第33話 模型

 ザレシエたちが『復讐リスト』なる物騒なものを作っている裏で、ドラガンたちは湯気で動く輪の模型を作っていた。


 街には最初から材木加工を専門で行っている者が何人かいる。

材木がなければ街づくりは全く進まないのだから当然だろう。

その者たちは建築担当のオラティヴの管轄となっている。

そこでドラガンはオラティヴに頼んで材木加工の者を一人借り、一日かけて模型を完成させた。



 翌日、朝からドラガンとラルガは工員宿舎の大会議室に多くの者を集めた。

これからやろうとしている事を少しでも多くの者に見てもらいたいという思いで。


 真っ先にやってきたのはザレシエであった。

ザレシエはこういう話に目が無い。

次にゾルタンとアルテム、ナタリヤ。

この三人は学生時代からドラガンの作るものに興味津々なのである。

ゲデルレー兄弟はそのすぐ後。


 その後でポーレ、アルディノ、バルタといった幹部たちが続々とやってきた。

さらにネヴホディーとザバリーがぞろぞろと子供たちを引き連れてやってきた



 最初にドラガンたちが見せたのは新たな船の模型であった。

船の後ろに大きな水車の付けられた不思議な形の船。

これが今目指している新たな時代の船だとドラガンは説明した。


「この後ろにある水車がくるくる回る事で、竜車が陸を進むように船が海上を進むんだ」


 集まった者たちはその説明に口をぽかんと開け、何を言っているのだろうという顔をしている。

まだ説明は途中なのだろうから説明の続きを聞こう、そんな雰囲気である。


「で、この水車を回すのがこの湯沸かし器なんだよ」


 そう言ってドラガンは奇妙な形のやかんを取り出した。


「このやかんで湯を沸かす。そうすると湯気が出るだろ? それをね、管を通して外に吹き出させるんだ。その噴き出た湯気で水車を回すんだよ」


 そこまで聞いてザレシエが手を挙げた。


「あの、パン。もしかして、この船を動かすのって、ずっと船の中で湯を沸かしてなあかんのですか?」


 ドラガンはザレシエの質問にそれがどうかしたのという顔をした。


「パン、船は木でできてるんですよ? そんな中で火を燃やし続けて大丈夫なんですか?」


 ザレシエの問いに、ドラガンでは無く、ホロデッツが今だって船上では炊事で火を燃やしてるじゃないかと指摘した。

当然今でも竈の回りはレンガで囲んでいるし、そのレンガは使用前に塩水をかけてから使う事にしている。

不安ならその周りをさらに別のレンガで囲えば良いだけの話。

今だって竈の回りをレンガで囲って、その中で冷めた料理を温めたりしている。

竈は触ったら火傷するが、外のレンガは手で触ってもそこまで熱いわけではない。


 ホロデッツの説明にザレシエもなるほどと納得した。



 次にドラガンは細長い筒を取り出した。


「で、その湯気なんだけど、この筒に注ぎ込むようにするんだ。筒の中にはこんな風にぴたりとした小さな筒が入ってる。これを湯気が押し出してその勢いでこっちの輪が回るんだ」


 この辺りから全く話に付いて行けないという者たちが続々と出始めている。

それはドラガンとラルガも感じているようで、かなり不安そうな顔をし始める。

だがこんな感じなんだけどと言って輪の方を回すと一斉に歓声が起こった。


 それに最も食いつたのはやはりザレシエであった。

さらにゲデルレー兄弟。

そして教師の二人であった。


 途中の説明はよくわからないけど、最終的にどうなるのかはわかった。

これは画期的だと言い合っている。


「これは……もしこれが上手くいくようやったら、他にも色々と転用できるんと違いますか?」


 ザレシエの指摘にネヴホディーが私もそう感じたと言い出した。

まずは船だろうが、陸でもやれるようになるのではないか?

もしかしたら、一人が竈に墨をくべ続けるだけで大量の荷物の輸送ができたりするかもしれない。


 ネヴホディーの思い描く展望に、やっと集まった者たちはそれは凄いと盛り上がり始めた。

まずは大型船での大量輸送ができればとザレシエが言うと、エモーナ工業の社員たちが興奮して大盛り上がりになった。



 ザバリーはそんな喧噪の中にあって、筒の仕組みの方に非常に懐かしいものを感じていた。

ザバリーが人生の中で最も感動した物。

まだ学生だったドラガンが水突きを元に作った井戸の水汲み器である。


 あの日、朝も早くからベレメンド村の村民たちが集まって来ていて、ロマンがそれを整理し、ドラガンに水汲み器を動かしてもらっていた。

皆、手には朝食を握っていて、水汲み器から水が流れ出ると朝食そっちのけで水汲み器に熱中した。


 ザバリーはあの時、前日遅くまで呑んでいたせいで村人たちがひとしきり感動した後で現れた。


 そんな状態であったが、あの時の水汲み器の感動は片時も忘れたことは無い。

あれがザバリーの教師人生の中でも最も印象に残った出来事だからである。


 字は異常に綺麗なのに、絵を描かせたら怪物のようなものを書く。

計算はすぐに間違えるのに、大人も驚くような物を作り出す。

運動も武芸もからっきし駄目。

そんなおかしな少年ドラガン・カーリク。


 久々に会ったドラガン少年は背が非常に高くなっており、立派な市長であった。

あまりの変わりように本当に同一人物なのだろうかと疑問を抱く事すらある。


 だが、今、目の前にドラガンが提出した模型を見てザバリーは感動を覚えている。

ああ、やっぱりこの人はドラガン・カーリクなんだ、あのベレメンド村の発明少年なんだと。



 ザバリーは無言で筒の模型を手に取った。

間違いないだろう。

ドラガンかそれともあのラルガか、どちらの発想かはわからない。

だがきっと大元の着想は農園にあるあの水汲み器であろう。


「ザバリー先生はどう思いますか? 上手くいくと思いますか?」


 あの頃と全く同じ笑顔で、あの頃と同じ澄んだ瞳で、ドラガンはザバリーに尋ねた。


「さあなあ。何度も言うが私の専攻は植物学だからね。どちらかといえばマチシェニ君の説明する事の方がよく理解できるんだよ」


 どちらかと言えばそっちの方が凄いとザレシエとドラガンは笑い出した。


「だけど、きっと君ならやれると私は確信しているよ。なにせ君は私にその事をずっと示し続けてくれたんだからね。是非成功させて、ここにいる子供たちにベレメンド村の時のような感動を与えてやって欲しいなあ」


 ザバリーはそう言ってネヴホディーと二人でドラガンとラルガの肩に手を置いた。

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