第24話 競竜場
「ここが競竜場! でかいっ!!」
休息日、ドラガンたち一行は昼前にロハティン競竜場を訪れる事になった。
普段、横貫通り北西を市場にしているドラガンたちキシュベール地区の面々からしたら、道を挟んだ先にずっと見えている巨大な建物である。
ただ競竜場は町の南西の外れの海岸線近くに建てられている。
普段から見えている大きさより実物はずっと大きかったのだ。
入場料を支払い出走表を貰い競竜場に入ると、マイオリーはドラガンたちを放置し勝手にどこかに行こうとした。
走り始めたところをラスコッドに襟を引っ張られ尻もちをつく。
「お前、昨日ん約束ば、もう忘れたと?」
ラスコッドに指摘されたマイオリーは、何か焦っているようで時計をチラチラ見ている。
「金ならちゃんと勝って返すよ」
そう言って逃げようとするマイオリーに、ラスコッドは逃すまいと足払いをかけた。
どうやらドラガンの案内の件は完全に忘れている、ラスコッドのみではなくロマンたちもそう感じた。
すっころんだマイオリニーの耳をラスコッドは摘まんで持ち上げる。
「痛えよ!! 案内も何も、そこで竜見て、あっちで竜券買って、後は観客席で見るだけじゃねえか! そこ以外どこに行くって言うんだよ!」
マイオリニーの発言にラスコッドは呆れ果てた。
まさかこいつ、そこ以外行った事が無いんじゃないのかと、ロマンとセルゲイは言い合っている。
「お前に少しでも期待した、うちらが馬鹿やった」
ラスコッドは埃でも払うかのように右手を振ってマイオリーを追い払った。
マイオリーが走って人ごみに消えて行くと、ドラガンたち四人はゆっくり中央通路を歩いた。
中央通路には点々と囲みがあり、その中で予想家が各々の予想を説明している。
「あれは何してるの?」
ドラガンは予想家を指差してロマンに尋ねた。
彼ら予想家は、ああして自分の予想を『販売』している。
利用者は手数料などは一切取られず掛け金だけで購入できる。
元々、竜券には『上がり』というものが含まれている。
最低掛け金である銅貨十枚の中で、実際に賭けている金額は銅貨九枚だけだったりしている。
銅貨一枚が『上がり』、つまり胴元の儲けになっている。
彼ら予想家は、竜券を事前に印刷してもらい売れ残りは破棄している。
売れれば売れた分だけ全て自分の収入になるのだ。
だが当然胴元もそんなボロイ商売を許すわけがなく、場所代としてかなりの金額を納めさせている。
「でも予想聞けちゃってるんだけど?」
ドラガンの指摘ももっともである。
だがロマンはドラガンを指差し、お前の仕事と一緒だと言って笑い出した。
セルゲイは上手い事を言うと言って笑い出した。
ようは賑やかし。
彼らが予想を展開する事で、お客様たちは予想家はああ言っていると議論が盛り上がることになる。
そうなれば自分はこう思うとなって、じゃあどっちが合っているか竜券を買って勝負してみようという雰囲気になるという事なのだ。
「じゃあ当たる予想をしてるわけじゃないって事なの?」
ドラガンの疑問に、ロマンのみならず、セルゲイもラスコッドも首を傾げた。
三人とも、彼らは自分たちが当たると思っている予想を披露していると思っていた。
だがドラガンは、売りたい商品と売れる商品は必ずしも同じじゃないとロマンに説明したのだった。
「なるほどね。ここ数日の仕事でそう考えたって事か。でも当たらなかったら、それはそれで信頼に関わるんじゃないのか?」
客商売に重要なのは、お客様との『信頼』。
それが欠けたら『次』が無くなり商売が細ってしまう。
ロマンは開店の前にドラガンにそう指導している。
「だから、ここぞって時に自分の予想と違う事言うのかも。ロマンさんもそんな売り方してたでしょ」
なるほどと、ロマンがドラガンの発言に納得していると、セルゲイが、だからってそうそう当たるもんじゃないと笑い出した。
ラスコッドも、それはその通りだとドラガンの肩を叩いて笑い出した。
四人は、とりあえず一競争試しに買ってみようと言い合い、竜の下見ができるパドックへと向かった。
ラスコッドの説明によると、ロハティン郊外に厩舎が集まっている調教場があり、そこで竜を調教しているらしい。
ベルベシュティ地区の北、サモティノ地区の南に大草原が広がっており、『ランチョ村』という竜の一大生産地がある。
王都アバンハード、海府アルシュタにも競竜場があり、ロハティンとは違う種類の竜による競竜が行われている。
アバンハードの竜は大陸南東部の『ホドヴァティ村』というところで生産されているのだが、ロハティンの竜は『ランチョ村』で生産されている。
アルシュタの竜はロハティンのすぐ北、マロリタ侯爵領の南部の一角で生産しているのだそうだ。
ドラガンがパドックを覗くと、竜が係員に引かれてぐるぐると歩いていた。
竜はムキムキの二本脚を前後に動かし、カポカポという独特な足音を立てて歩いている。
よく見ると、それぞれ歩幅も違えば歩き方も違う。
胴が絞れている竜もいれば、どことなくお腹周りが緩い竜もいる。
「セルゲイさん、どれが良さそうですか? 普段竜の世話してるから、そういうのわかったりしないんですか?」
