第32話 リスト
ザレシエとポーレはプリモシュテンに戻ってから、毎日のようにロハティン潜入計画を練っている。
『復讐リスト』
二人はそれを特に念入りに作成している。
プリモシュテン市にはロハティンから救出されてきた人が非常に多い。
その者たちは大きく別けて三種に別れている。
一つ目は、なんらかの理由で身ぐるみを剥がされ商品にされていた女性たち。
二つ目は、商品として連れて来られた山賊たち。
最後に、商品にするために孤児院を潰され誘拐された子供たち。
亡くなったアリサもロハティンにいた頃一つ目の女性たちのグループに入れられそうになっている。
一つ目のグループは基本的には性奴である。
彼女たちに事情聴取をしていて最も出てきた名前は食堂街組合の組合長カルポフカという人物の名であった。
ドラガンもリストを見て、アリサがこの人物が憎いと言っていたと睨むような目で言った。
それを聞いたザレシエは当初、中位くらいだったカルポフカの順位を三位に挿入した。
首位はもちろんブラホダトネ公の家宰であったヴィヴシア。
二位は木漏れ日のジャームベック村を潰すきっかけとなった公安のブロドゥイという警部補。
四位が公安委員長ダニーロ・イレムニア。
五人目は街道警備隊の隊長ラズメ。
とにかくリストの人数は膨大な数になっている。
これを全員殺害したら、ロハティンから役職のある人物は全員いなくなるのではというくらいの人数が挙がっている。
ロハティンから救出された者たち十人に話を聞けば二十人の人物の名が挙がるというような状況なのである。
当然重複している名前もある。
特に多くの者が名を挙げたのは、ヴィクトル・チェレピンという金貸しと、アンドレイ・バリシコフという盗賊団の元締めの名であった。
孤児院の子供たちがやたらと名を挙げたのは大聖堂の神父ブリャンカの名であった。
孤児院にはかなりの額が運営補助金として投入されている。
だがそれはそういう事になっているというだけで、実際には大聖堂に横取りされて雀の涙ほどの資金しか渡されていなかった。
その為、孤児院では皆で何か売れる物を作って、ベルベシュティ地区の商店で売ってもらい運営費に充てていたのだった。
日々の食料も本来は支給されている事になっている。
だがそれも大聖堂が全て押収している。
その為、孤児院ではベルベシュティ地区やキシュベール地区の行商にお願いして、毎日痛む寸前の売りに出せない野菜をわけてもらい、それを食べていたのだった。
ザレシエは聞き取りを行う際、相手は一人づつ呼び寄せ、こちらはポーレ、ザレシエ、マクレシュの三人という体制で挑んだ。
相手に威圧感を与える事で、噂話程度の名を出させないようにする為である。
つまり、本気で復讐したいという人物の名だけを挙げてもらったのだ。
だが、それでも救出者たちの恨みは激しく、皆、涙ながらに三人に訴えた。
マクレシュはそれなりに歳であり、かなり涙腺が緩くなっている。
途中から涙が止まらなくなっていた。
一通り聞き取りが終わると、マクレシュは義侠心に燃えた。
「あいなカスどもは皆殺しにしてすまうべ!」
ポーレとザレシエにそう言い放った。
「やりすぎるなだど? 馬鹿な事言うな。ヴァーレンダー公どの縁切ってでもリストさ入った者は全員斬り殺してける!」
マクレシュは手紙をしたためるとプラマンタを呼び、ヴァーレンダー公の家宰ロヴィーに届けて貰った。
内容はブラホダトネ公からこの一連の責任者の名前を聞き出して欲しいというものであった。
ブラホダトネ公が挙げてきた名前は基本的にはロハティンの闇社会の幹部たちであり、そのほとんどが救出者たちのリストと合致していた。
驚いたのはブラホダトネ公が大聖堂の横領を知っていたという事であった。
つまり知っていたがどうにもできなかった。
それほどまでに闇社会の結束力が強かったという事であろう。
ブラホダトネ公が闇組織の幹部として挙げた中にマクレシュが驚いた名がある。
『ヤナ・マロリタ』
ブラホダトネ公の妻にしてマロリタ侯の娘である。
ロヴィーの手紙によると、ヤナは最初からロハティンの闇社会の支配を盤石にする為に嫁いできたらしい。
結婚したその日の夜、自分で政略結婚だと言っていたそうだ。
非情に欲望の強い女で、自分が欲しいと思ったものはどんな事をしても手に入れる質である。
それは食事や装飾品、工芸品だけに止まらない。
執事の中でも顔の良い者を寝室に呼び、欲望のままに一夜を共にしていた。
ブラホダトネ公とは結婚してからほぼ夜の営みは無いらしい。
だが家宰のヴィヴシアとは何度も寝室を共にしている。
そういうわけだから、嫡男ミコラの父が誰なのか、それは恐らくヤナですらわからないであろう。
少なくともブラホダトネ公でない事だけは確かだろう。
ロハティンの人事は基本ヤナとヴィヴシアによって決まっていた。
闇社会に少しでも手を加えようとするとその者は総督の名によって更迭になる。
困った時には演説の書面を持って来て、これをテラスで読めと言われたらしい。
当然最初は拒んだ。
だが、ある日食事に毒を入れられた。
幸い命に別状の無い薄さの毒であったが、数日手足のしびれが治まらなかった。
その時耳元でヤナは言った。
「あなたなんて、いつでも病死させる事ができるのよ」
そこから二人の言う事を聞くしかなくなってしまったのだそうだ。
悔しいがロハティン総督として、ロハティンの闇組織の表の顔として必死に彼らの尻ぬぐいをしなければならなくなったのだ。
ヤナとヴィヴシアが最も嫌っていたのがスラブータ侯であったそうだ。
何とかしてあの領土をロハティンの一部にしてしまいたい。
そうすればマロリタ侯爵領からホストメル侯爵領まで一つの勢力にできるのに。
そこでブラホダトネ公はスラブータ侯に危害が及ばないように極力冷たい態度を取り続けた。
先代のロハティン総督と同様の付き合いでは、必ずスラブータ侯に危害が及ぶ事になる。
その意図を汲んでくれたのか、はたまた本気で嫌われたのか、スラブータ侯は距離を置くようになった。
ドラガン・カーリクという人物の話を聞いたのは、実はスラブータ侯が行方不明になってかららしい。
竜産協会による竜の窃盗については承知していた。
だが、それがみるみるうちに大惨事になっていって、ヤナとヴィヴシアもかなり焦っていた。
何としても始末しないとと事ある毎に言っていたそうだ。
最後にブラホダトネ公は一つ頼みがあると言っている。
もしヤナとヴィヴシアの暗殺に成功した際は、ミコラも一緒に送り出してやって欲しい。
血は繋がっていなくとも父親としての慈悲。
そうブラホダトネ公は言っている。
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