第34話 出立

「じゃあドラガン、行ってくるよ。エレオノラの事、よろしく頼むな」


 そう言うとポーレはエレオノラに、ドラガンおじちゃんのいう事をちゃんと聞くんだぞと言い含めた。

エレオノラは元気にわかったと返事し、ドラガンの下に駆けて行き、ひしと抱き着く。

ドラガンもそんなエレオノラを抱きかかえ頭を優しく撫でた。


「くれぐれもお気を付けて。皆無事に帰る事を願っていますから」


 ドラガンは少し眉をひそめ憂いのある顔をする。

その顔を見てポーレは鼻を鳴らした。


「やはり姉弟だな。そういう顔するとどことなくアリサに似ているよ」


 絶対にアリサのために復讐を果たしてやる、そんな気持ちがふつふつと湧いて来る。

そうポーレは感じていたが口には出さなかった。


 ポーレから不穏な何かを感じたのだろう。

ドラガンはエレオノラの顔を見て、ふっと笑みをこぼした。


「そうだ! ロハティンでエレオノラが好みそうなぬいぐるみを買って来てくださいよ。一つだけじゃダメですよ。エレオノラは良い子にして待っているんですから」


 ドラガンのお願いにポーレは参ったという顔をした。


「ザレシエもだよ。ラズヴァンの玩具買ってくるんだよ。チェレモシュネさんも、タロヴァヤさんも、産まれてくる子の玩具買って来てくださいね。アルテムはイネッサの髪飾りかな?」


 それを聞いたアルテムが何でその事を知ってるんだと言ってぎょっとした顔をした。

それを見たその場の者たちが笑い出した。


「え? まさかあれで内緒のつもりだったの? この街の人みんな知ってるよ?」


 アルテムはきょろきょろと回りの人の顔を見渡す。

目が合うとどの人も笑いを堪えうんうんと頷いた。

しかも少し離れた場所で心配そうな顔でイネッサが見送りにきてるのが見える。

アルテムは目を覆い、観念したという風に小刻みに首を振った。

その仕草にその場の皆がまた笑い出した。


「マクレシュさん、アテニツァ、皆をよろしくお願いします」


 ドラガンが頭を下げると親指を咥えたエレオノラもちょこんとお辞儀をした。

その姿に癒されたマクレシュはエレオノラの頭を優しく撫でた。



 こうして、ポーレ、ザレシエ、マクレシュ、アテニツァ、チェレモシュネ、タロヴァヤ、アルテムの七人はロハティンへと向かって行った。

全員恰好は冒険者のそれである。




 アリサが亡くなってから、アリサが行っていた街の女性たちのケアはマイオリーの妻アリョーナが行っている。

ベアトリスやダヤナたちロハティンに向かった者たちの家族を家に呼び毎日のように話をしている。

時にはドラガンやレシアも呼ばれている。



 アリョーナから聞くのは毎回街のリアルな声である。

首脳部の会議はどうしても各責任者の利害関係が出てきてしまう。

生ゴミの問題のように、ホロデッツとマチシェニが全力でぶつかり合っているような件はそれで良い。

だが極稀にだが責任者の利害の為に市民が我慢を強いられている問題というのがある。


 最近問題になったのは市場問題である。

現在、市場がまだできておらず市場の担当者がいない。

一応タロヴァヤがゆくゆくはその担当にという事だけは決まっている。


 物資担当はヴィクノがやっているのだが、正直まだ仕事を始めたばかりのヴィクノは物資配分の管理ができているとはお世辞にも言い難い。

それに市場の件はヴィクノの仕事の範囲外である。


 各家の主婦たちは自分の作った物を家族に食べて貰いたいと思っても市場が無いため、ヴィクノに言って物資を貰うしかない。

その声を挙げたいのだが、誰に言って良いかわからない。

実はその声をドラガンたち首脳の耳に入らないようにしていた者がいた。

それがコウトであった。


 コウトは現状で多くの人が食堂広場を利用してくれる事に満足している。

コウトにも自分がこの街の人たちの胃袋を支えているという自負がある。

皆の表情を見て、明日はこれを作ろう、最近これが旬だからこれを食べてもらうと試行錯誤している。

できれば奥さんたちを食事の事で煩わしたくないと考えているのである。


 コウトの考えは十分に理解できるし立派である。

だがその思いを強要してはならない。

そう首脳たちはコウトを説き伏せ、後々大市場になる予定の北街道に一軒の商店を開かせた。

今の所値段は管制価格だが、最終的にこの街の物資の値段は市場原理に委ねる方向である。

恐らくこの商店が変動価格になった時点で、一斉にそうなっていくのだろう。




 ゲデルレー兄弟の鍛冶屋では、毎日木を削る音がしている。

ドラガンたちの模型と設計図を元に、湯気で動く輪の試作品を作っているのである。


 ドワーフたちの鍛治術は、まず木で模型を作る事から始まる。

この時少しだけ大きめに作るのがコツである。

それができたら浜から砂を持って来て、天日で何日も干し、それを少量の水で固めて砂の塊を木枠に詰めていく。

その砂の中に模型を埋め込んで引き抜く。

筒や瓶のような形の場合はその模型の中にさらに砂で蓋をする。

そうすると、模型の形にそった隙間ができる。

そこに溶けた鉄を流し込んでいくのである。



 問題はこの方法では細い管は作れないという点。

そこでゲデルレー兄弟はその部分は街のもう一軒の鍛冶屋にお願いした。

そちらは薄い鉄を叩いて伸ばして成型している。


 ベルベシュティ地区とサモティノ地区は一見すると同じように鉄を叩いて成型しているように見える。

だが実は大きな違いがある。

ベルベシュティ地区は薄い鉄板を均等に細かく叩いて最終的な形に整えていくのに対し、サモティノ地区は焼けた鉄の棒をその状態で叩いて成型していく。


 ベルベシュティ地区とサモティノ地区ではそれなりに技術交換があり、どちらもやれるという職人が多い。

建設工事の助力でプリモシュテン市に来ていた鍛冶屋もどちらもやれるという鍛冶屋であった。

ただしサモティノ地区のやり方は補助のできる人が必要で、普段はベルベシュティ地区の技術で修正や補修を行っていた。



 こうして試作品を作り続けることほぼ一月。

ついに最初の試作品が完成したのだった。

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