第57話 政治

 南東のコシュネア村、北東のリベジレ村、共に井戸が掘れ、溜池への川の水の引き込みもできた。

ただ時間が経つと、管に泥が詰まったり、竹の管が割れたり、川の岩が崩れたりと徐々に不具合が出るはず。

その為、エルフたちだけで修繕ができるように構造をしっかりと説明した。

もし他の地区でも溜池で困っているようなら同じように対処してあげて欲しいとお願いした。




 二つの村での作業を終えると、ドラガンは族長の屋敷へ報告に向かった。

守衛でドロバンツ族長への面会を求めると、少し待っただけで家宰のミオヴェニが駆けつけてきた。


「ヴラドさん、首尾はどうですか?」


 首長たちから一報は受けているはずであるが、そこはやはりドラガンから直接報告が聞きたいのであろう。


「どちらも無事終わりましたよ。もう少しやりたい事はありましたけど、まずは報告と思いまして」


 そうですかそうですかと、ミオヴェニは何度も頷いた。


「しかし、えらい早う終わりましたね」


「エルフだけでなく人間の皆さんも手伝ってくださいましたから」


 ミオヴェニはドラガンの話に非常に満足げな顔で微笑んだ。


 ミオヴェニの話によると、ドロバンツも、あれからあちこちに出かけていて、かなり忙しかったらしい。

二人の首長から一度進捗の報告が来ており、それを嬉しそうに読んでいたのだとか。



 ドラガンは前回通された屋敷の応接室に通された。

ミオヴェニと二人、コーヒーを飲んで暫く待つとドロバンツが部屋に入ってきた。


 ミオヴェニから無事終わったそうですよと報告を受けると、ドロバンツはドラガンの手を取り、ありがとうと礼を述べた。

君ならきっとやってくれると信じていたと嬉しそうに言った。


 三人は応接机に着くと菓子をつまみながらコーヒーを飲んだ。

まずドラガンの方から報告を始めた。


 最初はエルフたちの手を借り井戸を掘っていたのだが、溜池の排水に取り掛かると人間たちが手伝ってくれるようになった。

話によると、人間たちも溜池が原因で流行り病で亡くなる者が定期的に出ていたらしい。

溜池を何とかしてくれと昔から村長に何度もお願いしていたが、畑の散水の関係でそういうわけにいかなかったのだそうだ。

畑を運営するものが病で倒れ、管理する者がいなくなっても溜池はそのままにされていた。

首長の話では、溜池を埋めると雨水の排水先が無くなってしまい人間の畑に流れてしまうと思われた為そのままにしていたのだとか。



「人間とエルフは、これまで距離を置いて付き合うてきたから、そういう意識のすれ違いは随所で発生しとるんやろなあ」


 ドロバンツは神妙な顔で言った。

ただこれからは、徐々にそういうわだかまりも解消されていくかもしれない。


「ヴラド、エルフと人間のわだかまりが溶けたんは君のおかげや」


 そう言ってドロバンツは微笑んだ。



 ドラガンの報告が終わると今度はドロバンツの報告だった。


 ドワーフのティザセルメリ・ロランド族長は、ベレメンド村の住人を皆殺しにされた事に激怒していた。


 事件の後、一人の青年ドワーフが族長屋敷に逃げ込んできた。

ベレメンド村から人間とドワーフの子供たちを引きつれて逃亡してきたので庇護を求めたいと、そのドワーフは要望した。

だがその時点では族長屋敷では詳しい事情がわかっておらず、ベレメンド村の人間たちがドワーフを騙して金を借りさせ強奪したと思っていた。

その為ドワーフだけなら庇護をするが人間の庇護はしないと回答した。


 ドワーフの子供たちを庇護した後でゆっくりと詳しい状況を聞いた。

だがその報告をティザセルメリはにわかには信じられなかった。

ベレメンド村のドワーフたちが、人間もろとも近隣の村の人間たちに皆殺しにされたというのだ。

しかもドワーフの居住区も勝手に競売にかけられたのだという。


 ティザセルメリはさすがにそんな馬鹿な話があるかと思い、ベレメンド村周辺のドワーフたちに実際のところ何が起こったのか探りを入れさせた。


 集まった情報にティザセルメリは激怒した。


 周辺の村のドワーフたちは、あの時、ベレメンド村に変な奴らが来ていると様子を伺いに行っていたらしい。

そこで、虐殺を受ける直前にベレメンド村のドワーフから、昨晩酒場から帰る時に竜産協会の奴らが村長宅周辺をうろちょろしているのを目撃したと聞いた。

つまり、ティザセルメリがドワーフのコミュニティにお願いし用立てた金貨四十枚は、前日の夜のうちに竜産協会の奴らが盗んだのだ。


 だとすると竜産協会がベレメンド村に来たのは、最初から村を潰す事が目的だったという事になる。

何のために?

