キンメリア大陸

第30話 ゲデルレー兄弟

 プリモシュテン市に戻った翌日、ドラガンは市の幹部を集めて情報交換を行った。

当然、ドラガンたちがアバンハードへ行っていた間もプリモシュテン市ではそれなりに事件は起きている。


 さすがに事件の最前線のアバンハードに比べれば些細な事ばかりで、あちこちから移民がやってきたという話と新たにいくつかの公共施設が完成したという話が主である。


 その中に少し不思議な話があった。

元々、プリモシュテン一帯は毒の沼地であった。

そのせいで未だに井戸を掘るという行為は許可されていない。

いくつか掘られてはいるのだが、そこから汲み上げられる水は用途が限られている。

畑への散水、洗濯、掃除、入浴。

決して口に入れてはならないとしている。


 その分、ベスメルチャ連峰から湧き水として注がれていた水は水路を掘って周囲を三和土で固め、上水として市内に流しており、市民はその水を飲料として利用している。

最初は一本の湧き水を食堂広場と工員宿舎に引いていただけであった。

だが、建築担当のオラティヴは、それだけではいづれ足りなくなると山の中を定期的に散策し、湧き水を見つけては上水道を作っている。

発見した湧き水の数は二十か所以上に及び、上水道の本数は七本に達している。

上水道には常に豊富に水が流れているという状況ではあるのだが、それでもオラティヴは足らないと言って湧き水を探っている。


 そんな感じでベスメルチャ連峰からの水をプリモシュテン市に引き続けた事で、ついに水抜きの水が出なくなったらしい。

元々は毒の沼地に水を補充していた湧き水である。

どうやら、上流でほとんどを上水道に取水してしまったようで、下流の吹き出し口まで来なくなってしまったらしい。

雨が降った数日はそれでも下水路に水が流れては来る。

だが数日晴れると完全に流れが止まってしまうらしい。


 先日、オスノヴァ侯爵領から帰って来たベロスラフたち行商隊が報告してきた事がある。

プリモシュテン市から東、オアスノヴァ侯爵領にはそれまで広大な毒の沼地が広がっていた。

そのせいで、ベロスラフたちは大きく北の海岸線に向けて進路を取り、毒の沼地を迂回するようにしてオスノヴァ侯爵領へと向かっている。

近くに毒の沼地があるという事で、冬場の一時期以外は毒蟲が大量発生しており、通行時襲われないように注意していた。


 ところが、今年、そう言った事がなかった。

不思議に思い、ベロスラフは毒の沼地を見に行ったのだそうだ。

どうやら毒の沼地が縮小しているらしい。

もしかしたら東の毒の沼地の水まで排水し始めているのかもしれないとオラティヴは推測しているらしい。

もしそうだとしたら、オスノヴァ侯爵領でも同様に水抜きの作業をしてもらえれば、大陸北部の毒の沼地は一掃できるのかもしれない。


 さっそくバルタはその事を文にしてオスノヴァ侯の家宰フェルマに提言したのだそうだ。




 このところ徐々に増えつつある移民者。

その多くはかつてドゥブノ辺境伯領に住んでいて、重税に耐え兼ねマーリナ侯爵領に逃げた者たちである。

基本的には新たな都市でやり直そうという者が多い。

だが、中にはマーリナ侯爵領でしっかりと手に職をつけていたにも関わらずプリモシュテン市に移民してきた者もいる。

その多くは農家と漁師。

農家だった者は自分の農地が欲しくて、漁師は自分の漁場が欲しくてやってきた。

だが残念ながらプリモシュテン市はまだそういう段階に来ておらず、全ての生産物は街に納められて、それを分配してる状況である。


 マチシェニとアルディノ、ボロヴァンは、その状況をやんわりと解消していこうと考えている。

だがその前にどうやら移民者から不満が出てきたらしい。

急場の対策としてマチシェニは畑の一部を元山賊たちや移民の農家に分場しており、さらに新規の畑の開墾を始めている。

アルディノは現在近郊だけの漁しかしていない状況を何とか遠洋に繰り出せないか模索している。



