第56話 感謝
北東のリベジレ村では、若いエルフたちを集め井戸掘りが進んでいる。
モルドヴィツァ首長がうちの村の一大事業だと村民に説明してまわったおかげで、手の空いた者が井戸掘りを手伝ってくれている。
子供たちも学校が終わると井戸にやってきて興味津々で作業を見ている。
井戸作りに大きな石が必要と言われると、子供たちも喜んで河原に石を拾いに行った。
リベジレ村は居住区内に竜脈が二か所発見でき、二か所で作業が行われている。
腰の高さを穴の深さが超える頃から作業がかなりきつくなっていく。
飽きっぽい事では定評のあるエルフたちだが、人員を交代しながら必死に井戸を掘っている。
一方、南東のコシュネア村はかなり厳しい状況だった。
毎日、村のあちこちに羽根を挿して調査をしてみているのだが、居住区内では一本も羽根が湿る事はなかった。
ただ、別の場所でもう一本の竜脈を見つけた。
最初の場所は村の南東の外れ。
もう一か所は村の南西の外れ。
オストロフ首長に井戸の掘り方を説明し、村の若者を集めて掘っていってもらった。
ドラガンは、先に掘り始めたリベジレ村で井戸を掘る進捗を見ていた。
エルフたちが慣れないながらも頑張って掘ってくれたおかげで、穴の深さは人の身長を超えた。
そこで一度井戸掘りを中断し、井戸の周囲に柱を立て屋根を付け、滑車を吊り釣瓶を用意。
再度、井戸掘りを進めてもらった。
どちらの村も井戸掘りが軌道に乗ったところで、もう一つの難題、溜池の排水の方に取り掛かった。
子供たちはすっかりドラガンを慕っており、遊びの延長として作業を手伝ってくれている。
子供たちに近くの沢に案内してもらい、問題の溜池も見せてもらった。
確かに話に聞くように水は濁り悪臭を放っている。
ドラガンは子供たちに何本かづつ薪をもってきてもらい、水路をつくる場所に打ちつけていった。
北東のリベジレ村では、かなり前から農作業を行っていない。
農作業をしていた農夫一家が溜池の蚊に刺され全滅してしまったかららしい。
かつて農場だった場所は一面雑草が生い茂り、毒虫の生息場となってしまっていたのだった。
モルドヴィツァ首長を呼び、もう一度農場を運営する事は可能か尋ねた。
現状ではもう知識が失われてしまっているが、周辺の村へ研修に行かせれば、やりたいという者はいるかもしれないとの事だった。
首長に農場の運営者を探してもらう間、ドラガンは子供たちと一緒に畑の雑草を抜いていった。
少し作業をすると、毒蟲が出たり毒蛾が飛んできて、沢に逃がれて休憩になった。
そんな事を繰り返している為、中々除草が進まない。
数日後、除草作業中にリベジレ村の人間が様子を見に来た。
ドラガンたちが雑草を一か所にまとめているのを見て、風上で雑草を燃やすと虫が逃げるから後でやってみろと助言してくれた。
「しかし、やっとこの畑を何とかしてくれるのか……」
土手に腰かけた人間の農夫が呆れ口調で言った。
「やっとというのは?」
「これまで何度も村長経由で首長に言って貰ってたんだよ。この畑のせいで人間側に流行り病が発生してるって」
少し草を抜いただけで毒虫が発生している現状から考えれば、さもありなんという感じである。
「首長は何と?」
「管理者が死んでしまって、畑まで人が足らないって。そういう事じゃないって何度も説明したんだけどな」
エルフは総じて知能が高いはずなのに、この件に関しては頑なに理解してくれなかったと農夫はため息交じりで言った。
「いっそのこと畑をお借りしてしまったら良かったんじゃないですか?」
「ここの畑は水が枯れているから、香辛料くらいしか育たないんだよ」
その言葉でドラガンにふと疑問が浮かんだ。
逆に畑の水分が増えてしまったら、香辛料は育たなくなってしまうのだろうか?