答えは一つだろう。

後ろめたいことがあり、そこまで大規模な口封じをする必要があったという事だ。


 ティザセルメリはベレストック辺境伯に抗議をしたのだが、金の絡む話で、ドワーフが主犯格なのだからやむえないだろうと言われ、取り合ってもらえなかった。



 サファグンのヴェレリ・ヴラディチャスカ族長も激怒していた。


 ロハティンでサファグンの冒険者が処刑された。

罪状も何も無い。

『共犯の可能性』という嫌疑だけで惨い公開処刑になったのである。

しかも拷問を受けた上で。


 完全な地位協定違反である。

しかも聞けば、サモティノ地区は何頭も竜の盗難にあっているというではないか。

それに対する抗議活動は正当な活動である。

それを不当に逮捕し、拷問し、公開処刑。

これを許せば、サファグンには何をしても構わないということになってしまう。


 ヴラディチャスカも、ドゥブノ辺境伯とユローヴェ辺境伯に抗議した。

だがドゥブノ辺境伯から、処刑後に内乱罪だと罪状は発表されている、内乱罪であれば処刑は止む無しだと言われてしまった。



 二人の族長は、ドロバンツ族長からベレメンド村の一件で会合がしたいと持ち掛けられ、すぐにベルベシュティの族長屋敷を訪れた。


 ドロバンツは二人の族長に、先日、街道警備隊が乗り込んで来てドラガン・カーリクという犯罪者を引き渡せと言ってきたと報告した。

首長はそんな人物はいないと言ったのだが、人間の賓客が来ているはずだからそれを連れて来いと言ってきた。

結局、別人ということで街道警備隊は引き下がったが、あまりに居丈高な態度な上、非礼に対し謝罪一つしなかった。


 冒険者からの報告によると、竜産協会のロハティン支局が組織ぐるみで竜の窃盗を働いていた事が明白なのに、職員一人を処刑し被害者を首謀者に仕立て上げたと聞く。

こんな無体が許されて良いはずがない。

ティザセルメリもヴラディチャスカもすぐに賛同した。


 そこから知っている限りの情報が二人の口から語られた。

三人の情報を総合すると、明らかに問題は竜産協会にあり、恐らくは首謀者だろうと推測される。

その悪事を公安が揉み消している。

さらに街道警備隊が公安に協力している。

そのせいで関係の無い者まで罪に問われ、それをもみ消すためにまた関係の無い者が罪に問われと被害者が膨らみまくっている。


 今でもロハティンでは、行商が言いがかりを付けられ拘禁され暴行を受けている。

商品を破損され商売ができなくなり、一時的に収入を絶たれる村が続出してしまっている。

中には生活の目途が立たなくなり自殺した者もいる。

この件で関係無い人物がどれだけ殺害されたかわかったものではない。


 三人の族長は、元老院の部族代表にこの事を問題視させようという事になった。



「でも確か学校で習った話では、部族代表って三人だけなんですよね? 三部族合わせても九人ですよね? それだと議会は取り合ってくれないんじゃないですか?」


 ドラガンの疑問にドロバンツはチチと舌を鳴らし指を左右に振った。


「総勢九人やない、核が九人なんや」


 ドロバンツはドラガンの政治の知識が学校の教育レベルとわかり、ゆっくりと説明を始めた。


 こちらの核は三種族の代表合わせて九人。

それに対し相手の核は竜産協会とロハティン総督。

ロハティン総督は現王の次男ブラホダトネ公。

竜産協会のトップは理事長のオラーネ侯。

どちらも大貴族である。

当然、彼らの側に立つ貴族もそれなりにいるだろう。


 だが逆に彼に反発している貴族もいるはずである。

もちろん自分たちには関係の無い事と中立を貫く貴族が圧倒的に多いだろうし、日和見を決め込む貴族も多い。


 議会の出席者の内訳は、まずは、公爵二名、侯爵九名。

次に五種族の地区で、種族代表が三人づつ計十五名、辺境伯二人づつ計十名。

最後に極わずかの領地しか持たない伯爵がいる。

伯爵の人数は時々で変わるが、大体十五から二十名で現在は十八名。

合計で五四名。

 

 総合的に考えれば三分の一、そこまで賛同者を集められれば議会という性質上意見は押し通せる。

これまでの傾向から、伯爵家は毎回中立を貫く事が多く伯爵を抜いた三六名で政局は考える。

つまり伯爵以外で十二名の賛同者を集められれば、例え大貴族相手でも議会の流れに抗う事はできないという事になる。


 さらに言えば、ただ流れを作るだけなら五分の一、七名の賛同者を集められれば可能という事になる。

現状で九名は確定しているのだから、それ以上、つまり意見を押し通せる三分の一を目指し残り三名の貴族の賛同を集めれば良いという事になる。

そして、その三名も既に賛同を取り付けているのだそうだ。


「でも亜人種の三部族が手を取ったとして、人間の貴族がどれだけなびいてくれるんでしょう?」


 ドラガンの疑問にドロバンツはニヤリと笑った。


「エルフとドワーフはな、昔から仲が悪いんで有名なんや。そこが手を組んだいうのは人間たちにもかなり問題が深刻やと認識させる事だろうよ」


 つまりそれだけの事態なんだと、何も知らない貴族たちも察してくれるだろうという事である。


「ですけど相手は王子なんですよね? 残りの三分の二が向こうに付いたりは?」


 ドラガンが危惧する事もわかる。

先ほどの計算は、あくまで通常時の概算にすぎない。

一大事となれば、向こうもそれなりの議会工作はしてくるだろう。


「その程度こっちも想定済みやがな。だから、とっておきの御仁から賛同を得とんのや」


「それは、どんな方なんです?」


「『ヴァーレンダー公ヴィークトル』 ユーリー王の実弟ヴィトリンドの子でアルシュタ総督だ」


 あまりの大物の名にドラガンは目を丸くした。

ただそれと同時に、どうしてそんな人物が国王に反抗しようとしているのか疑問を覚えた。


 ドロバンツはそんなドラガンを見て頬を緩ませた。


「ユーリー王は高齢、王太子のレオニードは暗愚、次男の西府総督ブラホダトネ公はこの問題の御旗にされとる。そうなればヴァーレンダー公としては自分が後を継いだ方がマシ思うやろ?」


「なんだか、みんな欲まみれですね……」


 ドロバンツの説明にドラガンは素直な感想を漏らした。

余程それが気に入ったのだろう、ドロバンツは大笑いした。


「宮廷闘争いうんは、そういうもんなんや」

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