りを港から入口まで見て歩いた。

通りには小さな噴水が点在していて常に水が噴き出ている。

市場は、北西にドラガンたちキシュベール地区、南西にベルベシュティ地区、北東にサモティノ地区、南東がロハティンの商業施設ときっちり区画が割り振られている。


 ロハティンの区画は市場というより食堂や酒場といった食堂街となっている。

中には露店のように買ってその場で食べられるような店もある。

ドラガンの目にはどの店も目移りするほど魅力的に見え、セルゲイにあれが食べてみたい、これが食べてみたいとせがんでいる。

ドラガンがあまりにも興奮しているので、ロマンは露店の中からバナナと生クリームを薄い生地で包んだ甘食を買い与えた。


「ドラガン、それ給与の前渡しだからな。明日からしっかり稼いでもらうから、そのつもりでな」


 そう言ってロマンは、ドラガンの鼻に付いた生クリームを拭い取った。


 ロマンの話によるとドラガンの仕事は『売り子』らしい。

売り子なので店の中ではなく、店の外で客引きや商品説明を行ってもらう。

ロマンに何かある時、例えばトイレなどの時は代わりに中で店番をしてもらうかもしれない。

ただそれもセルゲイがいるので、ドラガンが一人で店番をするというのは余程の事だろう。


 売れなくても文句言わないでねと引きつった顔をするドラガンに、ロマンは笑い出した。


「なあに、妙齢なご婦人が来たら、今みたいな悩ましい顔でちょっと客引きすれば一発さ」


 ロマンの発言にセルゲイもラスコッドも笑い出した。

マイオリーが明らかに馬鹿にした笑い方をしたので、ドラガンは思い切り脛を蹴った。

マイオリーはドラガンを睨みつけたが、ドラガンは視線を反らし甘食に口を付けた。


「お前、借金があるとに、そげん大きな態度に出てよかと?」


 ラスコッドがマイオリーを指差すと、マイオリーは悔しさに歯噛みした。



 その後、横貫通りの端まで来て夕飯にしようという事になった。

夕飯といっても、セルゲイもロマンも妻の管理から解き放たれているのである。

まともに飯など食うはずもない。

ドラガンがいるというに酒場に一直線だった。

先陣切ってマイオリーが酒場『紅鮭亭』に入って行った。


 マイオリーが店の女性にビール四杯と頼むと、給仕の女性はドラガンを見て、その子はどうするのと尋ねた。


「適当に何か食わしてやってくれないか?」


 セルゲイがそう頼むと、女性はドラガンに片目を瞑ってみせ楽しそうに厨房へと向かった。

ロマンたちが空いた席に座ると、先ほどの女性がビールを運んできた。

まだつまみも来てないというに、ドラガンを放置し四人はさっさと酒盛りを始めてしまったのだった。


 一人ポツンと取り残されたようになったドラガンに、さきほどの女性がお盆を持ってやってきた。

ライ麦のパンにスープ、焼いたハムに甘辛く煮た豆、デザートとしてイチゴのムースが付いている。


 ドラガンが嬉しそう食べるのを、給仕の女性は頬杖をついてじっと見ている。

ドラガンが照れてほほ笑むと、女性は、私が煮た豆の味はどうかと聞いてきた。

匙ですくって食べてみると、少し味が強く正直好みの味ではない。

ドラガンは普段からアリサの弟であり、こういう時に素直に感想を言ってはならないという事を心得ている。


「少し塩が強いけど、凄く美味しいよ!」


 そう言ってほほ笑んだ。

給仕の女性は実に嬉しそうに、毎日食べに来てねと言って、ドラガンの頬を指で突いた。



「何だよマリヤの奴。こんなガキに色目使いやがって」


 マイオリーがドラガンたちを見て、不貞腐れた顔でビール片手に呟いた。


「いやいや、色目って……姉が弟に接しているようなもんじゃないか」


「まさか、もう酔っぱらってるんですか?」


 セルゲイもロマンも呆れた顔をして、マイオリーの発言に反論した。


「あん? 俺はいつもここに通って、マリヤに贈り物もしてるんだぞ? それを初めて会ったこんなガキに……」


 ロマンたちの反論にマイオリーは憤った。

だがセルゲイたちは、器が小さいと言ってげらげら笑い出した。

その態度に苛ついたマイオリーは拳を握って立ち上がった。


「暴れたら、今度は本気で嫌われっぞ?」


 ラスコッドはマイオリーに目も合わせず冷静に指摘。

セルゲイもロマンもラスコッドに同調して、うんうんと頷いている。

マイオリーは悔しさで顔が真っ赤になっている。

ドラガンはそんな喧噪に興味が無いという感じで夕飯を食している。



 その後酒場には、常連客と共に行商人たちも続々と来店してきた。

ドラガンは食事を終えると先に宿に戻ろうとしたのだが、給仕の女性たちに次々に隣に来られて、中々店を出る事ができなかった。

常連客からはその光景に夜の店と間違えてる奴がいるとからかわれている。

ロマンもドラガンと一緒になって、給仕の女性たちとお喋りしていた。


 苛々を募らせたマイオリーが、ロマンをどかしドラガンの隣に座り込んだ。

すると、いくら待っても給仕の女性たちは寄って来なくなった。


「マイオリーさん助かりましたよ。僕もう眠くなったので帰りたかったんです。僕これで帰りますけど、マイオリーさんも呑みすぎないように、ほどほどにね」


 ドラガンはそう言ってマイオリーの手を両手で握った。

その顔は嫌味で言っている感じでは無く、本気で困っていたという顔である。

その為、マイオリーも怒るに怒れなかった。


「お、おう。外、暗いから気をつけてな」


 マイオリーがそう言って手を振ると、ドラガンも手を振り返した。

ドラガンが酒場を出ると周囲は大爆笑だった。

どうやら皆、ドラガンが店を出るまで必死に笑いを堪えていたらしい。


 ラスコッドに至っては、床に四つん這いになって拳で床をバンバン叩いて笑い転げている。

マイオリーはそこから浴びるほどビールを呑んだ。

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