第31話 設計図
湯沸かしの研究はドラガンがアバンハードに行ってもラルガ一人で続けられていた。
ラルガはとにかくこの研究が楽しくて仕方がなかった。
妻も娘もいるのだが完全に寝食を忘れて熱中してしまっている。
正直なところを言えば、ラルガも湯を沸かして竜車を走らせようなど何を言っているのだろうと最初は思っていた。
ドラガンから原案を見せられても、面白い案だとは思いながらもできるとまでは考えていなかった。
後の世で自分の研究を受け継ぎ形にしてくれる人がいれば良い、それくらいの気持ちであった。
だが陶器の急須で風車が回った。
もちろん最初は手で止めれば簡単に止まってしまうような弱い力だった。
だが、吹き出し口を改良したり、湯沸かしの瓶を大きくしたり、風車を覆って湯気の逃げ口を極力無くしたりと工夫を重ねる事で、徐々にではあるが手では止められないくらいの強い力となっていった。
ドラガンの考えている事は間違いなくやれる。
ラルガはそこから研究にのめり込んだ。
ドラガンの構想は、マーリナ候の領府ジュヴァヴィからプリモシュテン市までを造船所で使っている敷棒で繋いでしまって、造船所で使っている台車に荷台を付けたものをこの湯気の車で引かせるというものである。
そうすれば竜車が無くとも炭や薪を燃やして水を補充するだけで大量の荷物を往復させられるのではないかと。
ラルガもそれができたら夢のようだとは思う。
だが現状ではそこまでの力は出る気がしない。
せいぜい人一人が運べれば御の字といったところだろうと感じている。
代わりにラルガはドラガンのもう一つの構想、竜無しで船を動かすという方を推している。
実はラルガは湯沸かし器の方では無く湯気が噴き出す方に注目している。
もっと上手く風車を回す事ができないのだろうかと。
ある日ラルガは行商のベロスラフが竜車で帰って来るところを目撃した。
昨今プリモシュテン市も人が増え、市民だけで消費できないくらいの食物も実り、工芸品なんかも色々とでき始めている。
特にベルベシュティ地区から輸入した竹を篭に編んだものは、マーリナ侯爵領とオスノヴァ侯爵領でとんでもないブームとなっている。
イリーナとベアトリス、アンドレーアは毎日のように街の奥さん連中を集めて竹篭を編んでいる状況である。
その行商の竜車の車輪を見て、ラルガはこれだと思ったらしい。
風車を回すのではなく、湯気を筒に閉じ込めて車輪を直接回す事ができたりするのではないだろうか?
だが中々設計図が書けない。
来る日も来る日も家に閉じ籠って設計図を引き直した。
こうして最近やっと満足のいく設計図ができた。
ところが誰に見せても何の反応も無い。
皆首を傾げるだけなのである。
バルタとアルディノは顔を引きつらせ、俺たちにこれを見せられてもわかるわけがないだろうと乾いた笑い声を発した。
パンが戻ったらパンに見てもらってくれ。
それか学校に行って先生たちに意見を求めて来いと言われてしまった。
ラルガは言われるがままに学校へ行き二人の先生に設計図を見せた。
ここの所子供たちの数が増えに増え二人だけでは手が足りなくなりつつある。
そのせいで放課後に来てくれと一度は追い返されてしまった。
ザバリーは専攻は植物学でありこういう事はさっぱりである。
ドラガンの作るものを理解するのにも四苦八苦であった。
一方のネヴホディーは純粋に児童教育が専門であり技術といったものには残念ながらそこまで詳しくは無い。
だが二人ともその設計図を見てある事に気が付いた。
これを実現させるにはかなりの熟練の鍛冶技術が必要になるはずだ。
残念ながらこの街には道具を修理できる鍛冶職人はいるが、鉄から製品を作る職人がいない。
もしかしたら、キシュベール地区までいかないとこれを形にする事ができないかもしれない。
ラルガは紋々としながら日々を送る事になった。
ラルガの妻はラルガに、今は頭を休ませる時なのだからパンが戻るまでゆっくりと頭を休めて、パンが戻ったら元気な頭でまた研究にのめり込んだら良いと諭した。
ラルガも妻の言う事に納得し毎日娘と遊んで頭を休める事にした。
そこにゲデルレー兄弟が移民してきたのである。
ラルガがその兄弟の事を知ったのは兄弟が来てかなり話題になった後であった。
既に二人はそれなりに仕事が来るようになり毎日が充実しだしていた。
そこにラルガがやってきて、この設計図を見て欲しいと言って来た。
二人は言われるがままにその設計図を見るのだが、正直それがなんなのかがわからない。
作るのは作るが、できればわかるように説明して欲しいとお願いした。
わかるように説明。
これほど研究者にとって難しい事は無い。
ビールはどうやって作るのと問われ、大麦の芽を出させてそれを水に漬けておき樽に仕込むとビールになると言っても理解してはもらえないであろう。
何故なら何でそれで酒ができるのか誰も理解していないから。
やはりここはドラガンが戻るまで大人しく待つしかない。
ラルガは完全に挫けてしまっていた。
「ラルガ、聞いたよ! 何か凄い事を考えたんだってね!」
ラルガはその言葉に涙が出そうになった。
やっぱりこの方かザレシエしか自分の事を理解してくれる人はいない。
ドラガンから設計図を見せてと言われ、ラルガは机から一枚の設計図を取り出した。
二人はベレメンドエリアの工員宿舎の隣に小さな研究所を建築してもらっている。
入口には『ベレメンド研究所』と書かれた板が立て掛けられている。
非常に綺麗な字で書かれており、知っている者ならそれがドラガンの書いた字だという事がすぐにわかる。
その研究所で二人で一つの机を囲んで一枚の設計図を眺めている。
ドラガンはその設計図を見て二点の改良点を指摘。
一点は熱い湯気の入る口と冷めた湯気の出る口に一方通行の蓋をした方が良いという点。
もう一つ、恐らくその筒自体を水で冷やした方が良いという点。
ドラガンは紙を取り出すとこんな感じだとさらっと描いていった。
相変わらず小さい物も大きい物も同じサイズで描くので非常にわかりづらい。
だが、この設計図をパッと見ただけで理解して改良を加える。
やはりこの人はただ者では無いとラルガは改めてドラガンを尊敬の目で見た。
「実はパン。これを事前にゲデルレー兄弟に見せたんですよ。そうしたらあの兄弟から、これをわかるように説明して欲しいって言われたんです」
どうしたものでしょう?
そうラルガに尋ねられドラガンは頬杖をついて無言で悩んだ。
ゲデルレー兄弟の意図がわからない。
そもそも試作品である。
設計図があるのだからそのまま作るだけなのに何でそんな事を言い出すのだろう?
暫く考え込んで一つの結論に達した。
恐らくはゲデルレー兄弟もこれが何か面白そうな事だと感じたのだ。
だから自分たちもこれに関与したいのだ。
「よし! 木を使って模型を作ってみよう。その上で幹部たちとゲデルレー兄弟、先生二人を集めて見てもらおうよ!」
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