 そんな中、二人の移民がプリモシュテン市にやってきた。

二人はキシュベール地区から来たドワーフの兄弟。

兄はゲデルレー・バルナバーシュ、年齢は二七。

弟はゲデルレー・リハールド、年齢は二三。

共に髪の色は緑がかった茶色で、毎日手入れをしている髭は綺麗に三つ編みに編んでいる。

兄のバルナバーシュは背がゾルタンよりも少し高く、弟のリハールドはゾルタンより低い。


 実はゲデルレー兄弟はバルタと面識がある。

以前、バルタたちがキシュベール地区に船の巻き上げ機の製作をお願いしに来た時に、ティザセルメリ族長が紹介してくれた村レプシーニ。

兄弟はそこの出身なのである。

そこで師匠の元、鍛冶の技術を学んでいた。

師匠はさらに若い者を育てないといけないから、そろそろ独立をと兄弟に言っていた。

だが鍛冶屋というのは村に何軒も必要というような工房では無い。


 ティザセルメリ族長は巻き上げ機の受注を族長屋敷で受けて、それを各村に依頼していくという事を行った為、レプシーニ村に特需が来たなどという事は無かった。

色々考えた結果、兄弟はプリモシュテン市に行こうという事になったらしい。


 最初にその話をしてきたのは、弟リハールドの妻エステルであった。

エステルは人間の宿屋に働きに出ていて、そこで風の便りにプリモシュテン市の事を知ったらしい。

新たな街という事は、きっとドワーフの鍛治技術は重宝されるだろうから、家族で移住して新たな工房を建てましょう。

きっと繁盛すると思う。

そう言って夫を焚きつけた。


 悩んだリハールドは兄に相談。

するとバルナバーシュではなく妻のヴィクトーリアが大賛成であった。

だがバルナバーシュは二人の子供の教育の件があるからと最終的に拒絶した。

確かに幼い娘の事を思えば容易な判断は下せないとリハールドも一旦は諦めた。


 だが最近になって、またレプシーニ村にプリモシュテン市から部品受取りの商人がやってきた。

ヴィクトーリアは思い切ってその商人に聞いてみた。

以前、族長屋敷にいた者たちがそちらにいったはずで、その中には幼い子もいたはずである。

その子の教育はどうしているのかと。


 すると商人は現在二人の教師が来て、子供たちの教育を一手に行っていると教えてくれた。

亜人たちの子も多いし当然喧嘩なんかは日常茶飯事ではあるが、皆仲良くやっている。

それを聞いたヴィクトーリアはプリモシュテン市に行こうという話をもう一度夫にした。

今なら彼らの船が来ているから、それに乗せてもらえば労無くして行けると。


 バルナバーシュは妻の誘いに首を縦に振った。

翌日リハールドも決断した。


 実は彼らが乗って来た船は、今の所プリモシュテン市からキシュベール地区を往復していた最後の船となってしまっている。

その船がサモティノ地区に入ってすぐにスラブータ侯爵領が戦場になったからである。



 兄弟がバルタに挨拶するとバルタは大喜びして、その足でオラティヴの所に連れて行き、ベルベシュティ地区の通りに鍛冶工房を作るようにお願いした。


 最初はサファグンたちからの漁具の修理依頼が多かった。

特に浅瀬で貝を採貝している人たちからのくわの修理依頼が多かった。

ただ一日に一度依頼があるかどうかという状況で、毎日道具を手入れして食堂広場に食事に出かけるという状況であった。


 ところが徐々にだが、そのサファグンたちから腕の良い鍛冶屋が来たと食堂広場で評判になった。

その噂を聞いた農家たちがすきや鍬の修理を依頼するようになった。

大工たちものみなどのぎを依頼するようになった。

さらには冒険者たちが武器の修理を依頼するようになった。

今では毎日何かしらの仕事があり、それなりに充実した日々を送っている。



「その二人が来た事で、相談があると言ってラルガがパンが来るのを待っていますよ」

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