「それはどうだろう? 泥沼みたいになったら話は別だろうけどね。ただ、雨が多いと味が変わる野菜は多いから香辛料も味が変わるかもしれないね」
雨が降り続いて畑が池のようになることがあるのだそうだ。
そうなると、もう作物は全滅を覚悟しないといけない。
収入が無くなり借金をして生活しないといけなくなると農夫は説明した。
「じゃあ、そうなったら水を抜く方法も探っていかなければいけないんですね」
「それができたら、そういう場合も影響を少なくできるね。というか、それができたら畑にできる場所が劇的に増える事になるだろうね!」
この大陸では、ベスメルチャ連峰から流れる大小の川によって、いたる所に沼地ができている。
リベジレ村周辺もオスノヴァ川の支流がすぐ近くを通っていて、頻繁に増水し水浸しになってしまって畑にできない場所が多い。
標高の高い場所では沼も水が抜けて万年沼とはならないが、下流域の平地では広大な底なし沼になっている場所も多々ある。
そういう場所では、毒の瘴気を発したり毒蟲が大量発生していたり、酷いところになると昼間でも死霊が出現したりする。
「そういう場所が畑にできれば村はもっと潤う。だから畑として管理できればって、ずっと言ってるんだよ。ここだけじゃなく大陸中でね」
畑の除草が終わるとドラガンは南東のコシュネア村へと向かった。
コシュネア村も徐々に井戸が掘れてきていて、リベジレ村同様、屋根を立て釣瓶を付けた。
コシュネア村の子供たちもドラガンのやることに興味津々で、ドラガンがどこかに行くとぞろぞろと付いて来る。
実に可愛い。
どうやらコシュネア村は、リベジレ村よりも標高が高いらしい。
そのせいか近くの川は川幅が狭く流れが早い。
オストロフ首長に話を聞くと、この辺りでは川の増水で氾濫したという話は聞いた事が無いらしい。
その代わり渇水に悩まされてきているのだとか。
人間たちも沢の近くの土地をどうにか整備し、そこを畑にして野菜を作っているらしい。
その畑も尖った石がゴロゴロしており、いびつな形の野菜しか育たない。
食料の多くは他の村からの購入となっており、周辺の村々は非常に貧しい状況なのだそうだ。
水路を引こうという計画自体、何度もあがっている。
だがそもそも川の水量が乏しく、それを引いてきても途中で地面に沁みてしまう。
さらに水路を掘ろうにも大きな岩が邪魔をする。
もっと沢から離れたところを畑にできれば良いのだが、それだと今度は水を運ぶのに難儀する。
確かに現在の畑から少し離れた場所に木の生えていない荒地がある。
土地がカラカラに乾いているようで、草も短い草ばかりである。
岩は
試しに川に溝を掘り下流側に石を並べ、どの程度の水が来ているのか見てみた。
流れている川筋だけを見ると細くて水量が乏しいように見えたが、思った以上に川底は深い。
溝を掘ってみると、流れが早い分かなりの水量であることがわかる。
これならジャームベック村でやったように水管で引き込めば、それなりの水量を確保できるかもしれない。
その日からドラガンは、子供たちと一緒に畑の上流にどんどん溝を掘っていった。
出てきた石は、井戸の側壁に埋めてもらうように運んでもらった。
翌日には、手の空いた人間も駆けつけてくれて、水路づくりは思った以上の早さで進んだ。
事前に水路予定の場所に薪を挿してあり、人間たちはそれを目印に水路を掘ってくれている。
ドラガンが岩地帯に水路を掘り終えた時には、すっかり水路は完成していた。
ジャームベック村で、ダニエラの父に教えてもらった事がある。
泥に油分の強い木の木屑を混ぜよく練ると粘土のようになるらしい。
試しに木の
これを掘った溝の底に塗ってもらった。
恐らくそこまで効果は無いだろうが、やらないよりはマシだろう。
水路の粘土が完全に乾燥するまで、川に入って川底を掘り、その周りに大きめの石を並べ、竹の水管の方に水路をずらした。
その後、溜池側から水路に向けて竹の水管を埋め川まで繋げていった。
竹の管に水を流す為に管の下流を石で堰き止め竹の口の周りに水を貯めていくと、突然、溜池の方から歓声があがった。
子供たちは大興奮でドラガンの元に来て溜池を見てよと手を引いた。
溜池に行くとかなりの勢いで水管から水が噴き出していた。
溜池に水が溜まると、溢れた水は水路を通り川へと流れていく。
水路に流れ出る水量は徐々に増えていき、十分な水量が排水されたのだった。
その光景を見た首長は感動で涙していた。
子供たちは大喜びで水路を走り回った。
”いいかいドラガン。誰かのためを思って真面目に仕事をすれば、どんな仕事でも感謝はされるんだよ”
昔モナシーさんが言っていたことは本当だったんだ。
ドラガンは子供たちの嬉しそうな顔を見てそう実感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます