第35話 選択

 ドラガンたちがアバンハードを発った翌日、ヴァーレンダー公はソロク侯とゼレムリャ侯を呼び出した。


 二人が宰相執務室に入ると執務机にヴァーレンダー公が座り、その隣にボヤルカ辺境伯が立っていた。

ヴァーレンダー公は入室した二人を机の前に立たせ、ホストメル侯たちの事で知っている事を何でも良いので教えて欲しいと切り出した。


 ゼレムリャ侯は本当に何も知らないようで、定期的にホドヴァティ村から村長がやってきて金銭の授受があったと自白しただけであった。

ソロク侯は、ナザウィジフ辺境伯同様、彼らの一派として指示書が来て宮廷工作を頼むと依頼されただけであった。


「貴殿たちにはこれから一旦領地に戻って、可及的速やかに、ホストメル侯爵領とオラーネ侯爵領を落としてもらいたい。手段は任せる。ただし、わかっているとは思うが略奪や凌辱は断じて許さない。判明次第処罰を受けると覚悟してくれ」


 二人は御意と言って礼を取ると、すぐに退室した。



 二人はソロク侯の屋敷にやって来て、難題だと言って頭を抱えた。

侯爵領はどこもそれほど保有している兵力は変わらない。

スラブータ侯爵領とマロリタ侯爵領がロハティンに近い関係で経済的に裕福で兵数が若干多いという程度である。

ホストメル侯爵領もアバンハードに近い関係で同様に兵数が多いのだが、ソロク侯爵領はそうではない。

大都市から遠いゼレムリャ侯爵領は言わずもがな。

つまり、こちらの方が総合的に考えて兵数が少ないという事である。

ただでさえ犠牲の多く出る侵攻戦だというに相手より少ない兵数で作戦を行えというのだ。


 実際には両侯爵領はスラブータ侯爵領に兵を出しており、領地に残った兵はソロク侯たちよりも数が少ないだろう。

だがそれは公開情報ではなくソロク侯たちの知るところではなかった。


「貴殿、どう思う? 先ほどの命を」


 ソロク侯はゼレムリャ侯に困り顔で尋ねた。

ソロク侯は四十代中盤。

かなり特徴的な口髭を蓄えており、細身で身長もそこまで高く無い。

顔はかなり気弱な印象を受ける。


 対してゼレムリャ侯は三十代前半。

薄い金色の波がかった髪を無造作に伸ばしており、一見すると役者のようにも見える。

だがよく見ると目は円らでどこか頼りなげな印象を受ける。


「疑われている、そう言う事なんでしょうね。謀反人にされたくなければ忠節を示せと。殊更、略奪や凌辱をするななんて注意されたという事が物語っているかと」


 ゼレムリャ侯の見解にソロク侯も同感だと言ってうなだれた。


「このまま疑われるがままに向こうに付くという手もあるが……どうする? 我らが向こうに付けばアバンハードは完全に孤立だ。大勢が決してしまうような事もあると思うが」


 ソロク侯の提案をゼレムリャ侯はゆっくりと思案した。

確かに自分たちが謀反に加担すればアバンハードは陥落するだろう。

ただ、そんな事に気付かぬヴァーレンダー公ではないはずだ。

何かある。

そうゼレムリャ侯は考えた。


「そうか……そういう事か。ヴァーレンダー公は私たちを試しているんだ」


 ここまでヴァーレンダー公が動かしていない軍がある。

アルシュタ海軍とペンタロフォ、ルガフシーナの両軍だ。

つまりここでゼレムリャ侯爵軍やソロク侯爵軍が、ホストメル侯爵領を攻める為にアバンハードに軍を入れた段階で謀反とみなしセイレーン軍とトロル軍を動かして我らの領地を攻めるつもりなのだ。

兵を動かさずにホストメル侯たちのように領土を封鎖しても同様だろう。

アルシュタ軍、ペンタロフォのセイレーン軍、ルガフシーナのトロル軍で、まずはゼレムリャ侯爵領を、次いでソロク侯爵領を攻めさせる。

これで大陸東方の不安要素は排除できる。

乱が収まった後、当然空いた侯爵位にはヴァーレンダー公の縁者が領主となるであろう。


「後戻りできない道を進むか、それとも多大な領兵の犠牲と引き換えに従属を選ぶか」


 中立を保つはずが最悪の二者択一を選ばされる事になった。

そう言ってゼレムリャ侯は拳を机に押し付けて憤った。


「で、貴殿はどちらを選ぶのだ?」


 ソロク侯の質問にゼレムリャ侯は静かに目を閉じ首を横に振った。




 自領に戻ったゼレムリャ侯は兵を準備し、船に乗せ海路アバンハードの西の海岸へ接岸。

そこで兵を降ろし事前に待機していたソロク侯爵軍と合流。


 兵たちを前にして武装したソロク侯とゼレムリャ侯は士気高揚のための演説を始めた。

すぐ東にはアバンハードの城門が見える。

門はまるで挑発するかの如く開け放たれている。


「我らはこれから賊の討伐に向かう。残念ながら我らの方が兵が少なく苦戦は必至である」


 ソロク侯がそう言うと、将軍の一人が望むところだと威勢よく剣を掲げた。

兵たちもそれに続き歓声をあげる。


「少しでも優位に事を進めるために我らは迅速な行動を心掛ける必要がある」


 ゼレムリャ侯の言葉に兵たちがさらに歓声をあげた。

ゼレムリャ侯はソロク侯の顔をちらりと見る。


「敵はホストメル侯、及びオラーネ侯! まずは一気に侵攻しホストメル侯の屋敷を占拠、次いでオラーネ侯の屋敷を占拠する。知れば当然彼らはスラブータ侯爵領から引き返してくるだろう。その前に占領を終えねばならん」


 ゼレムリャ侯の説明に兵たちの興奮は一気に高まった。

皆、思い思いに武具や防具をカチカチと鳴らす。


「わかっていると思うが、略奪などしている余裕はない。そんな事をしていたら我らは戻った敵軍に皆殺しに遭ってしまうだろう。もう一度言う、迅速を心掛けよ!」


 ゼレムリャ侯の檄に「おお!!」と兵たちが大声で呼応した。

最後の命をゼレムリャ侯はソロク侯に促した。


「出陣!!」




 『迅速を旨』と言われ、西街道を兵たちは一気に駆けた。

船での輸送であった為、残念ながら騎兵が全くいない。

全て歩兵である。

一応、対騎兵用に長槍兵は連れて来ているが、若干足が遅く最後尾となっている。


 隊列は異常に長くなった。

ホストメル侯の守備軍はその長くなった隊列を分断するようにベルベシュティの森から何度も奇襲をかけた。

だが、ソロク侯爵軍もゼレムリャ侯爵軍も最低限の迎撃兵を残し、真っ直ぐ侯爵屋敷へと向かった。



 侯爵屋敷前には守備軍の主軍が陣取っていた。

その指揮は亡きホストメル侯の次男が執っている。


 先行していたゼレムリャ侯爵軍はある程度後続が追いつくと一斉に突撃を開始。

侯爵屋敷前はあっという間に混戦となった。

だが続々と後続が到着。

当初数において有利であったホストメル侯爵軍は、徐々に劣勢となって行き、気が付けば完全に取り囲まれてしまっていた。


 ホストメル侯の次男と親衛隊が討死すると残りの兵は全員降伏した。


 ゼレムリャ侯の軍を追い抜き、ソロク侯爵軍はホストメル侯の侯爵屋敷を無視し、オラーネ侯の侯爵屋敷へと向かって行った。

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