ロマンに尋ねられ、セルゲイも、うむと唸って全ての竜を見比べている。
「七番が元気良いように思うってくらいかな。どれが速そうとかまでは……」
セルゲイが良いと言った七番の竜は一番人気の竜である。
ロマン君はどうなのかと聞くセルゲイに、ロマンは、僕は過去の成績を見て買う派と苦笑いした。
ドラガンは、二人が何を言い合っているのかよくわからなかったが、十四頭の竜をじっと見続けていた。
元気が良いとか、そういうのは確かにドラガンでも何となくわかる。
だがそれだけだった。
「うっ……十二番のやつが僕を睨んだ……」
ドラガンが泣きそうな顔をしてロマンに言った。
気のせいだとラスコッドは笑ったのだが、三番も睨んだとドラガンは、さらに泣き出しそうな顔をしている。
ロマンがセルゲイの顔を見ると、セルゲイは、この子は昔から竜が懐かないんだと説明した。
不思議な話だと言ってラスコッドがドラガンを見た。
ドラガンはロマンの後ろに隠れている。
「じゃあさ、試しにそこから買ってみたらどうだ? 初めてでわからんだろうから、そういう直感は大事かもよ?」
良い方に考えよう。
そういう気持ちでロマンはドラガンに薦めた。
素直なドラガンは、ロマンさんがそう言うならと素直に従ったのだった。
そうは言いながらも、ロマンも、セルゲイも、ラスコッドも初心者の勘に乗ってみることにした。
賭け倍率であるオッズ表を見ると、三番は二番人気、十二番は六番人気となっていた。
連勝複式ならかなりの倍率となる。
四人は各々竜券売り場に行き、買い目を伝え、白紙の竜券に番号の印を押してもらい、竜券を受け取った。
さすがに四人とも初回であり試しに少し買ったという程度。
竜券を買い終えると、四人は食堂通りに行き、焼いた腸詰を挟んだパンとポテトの細切りを揚げた物を買いコーヒーを淹れてもらった。
それを昼食とし少し高い場所の席に向かった。
競竜場には、競技場と同じ高さの立ち見の場所と、観覧席と言われる座って見れる場所がある。
その上に張りだすように有料の観覧席があり、そのさらに上に総督や来賓だけが入れる特別観覧席がある。
ドラガンたちが空いた席に座り昼食を食べ始め少しすると、先ほど見ていた竜たちが騎手を背に競技場内に入ってきた。
暫くの間、竜たちは競技場端の屋根の付いた場所で歩き回っていた。
発走を指示する係員が現れ赤い旗を振ると、金属製の棒で骨組みされた枠の中に一頭一頭入れられていく。
枠の前には荒縄が一本張られていて、両端を柵に付けられた金具に縛り付けている。
最後の一頭が入れられる横で、縛られた縄が解かれ、発走担当者二人が紐の端をそれぞれ握り発走の準備をしている。
最後の一頭が枠に入ったのを確認し終え発走の係員が掛け声をかけると、担当者二人が内外同時に縄を地面に降ろした。
ドラガンを睨みつけた十二番の竜が勢いよく飛び出すと、そのまま先頭に立ち他十三頭を引きつれるような形で走った。
周囲からなんで逃げるんだよという怒声が聞こえてくる。
明らかに周囲の観客は、発走前と違い興奮し始めている。
「これまで、後方からの追い込み戦術だった竜なのに、今日は逃げで行くみたいですね!」
「なんか狙いがあるんかもしれんばい!」
ロマンとラスコッドは、そう言い合っている。
三コーナーを回り曲線に入っても、まだ十二番の竜は先頭を疾駆している。
竜はそれまでどこか軽やかに走っていたのだが、曲線も中頃まで進むと徐々に胴を平行に前傾させ、踏み込みを力強くして駆け出した。
四コーナーを回ると、竜は胴を完全に地面に平行にして、両脚を回転させるように腿を高く上げて、まるで何から逃げるような感じで全速力で駆け出す。
観客も総立ちになり歓声はひと際大きいものになる。
ロマンとセルゲイは大興奮で、四コーナーからずっと叫びっぱなしである。
普段温厚なラスコッドまで大声で叫び出した。
「そのままだ!! そのまま!!!」
「逃げきれ! 根性見せろ!!!」
「行けぇ!!! 粘れぇ!!!」
正面直線の途中に急坂があるらしく、全竜がそこで一旦足を緩める。
大歓声が地面を伝って足の裏に響いてくる。
ゴール線の少し前で坂が終わり、そこから各竜の騎手が一斉に鞭を打つ。
十二番の竜に全竜が一斉に襲い掛かる。
内から三番、外から七番と十番。
三番と七番の竜が内と外から十二番の竜に並びかける。
そこがゴール線だった。
ゴール線には、内と外二人の係員が着順を観察している。
さらには競竜場の中央に監視塔という塔が立っており、そこが不正の監視もしている。
着順観察官は、すぐに着順を書いた紙を照らし合わせ、それを監視塔に報告する。
大きく差異が無ければ着順確定である。
微妙な差であれば同着となる。
人の目で見て判断している事なので、同着になることはそれなりに多い。
一着十二番、二着三番、同着七番、四着十番。
中央の巨大な掲示板に番号の札が掛けられたのだった。
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